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隔離域  作者: tachibana daiji
第十章:砕かれた怪物

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第18話:置き土産

対策本部は、困惑に満ちた静寂に包まれていた。

目の前で起きた二つの不可解な現象――金の流れの唐突な途絶と、謎の外部からの大規模アクセス――の意味を、誰一人として正確に理解できずにいた。

まるで、二匹の巨大な怪物が激しく争い、そして、共倒れになったかのようだった。


「……一体、何が起きたの……?」

レベッカは、呆然と呟いた。彼女の天才的な頭脳をもってしても、この結末は予測不能だった。神崎が独断で行ったカウンター攻撃のことなど、彼女は知る由もない。ただ、自分たちの追跡とは全く別の、巨大な「何か」が介入したことだけを、肌で感じていた。


安藤は、この不可解な事態に、ただ苦虫を噛み潰していた。犯人に金は渡り、しかし、その行方は分からなくなった。警察としては、最悪に近い結末だった。


久我は、静かに目を閉じ、この奇妙な形での「決着」を受け入れていた。データは守られた。会社は救われた。その事実だけで、今は十分だった。


そんな中、レベッカは、プロとしての執念を失っていなかった。彼女は、"オリガミ"のネットワークが崩壊する瞬間に残した、膨大なログの残骸を、一心不乱に解析していた。藁の山から、一本の針を探すように。


「……見つけた」

数十分後、彼女が静かに言った。

「奴らの、置き土産」


彼女は、自身のラップトップの画面を、メインモニターに映し出した。

そこには、資金洗浄ネットワークが完全に沈黙する、そのマイクロ秒単位の直前に、ネットワークの外部に向けて送信された、一つの暗号化されたデータパケットのログが表示されていた。


「彼らの追跡はロストした。でも、この最後のパケット……おそらく、ネットワークの崩壊を検知した彼らが、"保険"として、どこか別の場所に送ったものね。送信先のIPアドレスは偽装されていて追えない。でも、パケットそのもののデータは、断片的に復元できた」


レベッカの指が、コマンドを打ち込む。

断片的なデータが再構成され、一つのテキストファイルとして、モニターに表示された。

そこに書かれていたのは、詩でもなければ、脅迫文でもなかった。

それは、極めてビジネスライクな、プロジェクトリストだった。


`[PROJECT 'CHIMERA' - PHASE 2 TARGET LIST]`


`- Akebono Heavy Industries (Target: ICS/SCADA Network)`

`- Tokai Medical University Hospital (Target: Patient Database / Medical Devices)`

`- Ministry of Finance Japan (Target: National Tax System Mainframe)`


「……プロジェクト・キマイラ……第二フェーズ、ターゲットリスト……」

氷川が、その禍々しい単語を、かすれた声で読み上げた。

リストに上がっているのは、日本のインフラを支える重工業メーカー、その制御システム。巨大な医療ネットワークを持つ大学病院の、患者データベースと医療機器。そして、国家の中枢である財務省の、国税システムのメインフレーム。


アークライト・メディアへの攻撃は、終わりではない。

始まりに過ぎなかったのだ。

彼らにとって、この事件は、日本という国家全体をターゲットにした、壮大な攻撃キャンペーンの、ほんの序章でしかなかった。


"オリガミ"からの最後のメールが、氷川の元に届いたのは、その直後だった。

それは、もはや詩的な表現など何もない、たった一言だけの、冷たいメッセージだった。


Arigato.


感謝。

その一言が、何よりも雄弁に、彼らの歪んだ達成感を物語っていた。

身代金を手に入れ、日本市場への攻撃の足がかりを作り、そして、自分たちの力を誇示した。彼らは、全ての目的を達成し、インターネットの深海へと、再び姿を消したのだ。


安藤は、壁を殴りつけていた。

「クソッ……! クソッ……! 奴らは、俺たちを、完全に手玉に取りやがった……!」


水野圭は、この後どうなるのか。彼は海外の犯罪組織に利用された被害者なのか、それとも、積極的に加担した共犯者なのか。その真実は、国際的な捜査の壁に阻まれ、おそらく永遠に闇の中だろう。

そして、神崎が独断で行ったカウンター攻撃の事実は、レベッカが「正体不明の第三者による介入」として報告したことで、誰にも知られることはなかった。ただ、彼のクレジットカードには、天文学的な数字の請求だけが、虚しく残り続けた。


事件は、こうして、唐突に幕を閉じた。

犯人の顔も、声も、国籍も、何も分からないまま。

後に残されたのは、巨額の損失と、深い傷跡。

そして、「次は、お前たちの番だ」とでも言うような、不気味な予告状だけだった。

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