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断章:Ⅳ 『勇者』②

ミコトがこの世界に呼ばれて、三ヶ月。


一瞬のようで長いその期間に、ミコトは様々な事を学んだ。


この世界が正真正銘、ミコトの知るアルカナディア・クロニクルの世界であること。


ミコトに素質はあっても才能はなく、簡単な治癒魔法や補助魔法を扱う程度が精一杯だと言うこと。


そして、ミコトがかつて夢見た『スウィン』は、正真正銘、歪んだ妄想の産物でしか無かったということ。




あの光景を、ミコトは決して忘れることは無いだろう。




「……キミが、召喚されたマレビトか」


最低限の明かりだけ灯された、薄暗い大聖堂。

祭壇側、唯一太陽光を取り込める大きなステンドグラスからの光を後光に背負う、威圧感のある立ち姿。

夢に見た姿と、全てが一致している。

だが、ミコトを見下ろす眼差しは、好意や嫌悪といった一切を感じない。

すべての温度を削ぎ落とした、完全な無関心を示す、平坦な眼差し。



心のどこかで、ミコトは期待していた。

もしかしたら、夢の中のように、スウィンが自分に微笑みかけてくれるのではないか。

甘やかな恋慕こそ有り得なくても、彼の博愛の一部にくらいなら、入れるのではないかと。


それら全ての期待が、容赦なく否定される。


「スウィン、この方はミコト様です。わたしたちと共に、魔王討伐の旅に同行いただくのですよ」


ミコトを庇うようにマリアが立つ。

すぐにスウィンの視線はミコトから逸れ、マリアを見る。途端、その眼差しは温かさを帯びた。


「わかったよ、マリア。マレビトはキミのだいじなものか。

それなら、俺もマレビトを守ろう」

「もう、ミコト様ですよ!ちゃんと名前で呼びなさい!」

「キミ以外の者の名を覚える必要性を感じない」

「スウィン!」


マリアに鋭く咎められても、スウィンは少しも堪えた様子がない。

それどころか、癇癪を起こす子猫を見るように微笑んですらみせた。


「……あ、の、スウィン、さん。

その、どうぞ、よろしく……お願いします……」


完全に会話から締め出されている心地悪さから目を背け、過度の緊張から震える身体を叱咤し、ミコトは何とか声を絞り出す。


『旅立ちの前に、仲間同士で挨拶をしておきましょう』

これは、キリエやマリアからの提案だった。

それまでのミコトは、この世界についての勉強や、成果も芳しくない魔法の修練に没頭し、スウィンとの邂逅の機会をできるだけ避けていた。

理由は単純なものだ。

長い間、理想として作り上げた相手が他人として向き合ったらどうなるのかが予想できず、覚悟が決まらなかったからである。


だが、いずれにしても、共に旅をすることは既に決定している。

そろそろ挨拶をしてほしいと両者に頼み込まれ、この機会が設けられた。


だから、ミコトを随分と冷めた目で見てくるこの『スウィン』とも、何とかやっていかなければならない。

なのに。


「マレビト、お前に名を呼ばれる筋合いは無い。俺の事は勇者とでも呼べ。お互い、それで十分だろう」


絶対零度の拒絶に、その場が凍りつく。


「っ、スウィン!?あなた、どうしてそんな、急に……」


マリアですら狼狽え、それ以上の追求ができない。

そしてミコトも、喉が引き攣って声を出せなくなる。

2人共が言葉を失う様子を見て、スウィンは口を開き、淡々とミコトを詰る。


「──そもそも、マリアや大司教に散々教えを受けていて、未だ初級の魔法しか使えないそうだな。

それで、魔王討伐に貢献できると思っているのか?」


「俺から見ても、確かにお前の素質は申し分ない。魔力だけ見れば、マリア以上かもしれない。

なのに、お前のレベルは未だに1のままだ。

そこらの子供でも、お前よりは余程戦える」


「それとも、口では協力すると言っておいて、戦う気がないのか?

戦いを怖がっているとマリアが悩んでいたが……、自分が逃げたいから、いつまでも成長しようとしないつもりか?」


深々と突き刺されていく、言葉の刃。

あまりに酷い言葉だった。だが、それら全ては紛れもない事実でもあった。

ミコトは俯いて、震えるばかりの手を握りしめる。

そんなミコトを一瞥し、スウィンはいよいよミコトに興味を失ったようだった。


「……いずれにしろ、女神様の御意志には従わねばならない。

世界救済のため、お前の力が必要だとマリアが神託を受けている以上、どのようなお荷物になろうと旅には同行してもらう。拒否権はない。


マレビトにも俺たちと同じような人の心があるなら、あとひと月で少しは使い物になるよう努力しろ。


言いたいことは、それだけだ」


そう言い残し、スウィンは大聖堂を去った。

後にはマリアとミコトだけが残される。

ずっと身体を刺していたプレッシャーから解放されたミコトは、固い石の床へとへたり込んだ。


「ミコト様!……っ、申し訳ありません、スウィンが、あんなことを言うなんて……」


マリアが青くなってミコトの背を撫でるが、ミコトはそれに礼のひとつも言えない。


スウィンに図星をこれでもかと突かれた事は、いい。

魔法がいつまでも上達しないのは事実だ。

最初こそミコトに期待を寄せて熱心にものを教えてくれていた協会の人間たちも、マリアも、次第に疑念や焦りを滲ませている。


何よりミコトにとって絶望したのは、『ミコトのスウィン』と寸分違わない姿をした何かが、こうあって欲しいと願った在り方の全く真逆の人間だったことだ。


ミコトが愛した勇者の皮を被った『あれ』が一体何なのか、ミコトには一切分からない。

ただ一つ分かったのは、『ミコトの愛したスウィン』は、この世界にはいないということ。

ミコトにとって、この世界で唯一のよすがとも言えた希望の糸が、呆気なく断ち切られてしまったという事だけだった。




それから3日後の今に至るまで、ミコトの頭の中で、スウィンの誹謗の視線と言葉がフラッシュバックするようになってしまった。

人の目がある時は耐えられるが、一人でいる時、ふいに頭の中を詰る言葉が反響し、涙が止まらなくなってしまう。


「うう゛っ、…………ッ、ふ、ぅ゛────…………」


ベッドのシーツに顔を押し付け、必死に嗚咽を押し殺す。

悲しんでいても仕方ない。

泣いていても、状況は何も変わらない。

けれど、途方もない絶望と後悔が、ミコトの内側を容赦なく蝕む。

その痛みに、耐えられない。


だから、正気を保てている間は、ひたすら魔法の練習に宛てた。

何回も、何十回も、何百回も、無尽蔵に有り余っているという己の魔力が枯れるまで、教会へ治癒に来る患者を相手に、傷の治療を施し続けた。

その日の患者が居なくなれば、誰にも見咎められないよう、自身の腿に傷をつけ、それを癒した。


それでもミコトは、初級の回復魔法と防御魔法しか行使できないままだった。


「ミコト様、すばらしいです!本日もこんなに沢山の方をお癒しになられて……!

この人数は、並大抵のお力で出来ることではありません!」


機械的に魔法を行使し続けるミコトに、マリアは喜んだ。

彼女の中で、ミコトは『出来ることで社会奉仕に尽力する尊い精神の人間』という事になっているようだった。

否定はしない。違うと言ったところで彼女がまともに聞き入れてくれないのは、よく分かっている。


そしてミコトが魔法の鍛錬を積む間、マリアはスウィンの事を話すようになった。

スウィンとミコトの確執について、流石の彼女もこのままではいけないと考えたようだった。


「スウィンはですね、わたしが10になった頃、この教会に勇者としてやってきたんです」

「そう……」

「小さい頃からぼんやりしたところのある子なんですけど、手合わせになると、大人を簡単に打ち負かすくらいに強いんです!」

「うん」

「あの時はあんな風でしたが、わたしが風邪を引いてしまったりした日には、治るまで見舞いに来てくれたりする、優しいところもあるんですよ。

少し人見知りなところがあって、わたし以外に、そういう風にしてあげている所は、まだ見た事はありませんが……」

「そうなんだね……」


彼女はスウィンを語る時、声のトーンが一段上がる。

元々、ストーリー上で必ず勇者に恋し、結ばれていたキャラクターだ。

今回も、スウィンにしっかり惹かれているのだろう。


「(……違う、違う、ちがう……)」


だが、彼女がスウィンを語るほど、ミコトの心には容赦なく冷水が浴びせられる。


ミコトのスウィンは、常にぼんやりとしていたりはしない。

ミコトのスウィンは、無闇に己の力をひけらかしたりはしない。

ミコトのスウィンは、誰かだけを露骨に特別扱いはしない。


ミコトのスウィンは、いつでも凛と背筋を伸ばす人だ。

ミコトのスウィンは、誰かを守るためだけに力を振るう人だ。

ミコトのスウィンは、誰もに優しくできる人だ。


マリアは、本当に何も気付かないのだろうか。

ミコトの惰性の相槌を、ちゃんと聞いているのだろうか。


「(ああ、もう、黙ってほしい、黙れ、だまれ────)」



「…………ミコト様。少し、宜しいでしょうか」


いよいよマリアに声を荒らげそうになった、その時。

背後からそっと声をかけられ、ミコトは生気を失った目をそちらへ向ける。


その先には、ぐっと胸元で両手を結び、此方をひどく不安げに見つめるキリエの姿があった。


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