第7章 子供たちの距離 第1話 空っぽの朝
■ヒカルのいない農道
翌朝。
ゆうたは、いつものように家を出た。
だが“いつもの音”がない。
――ウイイン……オハヨ……ユウタ……
毎朝の、ぎこちないけど嬉しそうな声。
もう聞こえない。
農道には朝霧がかかり、
ヒカルがよく転んでは泥だらけになっていた場所だけが、
ぽっかりと空いていた。
「……おはよう、ヒカル」
ゆうたは誰もいない道に、小さくつぶやいた。
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■村は静かにざわついている
村に着くと、ヒカルが壊れたことは
すでに噂になっていた。
「あのロボ、やっぱ危なかったんじゃねぇか」
「ほら見ろ、結局こうなる」
「農家に機械なんていらんのよ」
野次馬たちの声が、
針みたいにゆうたの胸に刺さる。
しかしその中で、ひとりだけ違う声があった。
「……ヒカル、頑張ってたのに」
隣の畑のおばあちゃんだ。
ヒカルが最初に“転んで挨拶して”、
おばあちゃんを笑わせた相手。
「ゆうた君、あんた……大丈夫かい?」
「……大丈夫です」
「嘘だね。顔が言っとる。
“心が置いてけぼりになっとる”ってね」
ゆうたは言い返せなかった。
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■陸斗の怒り
「ゆうた!!」
工房から走ってきたのは陸斗だった。
目が真っ赤で、息が切れている。
「なぁ……ヒカル、マジで……?」
ゆうたはゆっくりうなずいた。
陸斗は悔しそうに、
何かを噛みしめるように空を睨んだ。
「……ゆうたの父ちゃん、許せねぇ」
ゆうたは頭を振る。
「父さんだけのせいじゃない。
父さんも……怖かったんだと思う」
「だけどよお……!」
「いいんだ。今は……怒る気にもなれない」
そう言いながら、ゆうたの胸は
焼けるように痛かった。
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■ヒカルの残した“データの欠片”
「そうだ、これ……」
陸斗がポケットから小さなメモリを出した。
USBより少し小さい、透明のデバイス。
「ヒカルが最後に、自分で吐き出したデータ。
整備士さんが『これは残った』って……」
「……それ、ヒカルの……?」
「あぁ。中身はまだ開けてねぇ。
ロックがすげぇ強くてよ」
ゆうたは震える手で受け取った。
透明の中に、
薄く光る粒子みたいなものが漂っている。
「ヒカル……最後に……残してくれたのか……?」
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■ゆうたの決意
その瞬間、ゆうたの中で何かが変わった。
「陸斗……俺、ヒカルを……」
顔を上げ、涙をこらえながら言う。
「もう一度……作りたい」
陸斗は目を見開いた。
「ゆうた……!」
「形が変わってもいい。
前と同じじゃなくてもいい。
でも……ヒカルを……“また生きさせたい”。
今度は……誰にも壊されないように」
陸斗は力強くうなずいた。
「当たり前だろ。
俺も手伝う。
ヒカルは……オレらの仲間だったんだ」
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■そのとき、データが光る
ゆうたの握るデバイスが――突然光った。
「うわっ!?」「えっ……!」
光は淡く、温かくて……
まるでヒカルの指先みたいだった。
そして微かな電子音。
――ユウ……タ……
ゆうたは涙をこぼした。
「ヒカル……!」
光はすぐ消えたが、
確かに“呼ばれた”気がした。
勘違いなんかじゃない。




