エピローグ
受賞から一年が経った。
駅前の喧騒も、
締切に追われる日々も、
もう“特別”ではなくなっている。
共同執筆ルームは、今も同じ場所にあった。
机の配置も、窓から入る光も、
ほとんど変わっていない。
「……次の締切、
少しだけ前倒しになりました。」
「……またか。
まぁ、想定内だな。」
タブレットとノートPC。
紙の原稿とデジタルデータ。
相変わらず噛み合わない道具を使いながら、
二人は同じ原稿を見ている。
◆
少しだけ遅い昼休憩。
コーヒーを淹れ、
窓を少し開ける。
街の音が、
以前より少しだけ近く感じられた。
「……最近、
AIの出力ログを……
“正解”として扱わなくなりました。」
「お、進歩だな。」
「……参考資料、
という位置づけに……
変更しました。」
「それで十分だ。」
律は一瞬だけ、
こちらを見た。
「……あなたは……
まだ……
“魂が削れる”感覚で……
書いていますか。」
火野は少し考えてから答えた。
「……削れてるけど、
前より楽だ。」
「……理由は?」
「隣に、
ちゃんと戻してくれるやつがいるからな。」
律は一瞬だけ言葉に詰まり、
それから小さくうなずいた。
「……修復工程は……
私の担当ですね。」
◆
夕方。
新しい企画書のタイトル欄が、
まだ空白のまま、画面に残っている。
「……また、
論争系でいくか?」
「……今回は……
“対話”を主軸に……
したいです。」
「珍しいな。」
「……対立は……
もう……
十分、経験しました。」
火野は小さく笑う。
「それもそうだな。」
律は、ゆっくりとタイトル欄に触れる。
「……“魂”と……
“演算”は……
もう……
争わなくていい……
と思うのです。」
「並べて使えばいいだけだしな。」
「……はい。」
◆
夜。
二人は並んでルームを出る。
街灯の下、
自然と歩幅が揃う。
「……あの頃は……
こんなふうに……
一緒に歩くとは……
想定していませんでした。」
「俺もだ。」
「……今は?」
「想定じゃなくて、
前提になった。」
律は一瞬だけ立ち止まり、
それから静かに歩き出した。
「……それは……
“効率のよい未来”……
という意味ですか。」
「違う。」
火野は、あのときと同じように言った。
「……好きな未来って意味だ。」
律は答えなかった。
けれど、
その歩幅は、もう一歩も離れなかった。
◆
その夜。
タブレットの画面に、
新しいファイルが保存される。
タイトルは、まだ未定。
けれど、
その下にはすでに、
最初の一行が打たれていた。
“これは、魂と演算が、
同じ机で書いた、次の物語だ。”
道具に、罪はない。
魂も、計算も、
人の手の中にある。
だから今日も、
二人は並んで書き続ける。
対立のためでも、
証明のためでもなく——
“物語そのもの”のために。
この物語はここで一旦終わりにしたいと思っています。
二部は感想やブックマークや評価で考えようと思います。




