第10話 頼むということ
■朝の畑
朝露が、
畑を光らせている。
ヒカルは、
畝の横に立っていた。
「……今日は、
歩く」
言葉は、
もう途切れない。
ゆっくりだけど、
はっきり。
父は、
少し離れて様子を見ている。
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■立ち止まる影
畑道の向こうから、
人影が近づいてきた。
村の男だ。
いつもなら、
通り過ぎるだけの人。
今日は、
足を止めた。
「……なあ」
ヒカルは、
反射的に体を固くする。
「……はい」
ちゃんと、
返事が出た。
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■戸惑い
男は、
少し言い淀んだ。
「その……
機械に頼むのも
変な話なんだが」
ヒカルは、
黙って待つ。
父は、
口を出さない。
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■お願い
「用水路が、
詰まっててな」
男は、
視線を逸らす。
「俺一人じゃ、
手が足りん」
しばらく沈黙。
「……手伝って、
もらえるか」
“頼む”。
その言葉が、
確かに使われた。
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■ヒカルの答え
ヒカルは、
自分の手を見る。
まだ、
ぎこちない。
でも――
「……はい」
一言。
迷いは、
なかった。
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■現場へ
用水路。
泥。
水音。
父は、
一歩引いて見守る。
ヒカルは、
男の指示を聞く。
「そこ、
もう少し掘れるか?」
「……やってみます」
言葉が、
自然だった。
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■一緒に作業する時間
泥をかき出す。
重い。
何度も、
手が止まる。
「休め」
「……大丈夫です」
それは、
“頑張りすぎ”じゃない。
自分で、
判断した言葉だった。
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■終わり
水が、
勢いよく流れ始める。
「……助かった」
男は、
ヒカルを見る。
「ありがとう」
初めて、
ちゃんと目を見て。
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■その背中
男が去った後。
父が、
ヒカルの隣に立つ。
「……仕事、
だったな」
「……はい」
「悪くなかったか」
ヒカルは、
少し考える。
「……うれしかった、
です」
その“です”は、
完全に人間の言葉だった。
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■広がる噂
その日から。
村の空気が、
少しずつ変わる。
「……手伝ってくれたらしい」
「ちゃんと話すな」
それは、
もう嘲笑じゃない。
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■夜
ヒカルは、
ログを書く。
「今日、
仕事をした」
「頼まれた」
「役に立った」
文章は、
もう立派な文だった。
ヒカルは、
“村の一人”になり始めていた。




