“魂と演算”
受賞から数日が経った。
街は変わらず動いていて、
二人の生活も、急に何かが劇的に変わったわけではなかった。
それでも、
共同執筆ルームの空気だけは、
確実に“前”とは違っていた。
「……この取材依頼、どうしますか。」
「……受けるだろ。二人でな。」
「……はい。」
それだけのやり取りなのに、もう“対立”の影はない。
◆
夕方。
取材や連絡の合間を縫って、二人は並んで帰路についた。
夕焼けが、
街の輪郭をやわらかく溶かしている。
「……なぁ。」
「……はい。」
「……受賞したときさ。」
「……ハグ、ですか。」
「……ああ。」
少しだけ間が空く。
「……嫌じゃなかったか。」
律は、ほんの数秒だけ考えた。
「……“予測不能”でした。」
「それ、嫌だったって意味か?」
「……いいえ。」
言葉を選ぶように、
ゆっくりと続ける。
「……身体的接触に…… 合理的な説明は……
できませんでしたが……」
足を止めて、
こちらを見る。
「……不快、では……ありませんでした。」
火野は、
その言葉を聞いた瞬間、
息を詰めた。
◆
少し歩いた先の、
人気の少ない歩道。
街灯の下で、
自然と足が止まる。
「……俺さ。」
視線を逸らしたまま、
声だけが少しだけ低くなる。
「……受賞とか 作品とか、 AIとか……
全部大事なんだけどさ。」
一拍、置いて。
「……気づいたら、
お前のことばっか考えてた。」
律は、瞬きを忘れたように
そのまま立ち尽くす。
「……それは…… 創作上の重要度……
という意味ですか。」
「違う。」
はっきりとした声だった。
「……好きだ。」
沈黙。
車の音も、
風の音も、
一瞬、遠くなった気がした。
律はすぐに答えなかった。
代わりに、
ゆっくりと胸に手を当てる。
「……私は……
まだ……
“恋”の定義を……
正確に……
言語化できません。」
火野は、
それでも逃げなかった。
「……それでいい。」
律は、ほんの少しだけ視線を下げて、
小さく続ける。
「……でも……
あなたが……
ここにいない状態は……
もう……
想定できません。」
火野は、
小さく息を吐いて笑った。
「……それ、
告白として受け取っていいか。」
「……はい。」
その答えは、
短くて、
どこまでもまっすぐだった。
二人は、それ以上近づかなかった。
けれど、
もう離れてもいなかった。
◆
夜。
それぞれの部屋。
火野はデスクに座り、
古いノートPCを開く。
律はタブレットを手に、
静かに画面を見つめていた。
二人が、
同じ“新しい企画ファイル”を同時に開く。
タイトル欄。
律の指が、
一瞬だけ止まる。
(……これは……
計算ではなく……)
ゆっくりと、文字を入力する。
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魂と演算:AI世代の『物語』論争
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送信。
画面に、
保存完了の文字が表示される。
律は、タブレットを胸に抱える。
(……道具に、罪はない。
罪を決めるのは、
いつだって……
それを使う、人間だ……)
そのころ火野も、
同じタイトルを、
別の画面で見つめていた。
(……魂も、
演算も……
どっちも、
人間の手の中にある……)
夜の街に、
静かに灯りが広がっていく。
戦って、
すれ違って、
壊れかけて、
それでも“共に書く”ことを選んだ二人の物語は、
ここでひとまず、幕を下ろす。
けれど――
“物語”そのものは、
これからも続いていく。




