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魂と演算:AI世代の『物語』論争  作者: 済美 凛


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21/28

“熱のある夜、つながる手”

連絡が来なかったのは、丸一日ぶりだった。


共同執筆ルームにも姿を見せない。

メッセージを送っても、既読がつかない。


(……さすがに、変だろ。)


火野はスマホを伏せ、

しばらく迷った末に、部屋を出た。


住所は知っている。

緊急連絡先として、以前に一度だけ共有されていた。


(……余計なお世話かもしれねぇけど……

 それでも、何もないよりはマシだ。)


駅前のスーパーで、

スポーツドリンク、ゼリー、簡単なおかゆの素、

解熱シートを買い込む。


袋の中身を見て、自分で少し笑った。


(……完全に看病セットじゃねぇか。)



インターホンを押すと、

少し遅れて、かすれた音が返ってきた。


「……どなた……ですか……」


「……俺だ。」


数秒の沈黙のあと、

鍵の外れる音がした。


ドアの隙間から見えたのは、

いつもよりずっと覇気のない顔だった。


「……来ないで……ください……

 感染のリスクが……」


「今さら遅ぇよ。」


火野は袋を持ち上げる。


「連絡つかねぇから、

 倒れてんじゃねぇかって思っただけだ。」


律は何か言い返そうとして、

そのまま小さく咳き込んだ。


「……入って。」


部屋は静かで、

少しだけ熱がこもったような空気だった。



布団のそばに座り、

火野は買ってきたものを机に並べる。


「……水分、ちゃんと摂ってるか?」


「……理論上は、

 必要量を……満たしているはず……でした……」


「理論じゃなくて、実際に飲め。」


ストローを差し、

スポーツドリンクを差し出す。


律は少し戸惑ってから、

ゆっくりと口をつけた。


「……ありがとう……」


声は弱く、

いつもの張りがまるでない。


火野は、思わず額に手を伸ばしかけて——

一瞬ためらったあと、

そっと触れた。


「……熱、あるな。」


その拍子に、律の身体が小さく揺れた。


「……すみません……

 自己管理が……不十分でした……」


「謝るところじゃねぇだろ。」


火野は解熱シートを取り出し、

そっと差し出す。


「貼っとけ。

 少しは楽になる。」


律は無言で受け取り、

不器用に額に当てた。



しばらく、二人とも何も言わなかった。


部屋にあるのは、

小さな時計の音と、

ゆっくりした呼吸だけ。


やがて、律がぽつりとつぶやいた。


「……昨日……

 私は……あなたを……傷つけました……」


火野は一瞬だけ視線を伏せる。


「……ああ。」


「……でも……

 どうして……

 “楽しかった”と……言ったのか……

 今でも……うまく……理解できなくて……」


火野は、少しだけ苦笑した。


「……別に、理由なんて要らねぇんだよ。」


「……でも……

 私は……いつも……理由を探してしまう……」


「それがお前だろ。」


律は、小さく息を整えた。


「……それでも……

 今は……少しだけ……

 “楽しかった”の意味が……

 分かる気がします……」


火野は驚いたように目を向けた。


「……今さらかよ。」


「……はい……今さら……です……」



立ち上がろうとした律が、

少しだけよろめいた。


反射的に、火野が手を伸ばす。


手首をつかむつもりだったのに、

気づけば、

そのまま手を握っていた。


ぎゅっと力を入れたわけでもない。

ただ、離さないという意思だけが、そこにあった。


律は、驚いたように指先を震わせたが、

手を引かなかった。


部屋の空気が、一瞬だけ止まる。


「……あ……」


「……悪い……」


そう言いながら、

火野はすぐに離そうとした。


けれど——


離れる前に、

 律のほうから、わずかに力が返ってきた。


ほんの数秒。


それだけで、

十分すぎるほどだった。


「……ありがとう……」


声は小さかったが、

確かに、まっすぐ届いた。


火野はゆっくりと手を離し、

視線を逸らした。


「……今日は無理すんな。

 ちゃんと寝ろ。」


「……はい……」



帰り際。


ドアの前で、

火野は一度だけ立ち止まった。


「……連絡くらい、しろよ。

 倒れてからじゃ遅ぇんだから。」


「……はい。

 今度は……

 “理論上”ではなく……

 実際に……」


火野は小さく笑った。


「それでいい。」


ドアが閉まる。


一人になった部屋で、

律はそっと、自分の手を見つめた。


(……まだ……

 温度が……残っている……)


一方、夜の道を歩きながら、

火野もまた、無意識に自分の手を握っていた。


(……やっちまったな……

 でも……)


後悔とは、少し違う。


二人はそれぞれの夜に戻りながら、

確かに同じ“余熱”を抱えていた。


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