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隔離域  作者: tachibana daiji
第五章:二枚目の折り紙

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第10話:同期の影

「……水野、圭」


スピーカーフォンから漏れ聞こえたその名前に、地下の鯖室で作業していた神崎は、時間が止まるような感覚に襲われた。

同期。

彼にとって、その言葉は単なる入社年度が同じだけの関係性を意味しなかった。

水野圭は、神崎にとって唯一無二の、親友であり、ライバルだった。


対策本部の混乱など、もはや彼の耳には届いていなかった。脳裏に蘇るのは、研修時代、二人で夜を徹してコードを書き、未来の「ヘイローストリーム」について熱く語り合った日々。


『なあ神崎、俺たちの手で、このサービスを世界一にしてやろうぜ』

そう言って、屈託なく笑っていた水野の顔。

理想に燃え、誰よりも純粋だったはずの親友が、なぜ。


「……神崎君」

スピーカーから、久我の硬い声が響いた。その声には、明らかに、神崎自身に向けられた猜疑の色が滲んでいた。

「君の、同期だそうじゃないか。この水野という男について、知っていることを全て話してもらおうか」


神崎は、喉がカラカラに乾き、言葉を発することができなかった。

彼が密かに使ったバックドアアカウント。彼が見つけたログサーバー。その結果、容疑者として浮かび上がったのが、自分の親友。まるで、自分が友を売ったような、おぞましい罪悪感が胸を締め付ける。


その重苦しい沈黙を破ったのは、レベッカの冷静な声だった。

「久我さん、彼を責めるのは筋違いです。容疑者の特定に繋がるログを発見したのは、彼の功績です」

彼女はそう言うと、神崎の肩にそっと手を置いた。その手は驚くほど冷たかったが、神崎には、それが確かな支えに感じられた。

「神崎さん。今は感情的になっている場合じゃない。私に、客観的な事実だけを教えて。水野圭は、どんなエンジニアだった?」


神崎は、一度固く目を閉じ、そして、ゆっくりと口を開いた。


「……天才、でした」

その声は、自分でも驚くほど、静かに響いた。

「僕なんかよりも、ずっと。誰も思いつかないような、エレガントなコードを書く男でした。でも……純粋すぎた。会社の古い体質や、非効率なワークフロー、縦割りの組織……そういうもの全てを、彼は許せなかった」


水野は、常に正論を吐いた。そして、常に上層部と衝突した。

『こんなやり方じゃ、いつか大きな事故が起きる』

『技術的負債を、どうして誰も返済しようとしないんだ』

彼の警告は、いつしか「意識高い系の若者の戯言」として、誰にも相手にされなくなっていった。そして一年半前、彼は一通の退職願を残して、静かに会社を去った。


「彼が辞める時、言っていました」と神崎は続けた。

「『この会社は、内側から腐っていくのを待つだけの泥舟だ。俺は、外からこの舟を沈める方法を探す』と……。当時は、ただの捨て台詞だと思ってた。でも……」


言葉は、そこで途切れた。

レベッカは、静かに頷いた。

「……彼のスキルセットと動機は、今回の攻撃者のプロファイルと、不気味なほど一致するわね」

彼女の言葉は、冷たいナイフのように、神崎の最後の希望を切り裂いた。


その頃、四十二階の対策本部では、安藤が部下に矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

「水野圭の身柄を確保しろ! 今すぐ自宅に向かえ! 令状は後から出す!」


久我は、そのやり取りを、ただ呆然と見つめていた。

犯人が、分かった。内部の人間だった。

ならば、なぜ「レヴァイアサン」などと名乗る必要がある? なぜ、海外のハッカー集団のような、手の込んだ真似をする?


まるで、パズルのピースが一つ見つかったことで、かえって全体の絵が分からなくなったような、奇妙な感覚だった。


安藤が、電話を片手に部屋を出ていく。

72時間のカウントダウンが続くモニターを、役員たちが不安げに見つめている。

氷川が、次のプレスリリースの文面を練り始めている。


誰もが、それぞれの役割に戻ろうとしていた。

だが、彼らはまだ気づいていない。

これは、"オリガミ"が仕掛けた、巨大な舞台の上で演じられている、一つの幕に過ぎないことを。

そして、水野圭という存在が、駒なのか、脚本家なのか、あるいは、観客ですらないのかを。


地下三階。

神崎は、一人、コンソールの前に座り込んでいた。

親友が、会社を破滅させようとしている。その証拠を、自分が見つけてしまった。

頭が、どうにかなってしまいそうだった。


その時、彼のポケットの中で、私用のスマートフォンが、短く振動した。

仕事用の端末ではない。会社には登録していない、プライベートな番号だ。

画面を見ると、そこには「非通知設定」の文字が表示されていた。


こんな時に、誰が。

いぶかしみながら、彼は通話ボタンを押した。


「……もしもし」


耳に届いたのは、雑音に混じった、数年間聞いていなかった、しかし決して忘れることのない、懐かしい声だった。


『……神崎か? 俺だ……水野だ』


その声は、ひどく怯え、そして、震えていた。


『助けてくれ。俺は、奴らに……利用されただけなんだ』

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