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十二話

「「お帰りなさいませ。殿」」


「ただいま」


 大阪で秀吉に叙任の話を聞き、実際に京都で官位を貰って来たシンイチは、久しぶりに妻であるお蘭と虎姫と顔を合わせていた。


 戦であちこちに借り出され、更に管理する領地が増えたせいで、シンイチはなかなか腰が定まらない生活を送っている。

 なので、妻達の住む屋敷は未だに丹波亀山城下のままであった。

 

 引越しをする時間が無いのと、天正十三年(1585年)に入ると秀勝が病で寝込む事が多くなり、その世話を二人に頼んでいたからである。


「秀勝様の体調は大丈夫なのか?」


「それが、昨日の晩にまたお熱が……」


「そうか……。何とか、回復していただきたいものだな……」


 食事の内容を気を付けさせたり、無理をしないで出来る鍛錬をして貰ったりと、自分なりに出来る事はしたシンイチであったが、やはり天命には勝てないのか?

 秀勝は、定期的に寝込む事が多くなっていた。

 

「秀勝様の事を頼む。それと……」


「はい、また側室を受け入れるとか?」


「義父上から連絡が行っていたのか?」


「いいえ、義母上様からです」

 

 義理の親娘とはいえ、親戚同士であるねねとお蘭は頻繁に連絡を取り合っているようであった。

 生来の女好きで浮気ばかりしている秀吉も、何かに付けてねねへの配慮は忘れていない。

 それだけ、糟糠の妻である彼女の事を認めているという事なのであろう。


 それと、新たに側室を迎え入れると言ったくらいでお蘭も虎姫も怒ったりはしない。

 その辺は、戦国時代の武士の妻という事なのであろう。

 本当の腹の中までは、シンイチも探る事は出来なかったが。


「お蘭も体に気を付けないとな。あまり派手に動くなよ」


「はい、十分に気を付けていますよ」


 忙しくてなかなか家に戻れないシンイチであったが、亭主元気で留守が良かったのか?

 お蘭は無事に懐妊して、現在は五ヶ月くらいであるらしい。

 少しお腹が目立って来ている状態であった。


 未来からこの戦国の世に飛ばされた自分が、その時代に子孫を残す。

 何とも不思議な感覚ではあったが、嬉しい事ではあると感じるシンイチであった。


 なお、シンイチの子供には彼の能力はほとんど遺伝しない。

 遺伝子レベルでの容姿の類似や、身体能力などは普通に遺伝するが、父親ほどのモンスターにはなれないし、後天的に改造された部分は遺伝するはずもないからだ。

 

 だが、自分のような化け物は一人だけでいい。

 そう考えるシンイチでもあった。


「殿、実は私も懐妊したんです」


「そうか。それで、盛政殿には伝えたのか?」


「はい、大喜びしていました」


 更に、虎姫も懐妊していたらしい。

 ただ、まだ全くお腹の方は目立っていない状態であった。


「今度会ったら、『お祖父ちゃん』と言ってからかってやるか」


 現在、紀州の雑賀党攻めで羽柴秀勝の名代として軍を率いている盛政が盛大にくしゃみでもしそうではあったが、何にせよ非常にめでたい事であった。


「二人とも、体を大事にな」


「「はい」」


 屋敷で話をしていると、そこに一人の女中が飛び込んで来る。

 とは言っても、彼女はシンイチが育てた孤児の一人であり、現在では吾一の妻になっている女性であった。

 吾一もシンイチと一緒に各地を飛び回っているので、彼女も亭主元気で留守が良いとばかりに、シンイチの屋敷で女中として奉公していたのだ。


「殿、お客様ですよ」


「すみれ、誰が来たんだ?」


「それが、お公家様のようで……」


「うわーーーっ! お武家さんの家ってお金持ちなのねぇ。こりゃあ、嫁に来て正解だわ」


 室内に、見た目は育ちの良さそうな。

 だが、口の利き方は最悪な美少女が入って来る。

 どうやら、この娘がシンイチの新しい側室であるらしい。


「お公家様?」


「ええと……。玄関先では、お公家さんだったんですよ。話し方とかは……」


 女中のすみれは、玄関先とはまるで口調が違うこの美少女に絶句しているようであった。


「舟橋真一郎信一様。この度、あなたの妻となります舟橋咲と申します」


 シンイチの三人目の妻は、表向きは公家の娘としてきちんと教育の成果を見せているが、普段はこのような感じの口調で話すようであった。

 シンイチは、『普通は逆だよな?』と思いつつも、咲の事を面白い娘だと思っていた。


「没落寸前の公家と、出自が不明な英雄の家臣が同じ姓を持つ。これは、もう運命なのでしょう」


「組んだは良いが、一緒に沈没したら後世で喜劇扱いされるかも」


「そうなったのであれば、それは運命です。ですが、公家の方の舟橋家はそう簡単には潰れないのでご安心してください」


 この時代の武士や公家の娘は、親の言いなりで顔も見た事が無い男の下へと嫁がされる事が多い。

 彼女はそれを運命と受け入れつつも、未来の旦那に毒を吐く度胸も持っているようであった。


「私は三番目ですので、奥の序列には素直に従います」


「それは結構。ですが、私も虎も懐妊中ですので、早く式を挙げて旦那様のお相手をしてあげてください」


「ええとっ! 初夜の作法は、持って来た本に……」


 咲は、お蘭の反撃を受けて顔を真っ赤にしてしまう。

 どうやら、そちらの方の知識はあまり持ち得ていないようであったが、シンイチの三人奥方達はすぐに仲良くなったようであった。


「亭主元気で留守が良いのです」


「酷い嫁達だな」


 シンイチは、すぐに結託してしまったお蘭達にただ苦笑するだけであった。 

 




「そうか……。秀勝様は心配だな」


 天正十三年も六月を過ぎると、秀吉は新たな軍事行動を起していた。

 引き続き紀州雑賀党攻めは続行していたが、そちらの方は既に大方の決着が着いていた。

 

 まず最初に、紀伊からの攻撃に備えるために中村一氏を入れた岸和田城に対抗すべく建設された中村・沢・田中・積善寺・千石堀の付城に対して、先の信濃・甲斐侵攻軍の総大将を務めた羽柴秀次が、紀州一の堅城との噂が高い千石堀城を攻略。

 これには、堀秀政、筒井順慶、長谷川秀一、田中吉政、渡瀬繁詮、佐藤秀方などが参加している。


 最初は、守備兵が多くの鉄砲を持つ千石堀城側に苦戦していたが、筒井軍の放った火矢に城内の火薬が誘爆して落城という、何かの創作物のような結末を迎える事となる。


 更に、その他の畠中城、積善寺城、沢城などは秀吉の行った和睦によって根来、雑賀党はそれぞれの領地に引き揚げる事となる。


 これによって紀州を丸裸にされた彼らは、秀吉自ら率いる十万を超える軍勢によって踏み潰される事となる。

 なお、この紀州攻めでは、先に降伏した徳川家康や羽柴家の服属大名である宇喜多秀家も兵を出している。

 この頃にには既に服属している毛利家も、小早川隆景を総大将として水軍を含めた援軍を出していた。


 何しろ、この紀州という地域は、高野山、熊野三山、粉河寺、根来寺、雑賀衆などの宗教勢力や一揆衆が独自に領地を持っていて、朝廷や幕府すら立ち入る事が出来ない聖域であり。

 その政治的中立、軍事的不可侵に守られて商工業や金融の拠点として強い経済力を持つようになり、独自の自治都市まで有するようになっていた。

 

 彼らは独自に兵を持っているし、根来・雑賀衆などを見ればわかるが、多くの鉄砲すら配備している非常に戦闘力の高い組織でもあった。


 当然、こんな好き勝手できる彼らを、今は亡き信長が赦すはずもない。

 数回の討伐が行われていたが、紀州はいまだに彼らの庭のままであったのだ。

 だが、その自由も秀吉によって全てが奪われようとしていた。


「そもそも、坊主が金を稼いで兵士を養う事の方がおかしいんだよな」


「殺生厳禁のはずなのにな」


 結局、雑賀攻めに参加していた佐久間盛政達に合流するシンイチと片桐兄弟、吾一の四人であったが、ここで更に懐かしい人物と出会う事となる。


 仙石秀久と脇坂安治の二人であった。


「いや、そこまで懐かしくないだろうが……」


「ですが、山崎の戦い以来では?」


 シンイチは賤ヶ岳の戦い以降は主に東にいて、秀久は淡路島や四国などで転戦していたので、かれこれ三年ぶりくらいの再会かもしれなかった。

 

「俺も淡路の大名になったんだけど、信一には敵わないか」


「敵うとか、敵わないとかよりも、徳川家康に討たれるかと思った」


 確かに越中の大半を領有する事になったシンイチであったが、そこに至るまでには多くの苦労をしている。

 特に、あの精強な徳川軍との戦いでは、これは戦死してしまうかもと思ってしまったシンイチであった。


「俺は三方ヶ原の戦いで顔見知りだが、むしろ信一の方が危険人物だろうに。渡辺守綱殿とか、大久保忠佐殿を討つお前が凄い」


「まあ。そんな殿ゆえに、俺は死なずに仕える事にしたんだがな」


「盛政殿も久しぶりだな。こんな世の中だからな。そんな選択も有りだろうぜ」


 シンイチ、秀久、盛政は久しぶりの再会で話も弾む。

 実は秀久と盛政は、三方ヶ原で共に武田軍と戦った仲で気の合う友人同士でもあった。


 だが、そんな空気の中で、一人だけ忘れられている人物がいたようであった。


「あのな。ここに、大和高取で二万石の大名になった私もいるぞ」


「それは、めでたいですね。安治殿」


 話の輪から外れて寂しかったのか、安治は自分も出世したのだという話を始める。


「だが、一つ問題があるのだ」


「問題ですか?」


「実は、領地運営の方法がまるでわからない」


 極めて深刻な話であった。

 だが、ここ数年で急に台頭した秀吉の家臣達には、こんな人物に枚挙が無かった。

 シンイチはその手の知識には困っていなかったし、経験も小身の頃から羽柴秀長、浅野長政、竹中重治などの下で積んでいたので、あまりそういう事には困る事が無かった。

 むしろ、秀吉からも、石田三成、増田長盛、長束正家、前田玄以、大谷吉継などからも絶賛される力量を有していた。


 おかげで、病弱な秀勝の代わりに丹波・若狭の統治まで任され、戦の際にも前線に呼び出される日々が続いていたのだが。


「それを言われるとな。俺も苦手なんだよ」


「ですが、そういう事も出来ないとこれから辛いですよ」


 秀吉の天下統一が進んで次第に国内から戦争が無くなれば、後は与えられた領地をいかに富ませるかに大名としての力量が問われる事となる。

 苦手だからと言って、これを避けるわけにもいかなかったのだ。


「その辺の事は後で考えておきます。ですが、権兵衛殿も安治殿も、自分なりのツテも考えておいてくださいよ」


 その後、徳川軍、宇喜多軍、毛利軍、上杉軍に。

 九鬼、淡路、毛利などの水軍まで多数動員された紀州攻めは、完全な殲滅戦へと移行する。

 倒しても倒しても沸いて来る羽柴の大軍に、根来・雑賀衆や、寺領の僧兵達、国人衆などは恐怖し、早めに降伏して所領を安堵して貰う者から、徹底抗戦に討って出て皆殺しにされる者と。

 

 紀州は、血と死体と火炎に包まれる事となる。


 その後、事ここに至ってはと高野山、熊野三山などの寺社勢力は僅かな捨扶持を貰う条件で講和というか事実上の降伏をし、完全に武装解除されるのであった。

 戦後、紀州は秀長に与えられ、彼による統治が行われるのだが。

 その後も、地元の国人衆や地侍などの小規模な蜂起は続き、彼らは次々と討たれていく。


 紀州が完全に普通の国になるのは、まだかなりの時間を必要としていた。


 一先ずの紀州平定に満足した秀吉であったが、彼は動員した戦力をすぐに解除しなかった。

 そのまま秀長に四国平定を任せると、十五万人を超える大軍が四国へと渡り、一時の四国統一に喜んでいた長宗我部元親の軍を木っ端微塵に打ち砕く。


 今までは、柴田勝家、徳川家康と組んで反秀吉で動いていた長宗我部元親は降伏し、土佐一国を安堵される事となる。

 

 天正十三年の年末の事であった。


 そして、四国から戻ったシンイチを悲しい出来事が襲う事となる。


「義兄上、申し訳ありませぬ……」


「秀勝様……」


 一ヶ月前ほどから更に病状が悪化した秀勝の容態が、予断を許さないところまで悪くなっていたのだ。

 しかも、医者の見立てでは、もはや時間の問題という診断まで下されていた。


「義兄上には感謝しています。こんなにか弱い私を助けていただいて……」


「いえ、私こそ。こんな素性すら知れない男に……」


「義兄上は、まだまだこれから大きくなられるお方です。体に気を付けて頑張ってください……」


「秀勝様!」


 そのまま意識を失った秀勝は、その日の夜に内に息を引き取った。

 まだ十八歳という、早過ぎる死であった。


 まだ十八歳の秀勝には子供が無く、丹波羽柴家はそのまま断絶が決定。

 丹波と若狭は直轄地へと戻されるのであったが、暫くはシンイチが領内の統治を行う事となる。

 秀勝の葬儀もあるし、他の秀勝の家臣達の身の振り方を考えなければいけなかったからだ。


 一部はシンイチが家臣とし、残りは他の仕官先や秀吉の直臣となる事で解決するが、シンイチ自身も短かった秀勝の筆頭家老の仕事を終え、再び秀吉の家臣へと戻る事になる。


「秀勝が世話になったな。信一は本当に良く尽くしてくれた。それは、ワシが一番理解しておる」


 ほぼ完成した大阪城に呼ばれたシンイチは、天正十三年の九月には既に関白となり豊臣の姓を名乗っている秀吉から労いの言葉を貰う。


 更に、従四位へと官位が上がる旨も伝えられたが、これについては、実利があるのか?無いのか?

 いまいちよくわからないシンイチであった。


「徳川、毛利、上杉と大名達も服属したし、四国も抑える事に成功した。じゃが、九州の島津はワシの停戦命令を無視しおった。来年には、九州討伐を行う予定じゃ」


 秀吉は、シンイチに一年の準備期間を経てから九州討伐を行う事を伝える。

 信長の横死以来、戦争続きで領地も疲弊していたし、軍役を掛けられた大名衆の懐も厳しく、更に秀勝の死の少し前には天正大地震も発生している。

 この地震では近畿、東海、北陸地方に大きな被害が発生していて、シンイチの領地である越中でも木舟城が地震で倒壊。

 せっかく雇用した城代と、その家族が全滅するという被害を被っている。


 そうでなくても忙しいシンイチを、復興作業で余計に忙しくさせている原因にもなっていた。

 更に、若狭・丹波も被害がゼロというわけではない。

 これにも、時間を取られてしまうシンイチであった。


「丹波と若狭に関しては、さすがに悪いのでワシが代官を派遣しようと思う。それとな、シンイチには四国へと渡って欲しいのだ」


「四国ですか……」


「かの地を早く安定させたいのでな。それと九州攻めは来年の予定じゃが、いきなり戦況が予断を許さなくなる可能性がある。その際に、信一と秀久を軍監として中国・四国勢を先鋒として送るやもしれん」


 こうしてシンイチは、平定されたばかりの四国へと送られる事となる。

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