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魂と演算:AI世代の『物語』論争  作者: 済美 凛


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18/28

“提案できない提案”

喧嘩から三日。

共同執筆ルームは、言葉の隙間が多くなっていた。


以前はうるさいくらいに聞こえた

キーボードの音も、今日はどこか遠い。


火野はノートPCを開きながら、

律にどう声をかければいいのか分からなかった。


律は律で、タブレットの画面に目を落とし続けている。

何度もページをスクロールし、

そのたびに微妙に表情が変わった。


(……どう切り出せばいい……?

 AIは“デートをして共感性を上げろ”とか言ってくるけど……

 そんな簡単に言われても……)


律はタブレットを閉じ、

深呼吸をした。


火野のほうへゆっくりと向き直る。


「……あの。」


火野はびくっと肩を揺らした。


「な、なんだ。」


律は言葉を探しながら、視線を泳がせている。

普段の彼女からは想像できないほど、不器用な動きだった。


「その……最近、

 私の……説明が……あなたに届いていないように思えて……」


火野の胸に微かな痛みが走る。


「……あれは俺も悪かったよ。

 勢いで言い過ぎた。」


律は首を振った。


「いいえ。

 あの時のあなたの言葉……正しかったと思います。

 “正解”ばかり見て、

 あなたの感情に向き合っていませんでした。」


火野は目を丸くする。


「律が……そんなこと言うなんてな。」


律は小さくうつむいた。


「…… AI に指摘されたんです。

 “共感性が不足している”と。」


「AIに……?」


「はい。

 改善のためには……

 共同体験、会話、感情の共有が必要だと。」


火野は頭をかいた。


(AIめ……よりによって律にそんなこと教えやがって……)


律は、覚悟を決めたように顔を上げた。


そして——

小さく震える声を搾り出す。


「……その……

 二人で、“体験”を積む必要があります。

 食事とか……散歩とか……その……

 一般的には……“デート”と呼ばれるものです。」


空気が止まった。


火野は一瞬、呼吸を忘れた。


「……お、おま……

 デートって……俺たちがか?」


律は必死に落ち着いた声を装う。


「はい。

 でも違います。“人間関係の向上施策”です。

 あくまで、創作上の問題解決のための——」


「いや、いやいやいや……

 分かってる。分かってるけど……

 それでもデートだろ……?」


律は耳まで赤くなった。


「……名称は何でもいいです。

 とにかく“共感性を育てる外出”が必要なんです。」


火野は口元を押さえた。


「……本気で言ってる?」


「本気です。

 これ以上、作品が書けなくなるほうが……

 もっと辛い。」


律は言い終えると、小さく息を吐いた。

まるで胸の奥から何か重たいものを落としたように。


火野はその姿を見て、

胸の奥が少し温かくなった。


「……分かったよ。」


律が顔を上げる。


火野はゆっくりと笑った。


「俺でよければ……デート、行こうぜ。」


律の目がわずかに丸くなり——

ほんの少しだけ柔らかくなった。


「……ありがとうございます。

 では、まず“どこに行くか”ですが、

 AIがいくつか候補を——」


「いや待て!

 さすがに全部AI任せってのは、なんか違うだろ!」


「ち、違います!

 あくまで候補です! 候補!」


ようやく二人の会話に、

久しぶりの「ちゃんとした温度」が戻ってきた。


そして次の休み。

二人はぎこちなく、しかし確かな一歩を踏み出すことになる。


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