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魂と演算:AI世代の『物語』論争  作者: 済美 凛


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24/28

“失敗を許さなかった世界”

小雨が、静かに窓を叩いていた。


共同執筆ルームに入った律は、

いつもより少しだけ動きが遅かった。


「……雨、降ってるな。」


「……湿度、上がっています。」


火野はそれ以上突っ込まず、

コーヒーを淹れに立った。


律はタブレットを机に置き、

指先を一瞬だけ止める。


(……今日は……

 少しだけ……話しても……いいかもしれない……)



作業に入る前の、短い沈黙。


「……あなたは……

 どうして……書くようになったのですか。」


不意の問いに、火野は少し驚いた顔をする。


「……逃げ場がなかった、って言っただろ。」


「……その前の話です。」


火野は少し考えてから、肩をすくめた。


「……昔、何やっても中途半端でさ。

 褒められた記憶、あんまりない。」


律はその言葉を、静かに受け取った。


「……私も……

 似たような環境でした。」


火野の視線が、少しだけ向く。


「……でも、私は……

 “何もかもが足りなかった”わけでは……ありません。」



律は、ゆっくりと語り始めた。


「……成績は……

 常に上位でした。」


「……ほう。」


「……運動は……

 苦手でしたが……

 学業と、処理能力だけは……

 評価されていました。」


幼い頃から、

“できる子”だった。


「……周囲は……

 “期待”と……

 “要求”を、

 同じものだと……

 信じていました。」


失敗すると、

叱られるのではなく、

“失望”された。


「……一度……

 大きな……失敗を……しました。」


火野は、黙って聞いている。


「……大会用に……

 設計した……

 システムが……

 本番で……

 誤作動を起こしました。」


観客の前。

審査員の前。

仲間の前。


「……誰も……

 責めませんでした。」


それが、

いちばん堪えた。


「……代わりに……

 皆が……

 黙りました。」


火野は、小さく息を吸う。


「……沈黙は……

 “怒り”より……

 怖いです。」


律の声は淡々としている。

だが、その奥に、

当時の冷えきった感触が残っていた。


「……その日から……

 私は……

 “失敗しない方法”しか……

 選ばなくなりました。」



「……だから……

 AI、か。」


火野の声は低かった。


「……はい。

 失敗確率を……

 限りなく……

 ゼロにできる……

 唯一の存在でした。」


「……でもさ。」


一拍置いて。


「それでも、

 お前は今、

 俺と一緒に“失敗するかもしれない作品”を

 作ってるよな。」


律は、わずかに目を伏せた。


「……それは……

 例外、です。」


「便利な言葉だな。」


「……はい。」


小さく、苦笑が混じる。


「……あなたといると……

 “失敗する未来”が……

 以前より……

 怖くありません。」


その言葉に、

火野は一瞬だけ言葉を失った。



雨は、いつの間にか弱まっていた。


「……だから……

 私は……

 計算できないものを……

 ずっと……

 遠ざけてきました。」


「感情もか。」


「……はい。」


「それを今、

 真正面から食らってるわけだな。」


「……理論上は……

 非常に……非効率です。」


「だろうな。」


けれど、律は続けた。


「……でも……

 今は……

 その“非効率”が……

 怖いだけでは……ありません。」


火野は何も言わなかった。


言葉にしなくても、

それが十分すぎる“変化”だと分かったからだ。



作業再開の合図もなく、

二人は自然に原稿画面へと戻った。


会話は少なく、

けれど空気は、

これまでより少しだけ柔らかい。


失敗を許さなかった世界から、

ようやく一歩、外に出た人間の背中が、

そこにあった。

“失敗を許さなかった世界”


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