“すれ違う評価”
昼の外出から一晩明けた、共同執筆ルーム。
窓から差し込む光は変わらないのに、
そこに流れる空気だけが少し重たかった。
火野はコーヒーを片手にノートPCを開いたまま、
何度も同じところをスクロールしている。
(……悪くなかったよな。
ぎこちなかったけど、
ちゃんと一緒に歩いて、話して……)
楽しさは確かに残っている。
でも、それをどう言葉にすればいいのかが分からない。
律は机の反対側でタブレットを見つめていた。
画面には、昨日の行動を整理した自分用のメモ。
・会話成立率:低
・沈黙時間:想定以上
・感情取得:不明確
・創作への直接的影響:なし
(……非効率……)
そう結論づけた瞬間、
胸の奥が少しだけ痛んだ気がした。
「……昨日さ。」
沈黙を破ったのは火野だった。
「ん?」
「……正直に言っていいか?」
「はい。」
一拍、間を置いて。
「……俺は、楽しかった。」
律は一瞬、目を瞬かせる。
「……どの点が、ですか?」
「どの点って……
一緒に歩いたり、話したり……
そういうの全部含めて、だよ。」
律は考え込むように視線を落とした。
「……私は、
“楽しかった”という結果は、まだ導き出せていません。」
火野は苦笑した。
「……点数つけてるみたいだな。」
「評価しなければ、改善ができません。」
その言葉に、
火野の胸の奥で小さく何かが引っかかった。
「じゃあ……昨日は、失敗だったってことか?」
「……創作の観点から見れば、
成果は確認できませんでした。」
その瞬間、
部屋の空気がわずかに冷える。
「……そっか。」
火野はそれ以上、何も言わなかった。
いや、言えなかった。
(……俺は、
“時間そのもの”が意味あると思っただけなんだけどな……)
律は、火野の沈黙の理由が分からないまま続けてしまう。
「今後は、
もう少し目的を明確に定めた外出のほうが——」
「もういい。」
火野の声は、強くも荒くもなかった。
ただ、静かに遮っただけだった。
「今日は……作業しねぇ。」
「……そうですか。」
律はそう答えたものの、
胸の奥に小さな不安の影が差す。
(何か……
また、言い方を間違えた……?)
二人はそれ以上言葉を交わさず、
それぞれの荷物をまとめて立ち上がった。
ドアの前で、
ほんの一瞬だけ立ち止まる。
振り返りそうになって、
でも振り返らない。
「……また。」
「……はい。」
それだけで、
二人は別々の方向へ歩き出した。
◆
その夜。
律は自室でタブレットを開いたまま、
しばらく画面を見つめていた。
“非効率”
“成果なし”
“改善点あり”
正しいはずの言葉だけが並んでいる。
(……それなのに……
どうして……
こんなに、落ち着かない……)
喉の奥に、
うまく言葉にならない違和感が引っかかっている。
一方、火野もまた、
自宅で原稿用紙を前にして手を止めていた。
(……楽しかったって、
言っちゃいけなかったのか……)
誰に聞くでもなく、
答えのない問いだけが残る。
二人は同じ夜に、
同じように眠れず、
同じように“わずかな距離”を感じていた。
この小さなすれ違いが、
やがて体調を崩すほどの無理につながっていくことを、
まだどちらも知らない。
“すれ違う評価”




