“届いた名前”
通知音は、
あまりにも静かな朝に、
あっけなく鳴った。
共同執筆ルーム。
二人とも、珍しく少し早く来ていた。
まだコーヒーも半分しか飲んでいない。
「……来ました。」
その一言で、
空気が張りつめる。
火野のスマホの画面に表示されたのは、
見慣れた差出人。
新人賞事務局。
(……心臓、
うるせぇ……)
指が、わずかに震える。
「……開きます。」
律は無言でうなずいた。
タップ。
一瞬の読み込みのあと、
文章が表示される。
火野は声を出さずに読み、
そのまま言葉を失った。
「……?」
律が、不安そうに一歩近づく。
「……書いて、ありますか。」
「……ああ……」
「……結果は。」
火野は、
もう一度、画面を見直した。
逃げ道がないほど、
はっきりとした文字。
「……“受賞”って……」
その瞬間。
律のタブレットにも、
まったく同じ通知が表示された。
二人同時に、
同じ言葉を読む。
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《新人賞・受賞のお知らせ》
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一拍。
二拍。
三拍。
それでも、
すぐには実感が追いつかない。
「……取った……?」
「……はい……
取得、しています……」
「……夢じゃねぇよな……?」
「……複数端末で……
同一結果を……確認しました……
現実です……」
次の瞬間だった。
火野は、考えるより先に、
一歩踏み出していた。
そして――
ぎゅっと、抱きしめていた。
強くもなく、
弱すぎもしない。
ただ、
離したくないという力だけがこもったハグ。
律の身体が一瞬だけ硬直し、
それから、ゆっくりと動きを取り戻す。
数秒後。
そっと、背中に腕が回された。
何も言葉はない。
けれど、
胸と胸の間にある振動だけが、
すべてを語っていた。
「……本当に……
二人で……」
「……ああ……
二人でだ……」
律の声が、
ほんの少しだけ震える。
「……失敗しなかった……」
「……いや。
何回も失敗しただろ。」
「……そうですね……
でも……
たどり着きました……」
ハグは、
ゆっくりと解かれる。
けれど、
距離はすぐには戻らなかった。
◆
その後の時間は、
あまりよく覚えていない。
電話。
メール。
編集部からの正式連絡。
おめでとうございます、という言葉が、
何度も何度も届いた。
それでも、
いちばん鮮明に残っているのは――
あの一瞬の温度だけだった。
◆
夕方。
すべてがひと段落したあと、
ルームには再び二人きりになる。
窓の外は、
完成の日と同じような色の空だった。
「……取っちまったな。」
「……はい……
想定外の……結果です……」
「想定してなかったのか。」
「……確率は……
高くありませんでした……」
「それでも、
俺はどこかで、
信じてたけどな。」
律は少しだけ目を伏せる。
「……私も……
信じてしまっていました……」
その“信じてしまった”という言葉が、
やけに人間らしくて、
火野は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……今日は……
どうする。」
「……何を、ですか。」
「祝うか、
それとも、
静かに終わらせるか。」
律は少しだけ考えてから答えた。
「……今日は……
静かに……
二人で……
整理したいです……」
「……俺も、
同じだ。」
夕暮れの光が、
机と原稿と、
二人の影を長く伸ばしていた。
“届いた名前”




