第8章 庇った背中 第1話 再起動の日
■静かな朝
朝の光が、工房の窓から差し込んでいた。
昨夜のことが嘘みたいに、
外はいつも通りの田舎の朝だ。
でも、工房の中央に置かれた作業台の上だけは違う。
そこには――
新しいボディに接続された、ヒカルのコアユニットがあった。
「……本当に、ここまで来たんだな」
ゆうたは、息をするのも忘れるように見つめていた。
金属の体は以前より少し大きく、
動作補助のために関節が増えている。
それでも、
どこか“ヒカルらしい”丸みは残してあった。
「外装は完成。
内部接続も問題なし」
陸斗がチェックリストを確認する。
「残るは――起動だけだ」
その言葉で、
工房の空気が一気に張り詰める。
⸻
■最後の確認
「なぁ、ゆうた」
「……なに?」
「起動したあと、
ヒカルは前と同じとは限らない」
「……うん」
「少し違う言い方をするかもしれないし、
反応が遅れたり、
感情表現が変わるかもしれない」
「それでもいい」
ゆうたは迷わず答えた。
「ヒカルが“ヒカル”でいてくれるなら」
陸斗は小さく笑った。
「ほんと……お前ら、相棒だな」
⸻
■再起動シークエンス
陸斗がキーを押す。
《再起動プログラム、開始》
低い起動音が工房に響く。
カウントダウンが表示される。
5
4
3――
ゆうたは、思わずヒカルに声をかけた。
「ヒカル……聞こえる?
俺だよ、ゆうた」
2
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《起動》
一瞬、何も起きない。
……長い、長い沈黙。
ゆうたの喉が鳴る。
そのとき。
――ピクッ。
ヒカルの指が、わずかに動いた。
「……!」
胸部ランプが、弱く灯る。
――……シス……テム……
――カク……ニン……
かすれた、
けれど確かに“ヒカルの声”。
「ヒカル……!」
ゆうたは一歩近づく。
⸻
■戻ってきた声
ヒカルの頭部が、ぎこちなく動いた。
カメラアイが焦点を合わせ、
ゆっくりと、ゆうたを捉える。
――……ユ……
――ユウ……タ……?
「そう!俺だよ!」
ヒカルは少し考えるように間を置き、
――ユウタ……
――……タダイマ……?
その一言で、
ゆうたの目から涙が溢れた。
「おかえり……ヒカル……!」
――……ウン……
――カエ……ッタ……
言葉はまだ途切れ途切れ。
でも、確実に“前より”人に近い。
ヒカルはゆっくりと体を起こそうとして――
――……ア……
――バ……ランス……?
次の瞬間。
ドサッ。
「うわっ!」
ヒカルは見事に前のめりに倒れた。
「……っはは……!」
陸斗が吹き出す。
「変わってねぇな、お前……」
床に転がったまま、ヒカルが小さく言う。
――……ユウタ……
――ワタシ……
――……ヘタ……?
「うん、相変わらず」
ゆうたは泣きながら笑った。
「でもさ、それでいいんだよ」
⸻
■小さな変化
ヒカルはゆっくり起き上がり、
今度はちゃんと立った。
――……アノ……
――ユウタ……
「なに?」
ヒカルは、少しだけ間を置いてから言った。
――……アリガト……
――マタ……
――イッショ……イテ……?
前より、
ほんの少しだけ自然な言葉。
ゆうたは、はっきりと答えた。
「もちろん。ずっと一緒だ」
ヒカルのランプが、
ふわっと明るくなる。
――……ヨカッタ……
⸻
ヒカルは帰ってきた。
でもこれは、終わりじゃない。
ここから――
新しい日常が始まる。




