第10章 席ができる 第1話 前に出る理由
■いつもの道
午後。
ヒカルは、
畑の端で作業をしていた。
あの子ども――
リョウが、
少し離れたところで石を蹴っている。
「ヒカル、
それ何?」
「……鍬。
土、起こす」
「へぇ」
平和な時間だった。
⸻
■声が変わる
不意に、
後ろから声。
「おい」
低く、
硬い声。
振り返ると、
村の年配の男が立っていた。
「……また来てるのか」
視線は、
ヒカルじゃなく
リョウに向いている。
「ここは、
遊び場じゃない」
リョウが、
一歩下がる。
「ごめんなさい……」
⸻
■昔の空気
ヒカルは、
その空気を知っている。
責める前の、
重たい沈黙。
――……イ……ヤ……
言葉が、
喉で止まる。
でも――
一歩、前に出た。
⸻
■ヒカルの声
「……違います」
はっきり。
男の視線が、
ヒカルに移る。
「この子は、
何もしていません」
言葉が、
続く。
「……僕が、
話していただけです」
⸻
■驚き
男は、
一瞬だけ言葉を失う。
「……お前が?」
「はい」
ヒカルは、
立ち止まらない。
「危ないことは、
させていません」
声は、
震えていない。
⸻
■庇うということ
ヒカルは、
リョウの前に立つ。
完全に。
「……用があるなら、
僕に言ってください」
それは、
逃げじゃなかった。
⸻
■大人の沈黙
しばらくして。
「……そうか」
男は、
短く言った。
「なら、
いい」
踵を返し、
去っていく。
背中は、
さっきより
小さく見えた。
⸻
■子どもの声
「……ヒカル」
リョウが、
小さく呼ぶ。
「ありがとう」
ヒカルは、
少しだけ考えてから答えた。
「……友だち、
ですから」
その言葉は、
自然だった。
⸻
■見ていた人
畑の向こう。
父が、
作業の手を止めている。
何も言わない。
でも――
目は、
誇らしそうだった。
⸻
■帰り道
「怖くなかった?」
リョウが聞く。
ヒカルは、
正直に答える。
「……少し」
「でも?」
「……守りたかった」
それだけで、
十分だった。
⸻
■夜のログ
ヒカルは、
記録を書く。
「今日、
前に出た」
「逃げなかった」
最後に、
一文を足す。
「それで、
よかった」
ヒカルは、
もう“見ているだけ”じゃない。
選んで、
動いていた。




