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十九話

「旦那様、お帰りなさいませ」


「これで、暫くは江戸で落ち着けるかね?」


 織田信長の死から約十年。

 全国を駆け巡って働いて来たシンイチであったが、さすがに秀吉はねねに怒られたらしい。

 いくら何でも出来るからと言って、働かせ過ぎで正妻であるお蘭や子供達が可哀想であると。

 

 そのおかげで、シンチイは久々に一箇所に腰を据える事になった。

 

 天正十九年の八月に、後継者に指名していた鶴松が病死した秀吉は、その悲しみを隠すようにして奥州仕置から戻った甥秀次を養子として関白の職を譲り、自身は太閤となってかねてから計画していた朝鮮出兵の準備を進める事となる。


 その過程で重用してきた茶人千利休に自害を命じているが、これは朝鮮出兵に反対していたからとも、秀長死後に豊臣政権で権力争いが起きてその犠牲者になったからという話もあったが、シンイチは関東転封以後はなかなか大阪に行けない状態になっていたので、詳しい理由は良くわからないでいた。


 どの可能性もあって、これが原因と特定できる物が無かったからだ。


 秀吉は国内の政治を秀次に任せて、自身は九州の名護屋に加藤清正に命じて巨大な城を建造し、自らその城で指揮を執る事にする。

 編成された渡海軍は合計で十六万人、水軍や補給部隊も含めると二十万人を超え、その大将には宇喜多秀家が任じられている。

 更に毛利輝元も渡航し、徳川家康、前田利家、上杉景勝、蒲生氏郷が二名ずつ交代で大阪と名護屋に詰めるという体勢が構築された。


 まさに、秀吉が全力をかけた朝鮮出兵であったが、これを免除されている人物がいた。

 

 関東・東北の安定化と開発。

 更には、蝦夷・樺太探索と入植、他にも小田原諸島や南方の島々への探索と入植を任されているシンイチと東北の大名達であった。

 ただし、関東・東北地方に七十万石ほど設定された蔵入地からの米の供給や、様々な産業や交易などに関する運上金は存在し。

 つまり、人は出さなくても良いが、食糧と金は出せという命令は受けていた。


 なのでシンイチは、建造したばかりの大型船に物資を積んで大阪や名護屋に向かう役目を来島通総と得居通幸に任せている。

 他にも、海賊禁止令に伴う倭寇勢力の取り締まりや、東南アジア地域や蝦夷との貿易の促進など。

 

 戦争に出ていなくても、全国の水軍衆は全員が忙しくはなっていた。

 シンイチは、かなり強引に東北大名達から水軍を集めて、大型で竜骨を備えたガレオン船への配置転換訓練を兼ねた交易や、倭寇狩り、朝鮮渡海軍への補給物資の輸送などを命じている。


 他にも、治安維持や警護の任に就いている以外の兵士や武将達を、訓練と称して治水土木や町や港の工事をさせたりと、開発の成果は上がっているものの人・金・物資を限界ギリギリまで動員する状態が続いていたのだ。


「今日は、沢山のお客様がいらっしゃるとか?」


 秀吉に任じられて関東と東北を任されたシンイチは、かなり強引に自分の領内の開発どころか、東北地方のほぼ全域の開発なども一緒に行っている。


 それぞれに領主が存在するとはいえ、例えば道の建設や複数の領内を跨る河川の改修工事などは、いちいち別にやっていたら効率が悪くなってしまうからだ。 

 

『今までの仲が悪いとかそういう事は、明日の利益のために取りあえず目を瞑って欲しい』


 シンイチは、東北の大名達にそう宣告して強引に開発を進める。

 最初は反発も凄かったが、次第に河が氾濫しなくなったり、開発可能な畑や水田が増えたり、道路が広がって町が活気付いたりしてくると文句も薄れてくる。

 とはいえ、無理をさせているのは事実であったので、今日はまだ建設中の江戸城に主だった大名を呼んで、たまには御馳走をでもという事になっていた。


 簡単に言えば、宴会でもてなそうという事であった。

 メンバーは、シンイチとその家臣達に、浅野長政、伊達政宗、最上義光、相馬義胤、秋田実季、津軽為信、南部信直、戸沢盛安、森長可、佐竹義重・義宣親子、宇都宮国綱、結城晴朝、浅利頼平、真田昌幸・信幸親子、徳川秀忠にお付の重臣達など。


 関東・東北近辺で都合の付いた大名は、全て参加していた。  

 

「本日は、忙しい中をありがとうございます。大した御もてなしも出来ませんが、今日はごゆるりとお過ごしください」


 シンイチの挨拶で宴会は始まるのだが、参加者を見ると伊達政宗と最上義光など、他にもつい最近まで直に刃を交えてきた者達なども多かったので、周囲の者達は『また争いにでもなるのでは?』などと思っていたが、それはシンイチが放つ雰囲気によって止められていた。


 シンイチは、宴会の主催者としてニコニコしながら大名やその主だった家臣達に酒を注いで回っていたが、『争いは許さない』という雰囲気は崩さないでいたからだ。


 大名達はその雰囲気に呑まれ、しかも仲の悪い者達は意図的に遠くの席になっているなど、シンイチの配慮に気が付いて目の前の料理や酒に集中する事にする。


「それにしても、ご馳走ですな」


 料理というとても変わった趣味を持つ伊達政宗は、目の前に並んだ数々のご馳走に目を輝かせていた。


「関東、東北各地の名産に、船を仕立てて貿易を行った成果や、新しく始めた産業などの成果です」


 実際に、シンイチの勧めで政宗が試作品を作ったフカヒレや干鮑、煎海鼠。

 伊豆や安房では、燻乾法を用いた鰹節やその他の魚を材料にした荒節。

 津軽為信は昆布やスルメの製造の他に、それらを利用した加工品なども作り。


 最上義光は、鮭の人工孵化や放流などの方法と、それらを加工品などを。


 他にも、沢山の海の幸・山の幸や、シンイチが製造を勧めて試作品が完成した物なども調理されて並んでいた。


「このフカヒレという料理は美味しいですな」


「鮑と海鼠も美味しい」


「明では高級品らしいが、確かに頷けますな」


「昆布は、蝦夷地に沢山あるそうではないか」


「他にも、ニシン、帆立、タラ、鮭。多くの物が取れるそうです」


 大名達は沢山のご馳走に舌鼓を打っていたが、それらはほとんど全てが関東や東北などで生産可能な物である。

 シンイチは、通常の農業・工業・商業開発の他に、これらの特産品などを船で全国や海外にまで販売する計画を立てていて、そのために港や道の整備を急いでいた。


「殿下の国割りによって、これ以上は領土は増えないでしょう。となれば、決まった領地の中で人と富を増やしていく。そうすれば軍備も無理なく整えられますし。ああ、蝦夷と樺太には領土が広げられますね」


 とはいえ、蝦夷には違う言語を使う異民族であるアイヌの人達が存在している。

 シンイチは、慎重に向こうの文化や神などを尊重しながら、少しずつ時間をかけて混血などもしながら支配体制に入れる事を説明する。


 それに、領内でもまだすべき事が多い。

 綿花の栽培や、絹糸の生産など数えればキリがないほどだ。


 それに、軍備の方も怠ってはいない。

 製鉄量の増大を行って、鉄砲や大砲の改良・量産を行ったり。

 大型船を建造するために、造船所の拡大と数を増やしたり、蝦夷などから木材の輸入を始めたり。

 本願寺門徒などが秘伝にしていた、ヨモギの根に馬のションベンをかけたり、民家の汲み取り便所の床下土からの回収や、史実では越中五箇山で行われたいた囲炉裏近くの床下を掘り下げてヒエの茎・葉を敷き、その上に良質の畑土、蚕糞、麻の葉・タバコの茎など栽培植物の不要部分、ヨモギ・アカソ等の山草を積み重ね、その上に人尿を散布して焔硝土製造回収するなどの方法で、高価な輸入物に頼っていた硝石の量産も開始し。


 更に、綿花の栽培は、将来の綿花火薬量産のための準備でもあった。


 関東・東北から数万人もの働き盛りの男性を朝鮮に取られてしまうよりはと、積極的に食糧・物資・武器・火薬などの供給を豊臣家に対して行って裏で朝鮮出兵を支えていたのだ。


 近隣での収奪戦争よりも益の無い外地での戦争で、働けば富を生む人を出すよりはという事で、シンイチは懸命にやり繰りをしながら内政を行いつつ金と食糧と物資を供出している。


 おかげで、朝鮮に兵を出さないで済んでいる関東・東北の諸大名はシンイチに感謝するようになっていた。


 統一した国家が外征に出るのは、歴史上特に珍しい事でもない。

 だが、彼らは当時では遠方である朝鮮に利益があるとも考えていなかったし、シンイチが独自に商人達に調べさせた朝鮮や明の実情を見て、朝鮮を占領可能だとも思えないでいた。


 太閤殿下に反対意見を述べるわけにもいかないので、ここはシンイチと同じく食糧や資金・物資の供出を行って領内の開発に努めた方が利口だと全員が考えるようになっていた。


「ところで、上杉家からは誰も来ないのですな」


 最上義光が、ふとそんな事を話し始める。

 シンイチは、上杉景勝が大阪に詰めていたので直江兼続を呼んだのだが、彼にけんもほろろに断られてしまっていたのだ。


「ワシ等がおるからかの?」


「そういう争いの、融和の席でもあるのだがな……」


 領地境などの関係や昔からの因縁で仲が悪い、最上義光と伊達政宗が嘆くのだが、理由はそれだけではなかった。

 シンイチは、森長可に頼まれて何か金になる産業をという事で、越後では有名であった青苧の生産やそれを使った織物の製造を提案し、資料などを提供していた。

 

 すると、それをどこから聞き付けたのか?

 上杉家の資金源に首を突っ込むなと、直江兼続が文句を言って来た。

 というのが、今回の欠席の原因のようであった。


 実は青苧の原料となるカラムシは、意識して畑を作ろうとすると土の条件などが非常に難しいのだが、基本的には雑草の類である。

 長可は、早速地元の農民に青苧を加工して布、紙、魚網などの生産をするように指示し、次第に製品が出来上がっている状態になっていた。


 今はまだ品質的には越後産とは勝負にはならないが、将来の脅威と感じたのであろう。

 シンイチが、機織り機の設計図や、小千谷縮・越後上布の製法資料なども渡しているので、あながち間違いでもなかったのだが。


「その内に、直江殿と会って誤解を解かないとなぁ」


 とはいえ、シンイチの企画した宴会は無事に終了する。

 今までは刃を交えていたような仲の悪い連中が同じ席で飲み食いをしたという少々の成果に、ここは頑張って領地を富ませて行こうという共同意識を植え付ける事に成功したであろうからだ。


 宴会終了後にお土産を持って帰国の途に着く大名達であったが、その中で一番若い徳川秀忠にシンイチは呼び止められていた。


「舟橋様、本日はありがとうございました」


「いえいえ、大したおもてなしも出来ずに」


「いえ、大変に参考になりました。私は、父から領内の統治と開発を任されいる身。新しい産業の創設による富の形成という考えが素晴らしい」


「太閤殿下のお力により、国内は定まりましたからな。みんなが考えている事ですよ」


「考えてはいると思いますが。ここまで具体的・計画的に大規模に行っている方は舟橋様だけです。父上も、とても感心していました」


 史実でも、戦は苦手で内政の人というイメージの強い秀忠は、シンイチの内政能力に心から尊敬しているようであった。

 だが、その付き添いでいた平岩親吉は、シンイチを見て心底嫌そうな顔をしていた。

 

 いくら過去に仲間を討たれたとはいえ、少しくらい誤魔化して欲しいものなのだが、それが三河武士なのかもしれなかった。


 現在の秀忠は数えで十五歳であり、つい最近お市の方の次女であるお江と婚姻したばかりであった。

 本当は、秀勝に嫁いでいるはずの彼女であったが、実は過去にシンイチが京極高次兄弟を討ってしまったために、次女である初が秀勝に嫁ぐという変化が発生していたからだ。


 とはいえ、さほどの変化でも無いのでシンイチはすぐに気にしなくなっていた。

 秀吉の命令で佐治一成へ嫁いだものの、彼が信雄や家康側に付いたために離縁させられ、その後そのまま秀忠と婚姻したという流れになっていたようだ。


「父は、朝鮮に赴くかもしれません」


 歴史の変化で、家康は秀吉から二万人の兵を出すように言われ、現在名護屋で本多正信、本多忠勝、榊原康政、井伊直政などと共に駐留している状態であった。


 そして、秀忠は家康からの命令で領内の統治を命じられている。

 彼は次男なのだが、長男の秀康は秀吉の養子となっていて、しかも近々結城晴朝の養子となる事が決まっていたので、これは後継者候補から外れたと見ても良いであろう。


「では、秀忠殿がしっかりとお国を守らなければいけませんね」


「父は、わからぬ事があれば舟橋様に聞けと」


「ははっ、私ごときに教える事は無いのかもしれませんが、家康殿に頼まれたとあっては出来る限りのお力は貸しましょう」


 シンイチは、秀忠にも様々な助言をしていき、次第に産業振興や交易などで協力するようになって行く。


 だが、領地運営で協力する三男秀忠、結城晴朝の養子となって同じ関東で共に協力するようになる次男秀康、長女愛の婚約者である四男の忠吉と。


 後に発生する大事件で、シンイチを大いに振り回す原因にもなるのであった。

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