一話
「そこを行く若奥さん。魚醤買っていかんかね?」
「お兄さんは、魚醤売りなのかい?」
「そうだよ。琵琶湖の魚を新鮮な内に使っているし、味にも自信があるからさ。最初は安くするし。ああ、味見しないかい? 味見」
「そこまで自信があるなら買うわ」
「まいどあり!」
天正元年の十月。
琵琶湖湖畔の長浜城下において、シンイチは無事に逞しく生活をしていた。
「ここは……」
舟橋博士によって、片道キップで戦国時代へと送り出されたシンイチは、一人どこかの湖畔で大量の荷物や馬と共に地面に倒れていた。
一緒にここに来た馬に顔を舐めれて目を覚ましたシンイチは、急いで荷物を纏めると、馬に荷物を載せてとりあえず寝泊りする場所を見つける事にする。
「しかし、ここはどこなのかね?」
それは誰か人がいたら聞く事として、馬に乗って周囲を探索していると、湖畔から少し離れた場所に一軒の古びた家を発見していた。
「誰かいるのかな?」
ところが、その民家には住民は存在しないらしい。
暗くなるまで待っても、誰一人戻って来なかったからだ。
「これも、戦国の習いなのかね?」
住民は、戦争で逃げてしまったのか?
あまり深く考えても仕方が無いと考えたシンイチは、馬を外にある木に繋ぐと、その家に上がってその日はそのまま就寝する事にするのであった。
「ふぁーーーあ! 良く寝たな」
翌日の朝。
やはり誰も住民が戻って来ないので、シンイチはここをとりあえずの住処とする事にした。
「馬よ。お前さんの名前をまだ決めていなかったな。松風だと被るから黒王号にするか」
シンイチは、なぜか自分に良く慣れているこの巨大な馬に名前を付けると、馬具を外して馬小屋の建設を始める。
近くの森から木を切り倒して、簡単な馬小屋の建設を始めたのだ。
他にも、自分の家の掃除や屋根や床や壁の修理も行い、放置されていた畑の作物の世話も行う。
家の近くにある井戸は空井戸であったが、中に入って暫く掘ると再び水が沸いて来たのでこれを使う事にした。
「この湖のおかげで水がすぐに出るんだろうな。これだけ大きい湖だ。という事は、ここは琵琶湖沿岸か?」
持って来た道具で住処の環境を整えてからは、食糧の確保に全力を尽くす事にする。
稗や粟や野菜類のみであったが、なぜか放置されていた畑の世話をしながら、自作した網やはえ縄や漁に使うドウなどを作って魚を獲り、持っていた弓で飛んでいる鳥を落として日々の糧を得る。
弓はいかにもこの時代の物といった感じであったが、訓練は受けていたので狩では困らないくらいの成果をあげる事が出来た。
そして余った魚や肉は、干したり燻製にしたりして保存を行い。
内蔵や皮などの食べられない部分は、近くとはいえ相当に離れた町で買った塩を使って魚醤へと加工する事にする。
この時代、味噌は探せば存在したが、やはり醤油は存在しないようであったので、とりあえず魚醤から始める事にしたのだ。
他にも、買った味噌を使って保存食である味噌漬けを作ったりと、早く炭水化物が食べたいシンイチであったが、それはどこかから買って来なければ手に入らない物であった。
つまり、魚醤や鳥肉や魚の干し物は、米を買うために必要な商品という事であった。
日中は、黒王号に草を食べさせるために周囲に放ちながら自給自足のための作業を行い、夜は囲炉裏で燃やしている火を頼りにツヅラの中にあった墨や筆や硯や和紙を使って写本を始める。
武芸七書の孫子・呉子・尉繚子・六韜・三略・司馬法・李衛公問対から、万葉集や、古今和歌集から新葉和歌集までの二十一代集。
更に、源氏物語・伊勢物語・大和物語・平家物語などの大量に入っていた古書の写本を行うのだ。
子供の頃に、どうして習字や古い文字を読み書きする訓練があるのであろうかといつも思っていたシンイチは、その頃から舟橋博士が自分をこの時代に送るつもりであった事に気が付く。
そして生活が安定してから、シンイチは徒歩で一時間ほどの村に寄って作った魚醤や干し魚などを売り、米や麦と交換するようになっていた。
「ところで、ここはどこなんです?」
「お前も変な奴だな。ここは、浅井様の領地である今浜の近くにある村だ」
村人と商売をしている内に、シンイチは今が元亀3年(1572年)の3月である事を知る。
ちょうど織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちをしてから、半年後くらい先の時期であるようであった。
そして一年半後には、浅井氏が責め滅ぼされるはずであった。
「暫くは、大人しくしているか」
シンイチは、それからも保存の利く食材の製造と写本などをして過ごす事となる。
シンイチの住んでいる場所は、完全に主要な道路から外れているのか?
全く人が尋ねて来ない平和な日々を過ごしていた。
この時代の来訪者などは盗賊くらいなら可愛げもあるが、下手をしたら強盗殺人犯かもしれないので、誰も来ない方が治安的に安全であり、そう考えてあまり人と話さない日々を過ごしていた。
ただし、いつでも他所へ移れるように荷を積む馬車を作り始め、同時にどこかの戦場ではぐれたのか?
三頭の牝馬をいつの間にか従えていた黒王号のために、草を狩って簡易サイロに入れて冬に備えたり、馬小屋の改築などを行って冬に備える事にした。
そして、いつの間にか黒王号は三頭の牝馬を妊娠させていた。
生まれて来る子馬は、さぞかし高く売れるであろう。
シンイチは、世話を怠らないようにする。
「げっ! 人が死んでるよ!」
ある日の朝。
シンイチが目を覚まして馬小屋へと行くと、そこには汚い格好をした一人の男が頭から血を流して死んでいた。
状況を考えるに、馬泥棒に入って黒王号に蹴り殺されたのであろう。
蹄鉄の入った黒王号の蹴りで、馬泥棒は頭を見事にかち割られていたからだ。
「これも、戦国の習いか」
シンイチは、馬泥棒から使える物を頂戴してから埋葬する。
とはいえ、泥棒なので大した物は持っていなかったが……。
そして、それから一年半後。
遂にあの日が訪れる。
最近では、浅井軍と織田軍の武将である羽柴秀吉との戦いがクライマックスを迎え、せっかく作った干し魚や燻製鴨肉や魚醤が売れなくなるという事態に陥っていた。
今まで商品を売りに行っていた村は住民が一時避難していたし、両軍の雑兵がウロウロしているので危険でもあったし、何より一番危険なのは敗残兵であった。
彼らは、本能的に自分の命を守るためにかなり残酷な事でも平気でするからであった。
「せっかく、稗酒と粟酒を作ったんだけどな……」
敗残兵の窃盗なども考えて暫くは家から離れなかったシンイチであったが、歴史の流れは急速に加速していく。
天正元年七月十八日に、織田信長は足利義昭を追放して室町幕府は滅亡。
同年八月十七日に、朝倉家の本拠地である一乗谷城が織田信長軍により落城し、朝倉義景が自刃して朝倉家は滅亡。
同年八月二十八日に、浅井家の本拠地である小谷城が織田信長軍により落城し、浅井久政・長政父子が自刃して浅井家が滅亡。
なお、この年の四月には武田信玄も病死している。
シンイチは、そろそろ本格的に動き始める事を決意するのであった。
「ここ今浜は長浜に改名されて、織田の大将の家臣である羽柴様の物になってのぉ」
「現在、近隣の農民達や家臣の方々に賦役を課して新しい城を建設中じゃあ」
「その連中を当てにして皆が色々な物を売りに来てのぉ。しかも楽市楽座とかで、羽柴様は関税を取らないとの話だで」
「おかげで、多くに人達で城下は賑わっているだ」
シンイチの住む、今浜近くの家はその環境を一変させていた。
羽柴秀吉は、主君である織田信長に気を使って長浜と改名したこの地に自分の城の建設を開始し、シンイチの家の周りにも人がポツポツと集まるようになっていたからだ。
秀吉の新城の普請と城下町の広がりにより、シンイチの住む場所は郊外から少し離れた場所という風に変化していた。
シンイチは、定期的に自分が作った物を長浜の城下町に売りに行きながら、去年に生まれた黒王号の子馬達の世話をしていた。
浅井氏の滅亡の影響か?
普段は馬具も着けないで自由に山野を駆け巡る彼は、どこからか戦で逃げ出したらしい牝馬を連れて来て、ハーレムを形成して次々と孕ませては子馬を生ませていた。
シンイチは同じ男として、少し黒王号に嫉妬した。
とはいえ、先に生まれた三頭の子馬は黒王号に匹敵するほど大きくなるであろう事がわかるほど大きな馬に成長しそうであり、シンイチは馬の管理に精を出す事となる。
馬小屋を広げ、餌の確保を行い、病気になったりしないように世話や観察を怠らないようにして、合計十二頭にまで増えた馬の世話をしていた。
「シンイチ様、餌と水はあげたよ」
「水は、綺麗な物を与えたか?」
「うん」
当然、増えた作業量に対して一人ではどうにもならなかったので、シンイチは人を増やしてそれに対応していた。
織田家と浅井家の存亡を賭けた戦いでは、多くの近江在住の武士が戦死をしている。
戦国の世の習いで一族の当主やら多くの郎党を失った彼らは、上手く次の羽柴家に仕官できた者から、一気に没落して離散・逃亡を余儀なくされる者まで。
その結果、多くの足手纏いの孤児達が誕生する事となる。
シンイチは二十名ほどの孤児達を引き取り、彼らを食べさせながらも、年長者には馬の世話や、琵琶湖での漁や、作った物の長浜城下での販売を。
小さい子供には、家の掃除や、水汲みや、畑の世話などを当番制で行わせて、空いた時間に武芸の稽古や、読み書き計算などの勉強も教えるようになっていた。
「シンイチ様、家を大きくするんだね」
「俺も大きいし、吾一達もすぐに大きくなるからな」
「俺も手伝うよ。シンチイ様」
子供達に舟橋真一を名乗るようになったシンイチは、孤児達が増えて余計に忙しくなっていた。
それでも、彼らは逞しかった。
自分達で出来る範囲でシンイチの手助けを行い、懸命に自分の身を守るための武芸や、将来職に就くための勉学に励む。
この時代、至る所に子供が捨てられていたと以前に見た資料には書かれていたが、それは事実にようであり、そんな見捨てられて誰も気にも止めない自分達を食べさせてくれるシンイチを、彼らは子供心にありがたいと感じているようであった。
二十名の孤児達にとって、シンイチは兄であり親となっていたのだ。
シンイチも、長年連れ添った家族といえばあのマッドな舟橋博士だけだったので、自分に懐いてくれる子供達を可愛いと思うようになっていた。
「ところで、シンイチ様っていくつなの?」
「十五歳だけど」
満年齢で言えばシンイチは十三歳であったが、この時代の数え年に合わせて返事をする。
「シンイチ様って、老けてるね」
「言われると思ったよ」
いくら強化の結果とはいえ、自分でも自覚はしていたシンイチであった。
「シンイチ様、何か偉そうなお武家様のお客さんだよ」
とある日の午後、多少生活環境が落ち着いて来たシンイチが写本に勤しんでいると。
長浜城下に物を売りに行った吾一が、一人の武士らしき人物を連れて来る。
シンイチは、持って来た和紙などで様々な書籍の写本を作って、孤児の中でも年長者であった吾一に城下に売りに行かせていた。
本という物は欲しい人は欲しいが、必要が無いと思えば売れない物であったが、ここは出自が農民に等しい身分であった羽柴秀吉の治める城下である。
彼が家臣団を作るためには二つの手段があり、一つは経験者を高給で雇う事であり、もう一つは若者や子供を養いながら彼らに自ら教育を施す事であった。
シンイチは、自分の写本した書物が羽柴家の武士達に売れると思って、商品の中に入れていたのだ。
そして、新たに和紙を仕入れて商品である写本を増やす日々であった。
「これは、これは。このようなむさ苦しい場所に、お武家様が何のご用件で?」
「ほう。これは、立派な若者ではないか。実は、貴殿の事が城下で噂になっていてな。商人には見えない美丈夫な若者が、美味しい魚醤や干し魚や自家製の酒を売り、孤児達を拾って育てているうえに、遂にはこのような書物の写本まで売り始めたと。貴殿は相当に教養のある人物のようなので、羽柴家に仕官して欲しいと願ったまでです。拙者は、羽柴秀吉の弟の羽柴秀長と申します」
シンイチは始めて見る戦国時代の有名人に、内心で『すげぇ! 秀吉の弟だよ!』と秘かに思ってしまうのであった。