プロローグ
(西暦21XX年 中華人民共和国東日本自治区横浜市内)
「公安警察だ! 国家反逆罪でお前達を……ふべらっ!」
ここは近未来の日本国内。
ただし、この地域の主権は既に日本国の物では無くなっていた。
某○主党政権樹立から続く国内政治の混乱と、政治家の質の低下。
これにより、隙を突くように成立した各種法案によって、日本は中国に併合されてしまったからだ。
中でも一番痛かったのは、在留米軍の追い出し法案と外国人参政権法案であった。
運動家上がりの左翼政治家は、米軍さえいなくなれば日本は平和になると本気で信じていたし、外国人に参政権を与える事は国際平和と人権と平等のためだと本気で信じていたらしいが、それを中国などに巧みに利用されてしまう。
法案成立後、対馬と沖縄や日本各地の離島などは在日中国人と在日韓国人で溢れ帰り、選挙で偽装帰化させた議員を当選させて我が物顔で振る舞うようになる。
こんな結果は火を見るよりも明らかであったが、既に事態は手遅れの感があった。
そして数十年後、少子高齢化で日本人が徐々に減り、更に中国や韓国などからの移民が増え。
外国人参政権は国政にまで広がり、遂には中国系の議員が議会の三分の二を占めるに至った。
ここまで書けば結果は自ずとわかると思うが、時の内閣総理大臣は日本の中国への併合を突如発表し、それと同時に、霞ヶ関・皇居・自衛隊の各基地に人民解放軍の特殊部隊が奇襲をかけた。
シビリアンコントロール下にある自衛隊は、総理大臣からの命令が無いと動けない。
彼らは抵抗する事なく無力化され、遂に日本は中国に併合されたのであった。
その後は、占領下での悲惨な虐殺・略奪・婦女子への暴行と国内は荒れに荒れ。
皇太子殿下の中国人女性との婚姻発表やら、政治家やら官僚の交代やらと、敗戦国に相応しい暴虐が日本人に対して行われる。
そして、肝心の政治家や一部金持ち達は、既にアメリカなどに逃走していた。
勿論、この奇妙な法案を通した政治家やその子孫達もだ。
彼らは図々しくも、亡命政府を作って日本を取り戻すのだと国際的にアピールする。
だが、この口先だけの連中と、既に国力を喪失して小国化していた日本に力を貸す国などどこにも存在しなかった。
アメリカも、既に幼稚な事ばかり言う間抜けな日本を見捨てており、大国中国への対応で精一杯であったからだ。
「日本人という民族と日本という国は、滅ぶべくして滅んだのかもな」
「ですかね?」
山奥の研究所と思われる施設に強行突入した公安の隊員達は、全員が事務所らしき部屋で血塗れになって死んでいた。
そして、そんな現象の原因となる荒業を見せた一人の少年が、初老のいかにも博士といった風貌の男性と話を続ける。
「ふむ。筋力強化の遺伝子改良は成功だな」
半ば自業自得で中国に併合されてしまった日本であったが、もはや手遅れになっていると未練が沸くのか?
今さらになって、多くの日本人達が独立運動に身を投じるようになっていた。
だが、彼らは一つ大きな勘違いをしていた。
相手は常にマスコミに気を使う日本の警察でなく、疑わしきは平気で皆殺しが基本の中国公安警察であったからだ。
僅か数年間で何万人もの日本人の命が消えたのであったが、逆にその淘汰が独立組織の精鋭化を進める。
ここにいる舟橋博士のように、目的のためには手段を選ばすという種類の人間の誕生であった。
彼は、少人数でも数の多い公安警察や在留中国軍に対抗する兵器を開発する事に血道をあげる事となるが、その成果一つの新しい新兵器が誕生していた。
受精卵の遺伝子改良から、その後の薬物までを用いた強化人間とも言うべき存在。
このSF小説並みの妄想とも呼ばれた研究を、舟橋博士は自身の半生を賭けて行っていた。
勿論こんな研究は、日本政府が存在していたら法的にも倫理的にもアウトであったが、ここは法的には中国国内であり、しかも自分達はそれに反抗している存在である。
彼は今までに何千回もの失敗を重ねながら、ようやくにして一体の成功例を作り上げていた。
ナンバー3647。
つまリ、今までに三千六百四十六人の実験体を殺している事になるのだが、舟橋博士は自分がマッドサイエンティストなのを自覚しているので特に気にもしなかった。
むしろ、この狂気の研究をしなければいけない状況に、研究者の本能では喜んでいたのだから。
「お前ら……」
「シンイチ、一人生きているのがいるぞ」
「すいません。少し切り方が甘かったようです」
幼い頃から、薬物投与や身体改造や各種勉学や訓練によって究極の兵士へと成長していたナンバー3647は、戸籍上は舟橋博士の養子という事になっていて、舟橋真一を名乗っていた。
その成果なのであろう。
彼は、突入した公安の隊員達を一本のナイフで次々と殺し、彼らに銃すら撃たせる時間を与えなかった。
ところが一人、大量出血によって動けないでいたが、まだ生きている隊員を見つけたのだ。
「すぐに止めを」
「同じ……日本人なのにか……」
中国の支配が進み、今の日本では北京語をマスターしてこのように公職に就く日本人も増えていた。
彼は助かりたいがために同じ日本人同士という事で助命を請うていたのが、舟橋博士から見ればこの公安隊員は祖国に対する裏切り者である。
真一に関する情報を漏らさないためにも、許されるはずなどなかった。
「わかる、わかるよ。同じ日本人同士なのに、片や生きるために中国の犬となって同胞を売り飛ばす。片や、私のように絶望的な独立闘争に身を投じる」
「……同じ、日本人……」
首を切られた公安隊員は、舟橋博士の話を聞いてひょっとすると助けて貰えるのかもと淡い期待を抱く。
だが、いくら改良・強化されても、彼の狂気に気が付いているシンイチはそれは無いであろうと思っていた。
「だが、私はこうして元気に生きている! この才能は、これからも独立闘争に役に立つ! 君が生き残って私の情報が漏れると困るし、君だけ生き残っても、公安の連中も君に猜疑を向けるかもしれないね。シンイチ君、彼を楽にしてあげなさい」
「自分ではやらないのですね」
「私は、戦闘は専門外でね」
「そんな……」
シンイチは、絶望的な表情をした公安隊員の首を切り落とすかのような勢いでかき切ると、そのまま外に出て他の公安隊員達を全て皆殺しにする。
若くして同じ独立闘争の闘士から訓練を受けているシンイチは、音も立てずに彼らを容赦なく皆殺しにしていた。
「研究開始から四十年で、ようやく完成した成功例か。長かったね」
舟橋博士は、その後シンイチを連れて別のアジトへと移動する。
なお、この日から舟橋博士とシンイチは、最重要国家反逆者として全国に指名手配される事となるのであった。
「舟橋博士。ご無事でなにより」
「なあに、シンイチ君がいるからね。公安の隊員くらいなら瞬殺だよ」
最初のアジト撤収から数日後、舟橋博士とシンイチは別のアジトへの避難に無事に成功していた。
「ですが、さすがに少し殺し過ぎたのでは?」
避難先のアジトのメンバーがテレビを付けると、その番組では自称リベラリストの知識人が、公安隊員達を虐殺した二人を一方的に批判する論評を行っていた。
「君、こんな中国政府のコントロール下にあるテレビに真実など存在しないさ。彼らは、マスコミ関係者としての地位と高給を維持するために、同じ日本人を踏みつけにするのさ」
「公安の隊員に、日本人がいたようですね」
テレビでは、一人の日本人公安隊員の死を惜しむ報道がされていて。
新婚でもう少しで子供が生まれるところであったという、いかにも大衆のお涙を誘う内容となっていた。
「許せない連中ですね。この国の治安を担っている公安隊員を殺すなんて」
コメンテーターとして一人の大学教授が出て薄っぺらいコメントをしていたが、彼はネット上では中国政府に媚を売ってこうやってテレビの仕事を貰っていると評判になっていた。
「これが、この世の現実とも言えるな。我々の独立闘争の基本は、既に手遅れという部分からスタートしているのだし」
「なら、なぜこんな事を? 博士なら、普通に研究所で勤めれば高給が約束されたでしょうに」
「そんな人生は、ツマランからな」
既に七十歳を超えて天涯孤独で独身な舟橋博士は、ただ自分の好きな研究をするためにこうやって独立闘争に手を貸しているのだと言う。
シンイチは、子供ながらに呆れるしかなかった。
「普通にやっていてもまず勝ち目は無いわけだが、普通にやらなければ勝ちは見えるかもしれない。そこでだ、そのために君を製造・改良したのだよ」
「個人の力が、集団に勝つのは難しいですよ」
シンイチは、極めて特殊な環境化に生まれて来たし、生まれてからも色々と普通の子供ではあり得ない人生を送って来ていたのだが、その件に対して全く博士を恨んでいなかった。
彼は狂人ではあったし、研究のためには人の命を何とも思わない人物ではあったが、少なくともシンイチに嘘だけは付かなかったからだ。
彼は、シンイチ本人に施された改良内容を全て正確に伝えていた。
投薬や改良などの影響で、満十二歳にして身長195センチ85キロと既に成長は終わって完成された肉体となっていた。
それと、独立闘争の戦士達から受けた専門の訓練に、それをすぐに会得する才能。
頭脳の方も、古今東西ありとあらゆる知識などを習得させられている。
更にもう一つの特徴が、この究極に改良された高額な超兵器を長時間運用するための、老化防止ナノマシン精製器官であった。
これは、腎臓の横に埋め込まれていたのだが、見た目は徐々に歳を取っていくものの、実際には今の最盛期の肉体を長期間保持する事が可能であった。
他にも、怪我の治りを良くしたり、体内に入った体に良く無い細菌などを殺したり、毒素を中和したり、脳の一部を改良して記憶力や量などを上げたりと。
シンイチは、サハラ砂漠に一人で全裸で放り出されても余裕で生き残れるというのを目標に製造されていたからだ。
しかもこのナノマシンは、シンイチが栄養さえ取っていれば常に製造器官が必要量を精製するように作られていた。
「それを解決するために、ここに君を招待したのだよ」
舟橋博士は、シンイチをアジトの地下にある秘密の部屋に入れる。
するとそこには、今までに見た事が無いような奇妙な装置が置かれていた。
「これは、何ですか? 博士」
「タぁイムマシぃーーーン!」
「何で、○ラえもん風に?」
今でも放送されている某人気アニメの主人公風にタイムマシーンを紹介する博士であったが、すぐに真面目な表情に戻って話を続けていた。
「この時間軸の日本はもう駄目だからな。君を過去に送って、その時間軸の日本を生き残らせる事にする」
医学や遺伝子工学だけではなく、タイムマシンを開発したと豪語する舟橋博士であったが、彼は自分の能力を持ってしても数に勝る中国からの日本の独立は難しいであろうと考えていた。
そこで、秘かにシンイチを過去に送り出そうと考えたのだ。
「それで、どの時代に?」
「個人の能力が、究極に生かせる場所さ。時は、戦国時代とする」
舟橋博士は、そう言うとシンイチを小汚い服へと着替えさせる。
「汚い服ですね」
「それでも、戦国時代後期の一般的な下級武士の格好だぞ」
更に、色々な当時の生活道具などや、鎧や兜などが入ったツヅラや、何本かの刀や脇差に、弓矢に、火縄銃と。
すぐに合戦に出られるような装備も持たされる。
「火縄銃ですか? せめて、ライフル銃くらい……」
「向こうでは、弾の補給が出来ないからな。それに、変に目立っても困る。シンイチ君は、あくまでもその嵩上げした体と頭脳だけで天下を取って欲しいのだ」
「そんなに上手くいきますかね?」
一国の天下を取る。
シンイチは、それに必要な物の中には本人の能力ばかりでなく、何か運のような要素も必要だと思っていたからだ。
「なあに、失敗して元々さ。かの天下人豊臣秀吉。彼の強さは、最下層と思われる出自から何も失う物が無い強さを発揮したが故だ」
「あの漫画の読み過ぎでは?」
あの漫画とは、勿論『花の慶○』の事であった。
「何でも良いではないか。君は、一人で誰も知り合いのいない世界に行って自分を試す。成功するもしないも、そもそも私の監視も無いのだ。普通に農民として生きても構わないさ」
舟橋博士がそこまで話したところで、アジトの上の階から色々と騒がしい声が聞こえて来るようになる。
「ここまで見付かったのか。やはり、独立闘争とは難しい物なのだな。一度失った物を取り戻す事の難しさか……」
残された時間が少ない事を理解した舟橋博士は、急いで装置にの操作に入る。
過去に送る人や物を入れる大きなカプセルの蓋を開けると、そこにシンイチをさきほどの道具や武器と一緒に放り込んだのだ。
「餞別はまだあるぞ」
他にも、様々な追加の生活用品や大量の永楽通宝などが入った箱も押し付けられる。
更に舟橋博士は、別の部屋から一頭の巨大な馬を連れて来て放り込んでいた。
「馬ですか!」
「これは、君の助けになるぞ。何しろ、あの時代はポニーよりも小さい馬に乗っていたのだからな」
「でも、死んだら終わりだと思いますけどね」
「その馬も、君と同類さ」
つまり、遺伝子改良の産物らしい。
軍馬としては最良の改良が施され、しかもかなり長生きをするようになってるのであろう。
「牝馬と掛け合わせると、それとさして変わらない大きさの馬が誕生するようになっている。日本産サラブレッド計画だな」
「近親交配で、すぐに行き詰ると思いますけどね……」
「何の。その馬の特徴は、毎日違う遺伝子の精子を作り出す事にあるからな。馬牧場を経営すると儲かるぞ。上手く子や孫の世代まで交配を進めてくれよ」
舟橋博士からの援助は、全て送り出される時代に存在する物ばかりであった。
唯一の例外は馬であろうが、これも考えようによっては普通の大きな馬でしかない。
どうやら、彼は本当にシンイチを戦国時代に送り出すつもりのようだ。
「では、送るぞ」
舟橋博士は、自称タイムマシーンの操作を続けながらシンイチとの最後の会話をしていた。
「お前を、化け物に改良して済まなかったな」
「えらく殊勝ですね。別に、俺は気にしていませんが……」
「向こうに着いたら、自由に生きてくれたまえ。ここは、もう駄目だからな」
次の瞬間、シンイチの目の前から舟橋博士の姿が消え、そのまま彼は意識を失ってしまう。
と同時に、舟橋博士の方は、タイムマシーンの転送装置からシンイチの姿が消えた事を確認していた。
「大成功だな。やっぱり、私は天才なんだな。だが……」
アジトの上の階が、公安ではなくて軍の特殊部隊によって次々と占拠されていくのに気が付いた舟橋博士は、持っていた自爆装置のスイッチを入れる。
自分がタイムマシーンを開発していた事も、それを使ってシンイチを過去に送り出した事も、全てを闇に葬り去るつもりであったからだ。
舟橋博士がスイッチを入れると、このアジトの地下にある火山帯のマグマが上へと噴き上げて舟橋博士を含む全てを高温で溶かしてしまう。
当然、その上にいる中国軍の特殊部隊の連中も、彼と同じ最後を迎えていた。
こうして、狂気のマッドサイエンティストである舟橋博士率いる日本開放戦線は、最後に中国軍の最精鋭特殊部隊一個大隊を巻き添えに一人残らず全滅してしまう。
後に、中国軍はマグマで溶けたアジトの探査を行うのであったが、天才であった彼の研究成果を得る事は出来なかったのであった。