落語声劇「擬宝珠」
落語声劇「擬宝珠」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:3名
(0:0:3)
(0:0:3)
(1:2:0)
(2:1:0)
(3:0:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
熊五郎:幼馴染の若旦那が気鬱が高じて患って寝たきりになっていると
大旦那から聞き、また、何をそんなに患うほど悩んでいるのか
聞き出してほしいと頼まれ、若旦那と向き合って話をするが…?
大旦那:とある店の大旦那。一粒種の倅、若旦那が気鬱の病で明日をも
知れない。原因があるはずと医者から聞いて、自身を含め、家の
者らが総出でわけを聞くが答えてくれない。いよいよ藁にもすが
る想いで、幼馴染の熊五郎を呼んで依頼する。
ちなみに世間様にはちょっと言えない趣味をお持ち。
若旦那:とある事情から気鬱が高じて患いついてしまう。
そのわけは、とあるものを舐めたい。しかしとてもじゃないが
そんな事はできないとの葛藤の末であった。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
熊五郎:
大旦那:
若旦那・語り:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:人には言えない趣味嗜好、皆さんにはございますか?
堂々と世間に向かって言えるものであればよいのですが、そうでない
と隠れてこそこそやるか、もしくは諦めなければいけなかったりしま
す。
【自分の趣味嗜好ネタがある人はここで】
人間の欲望と言いますものは果てしないものでございまして、
一を得れば十を求める。十を得れば百を求める。
欲望はもっとも人間らしさを剥き出しにするものですが、
中には求めた欲が実現できないあまり、ついには病の床に伏して
患いつく、そういう人間もいますようで。
大旦那:ああ熊さん、来てくれたかい。
そこへ座っとくれ。
熊五郎:大旦那、遅くなりやして。
急な呼出したぁ、どうされたんで?
大旦那:いや、どうもこうもないんだ。
倅の事なんだけどね。
熊五郎:若旦那ですか?
そういやぁ近ごろ見ませんね。
どうかなすったんで?
大旦那:ここのところ気鬱が高じて具合が悪くてね…すっかり患いついち
まってるんだ。
医者が言うにはどこも悪くはないって言うんだよ。
鬱々として胸の内に秘めてる事、思い悩んでいる事があるみたい
でね。それが分かれば少しは良くなるだろうってんだ。
熊五郎:なるほど。
で、その原因は分かったんで?
大旦那:いやこれがね、なかなか口を割ってくれない。
親が言おうが店の者が言おうが、ぜんぜんナシのつぶてだ。
熊五郎:うーん、そんなに頑ななんですかい。
けどなぁ…気鬱ねえ…。
大旦那:熊さんは気鬱くらいの事でと思うかもしれないけども、
これが体に障るんだよ。
あまり度を越して来るてえと、命が危ないという医者の見立てで
ね、弱ってしまってるんだ。
熊五郎:命ってなると穏やかじゃねえや。
で、どうするんで?
大旦那:まぁとにかくね、思い悩んでいることを聞きださなくちゃいけな
いってんでね、いろいろと考えたんだ。
そこで思いついたのが熊さん、お前さんだよ。
子供の時分からいちばん仲のいいお前さんだったら話してくれる
んじゃないか、親兄弟には言えなくても仲のいい友達なら言える
んじゃないかと、こう思って呼んだんだよ。
どうだい熊さん、倅が何で患っているのか、何を思い悩んでいる
んだか、ひとつ聞いちゃもらえないだろうか?
熊五郎:なぁるほど、そういう事でしたかい!
えぇえぇ、分かりやした!
じゃ、ひとつ行ってきやすよ!
大旦那:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁそれからね、倅は病だからね。
もう患いついちまってから長く寝込んでるんだから、
いいかい、そっと、穏やかに、障りのないように聞いておくれ。
熊五郎:えぇ大丈夫ですよ、分かってやすから!
へへへ、まかしといてください!
なァんだろうね、どうでもいいけど、親なんてものは心配するも
んだねえ。
っと、ここだここだ。
そーっとね、障らねえようにしなくちゃいけねえってんだ。
へへへ、いつまで経ってもひ弱なんだからしょうがねえな。
そぉーっとね……、
若旦那ァァ!!!
元気かいィ!!?
若旦那:!!!?!ッッ、こ、殺す気かい……?
誰かと思ったら熊さんかい…けほっけほっ。
やっぱり来たか…そろそろお前さんのお出ましじゃないかと思っ
てたんだ…親父の考えそうなことだよ。けほっけほっ。
弱ったもんだねぇ…こんな体になっちまってんだ…。
親父から話は聞いたんだろ。
もうこんなになっちまったらしょうがない。
あたしはもう、諦めるよ…。
熊五郎:なんだなァ若旦那。
柄にもねえじゃありやせんか!
なんか悩んでるんですって?
どうしたんです?
若旦那:……なんだと思う…?
熊五郎:なんだと思うって、大概ね、こういう時に男が思い悩んでる、
ふさぎこんでる、気鬱になるなんてえと答えは一つしかねえ。
若旦那:…え…?
熊五郎:へへ、いるんでしょ?女の子。
若旦那:…違うよ…。
熊五郎:へ?違う?
じゃあ崇徳院じゃねえなア…。
あっ!
みかんが食いたい?
若旦那:…そうじゃあないんだ…。
千両みかんでもねえな…。
みかんが食べたいわけでもなければ、好きな女の子がいて悩んで
るわけじゃないんだよ…女じゃない…。
熊五郎:ぇ………もしかして、男!?
若旦那:そういうんじゃない…。
いいんだ、いいんだよ、あたしの想い患っている事、悩んでいる
事なんてのはね…言ったところでどうしようもないんだ…。
白状したって、それから先はどうにもならない事なんだ…。
あたしはこのままこれを墓場まで持って行くんだぁぁぁ……。
【最後になるにしたがって涙声で何を言ってるのか分からなくな
る】
熊五郎:若旦那…どうにもならねえどうにもならねえって言うけどね、
言わなきゃわからねえし、言ってみたら自分以外の者にとっちゃ
あ案外大したことのねえ話だったりするんだ。
な、言ってみてくんねェ。
若旦那:【しばらくぐすぐす言ってる】
…。
……さすが、親父だなァ…。
やっぱり親だよ。
わかるもんなんだねぇ…。
親父やお袋、店の番頭やなんかが話を聞きに来た時とは
違う気持ち違う想いに今、あたしはなってるよ…。
お前さんの顔を見て、友達てなァなるほどいいもんだねぇ…。
……熊さん、実はね。
熊五郎:うん、なんだい?
若旦那:…やっぱり言わない。
熊五郎:言えよゥ!
言ってくれよォ!
なァに患ってるんだい、なァに思い悩んでるんだい?
若旦那:……あのね…実はね…………
熊五郎:ッじれってぇなこいつァ!
早く言いなよ!
こっちはわざわざ来てるんだよ!?
いい加減にしろィ、徳ちゃん!
若旦那:!?いま、なんて言った…?
徳ちゃんて、そう言ってくれたかい…?
ああぁ…久しぶりだなァ…。
子供の頃は徳ちゃん熊ちゃんだったよ…。
いつの間にかお前さん、気づかってくれるのはありがたいけど、
若旦那若旦那って、他人行儀で嫌だったんだよ…
あぁ、徳ちゃんって言ってくれたねえ…へへへ…。
…笑っちゃ嫌だよ、熊さん。
あたしは実はね……
【何を言ってるのかわからない言い方で】
擬宝珠が舐めたい…。
熊五郎:……え?
若旦那:【何を言ってるのかわからない言い方で】
擬宝珠が舐めたい…。
熊五郎:??潮干狩りがしたい…?
若旦那:そんな事で患わないよ…。
【何を言ってるのかわからない言い方で】
擬宝珠が、舐めたい…。
熊五郎:え、煮干しが食べたい?
台所へ行きなさいよ、いくらでもあるんだから。
若旦那:…煮干しじゃない。
擬宝珠だよ。
擬宝珠が舐めたい。
熊五郎:……擬宝珠が舐めたい??
なんです、擬宝珠って?
若旦那:熊ちゃん、擬宝珠を知らないのかい…?
ほら、お寺の屋根のてっぺんだとか、橋の欄干の上にある、
上がとんがってて金でできた玉だ。
あれが擬宝珠だよ…うふふ。
あたしはね、物心ついた時から金物を舐めるのが好きでね…へへ
、よくあたしの驕りで、一緒に洋食食べに行くだろう?
熊五郎:あ、す、すまねえ、いつも出してもらってばっかりで…。
若旦那:あぁいや、いいんだよ、驕らせておくれ。
それでね、熊ちゃんはいろんなものを食べるだろ?
あたしはいつもライスカレーってやつだ。
熊五郎:そういやそうだね。
俺ァまた、よっぽど好きなのかなって思ってたんだ。
若旦那:なんでいつも頼むかって言うとね、
ライスカレーも確かに好きなんだ。
好きなんだが、あたしが本当に好きなのは、あのスプーンってや
つなんだ。
熊五郎:すぷーんってえと…あの、金物の匙かい?
若旦那:【若干うっとりしながら】
そう、あれが舌の上に当たるのが堪らないんだよ…!
あの感触……!
あの味……!
他のものでは得られないんだ…っ!
熊五郎:【若干ひいている】
っそ、そりゃあ確かに得られねえやね。
なるほどなァ…徳ちゃんはその、金物を舐めるのが好きだったの
かァ…。
若旦那:そうなんだ…金物舐めが好きで好きでね…。
熊ちゃん聞いた事ないかい?洋食が嫌いだ、洋食が食べたくない
って人ってのは、スプーンを舐めるのが嫌いだから、アレが舌に
当たるのが嫌だから食べないんだそうだ。
でも嫌いな人間がいるって事はさ、あべこべにそれが好きな人間
もいるって事なんだ。
熊五郎:まあ、道理から言やァそうなるな。
若旦那:それが高じてね…、
擬宝珠が…舐めたくて…。
もう、擬っ宝っ珠がっ、舐めたくってっ…!
擬っ宝っ珠がっ…あったっしはっ、大っ好っきでっ…!
熊五郎:【ひいている】
っお、お、おう…。
ん、んんッッ!
な、なあ徳ちゃん…こんなこと言うのもなんだけどさ…、
【ライトにつぶやくように】
死んじゃえばか。
若旦那:いや、それじゃ何しに来たんだい…。
熊五郎:おっと…んんッッ!
ま、まぁ分かったよ。
擬宝珠が舐めてぇんだね?あぁそう…。
そういう人間も世の中にゃああるんだねェ…。
まあまあ、でもそれでもって病がね、気鬱が治るってんなら安い
もんだよ。
人に見られたら良くねえけどさ、それだったら夜中に舐めに行き
ゃいいじゃないか。
橋なんてのはいくらでもあるんだからさ、近場だったら大川が
近ぇんだしね。
駒形橋、両国橋、永代橋、いくらでもあらァな。
若旦那:ああ、駒形に両国に、永代ね…。
みんな飽きちゃったんだよ。
熊五郎:いやもうやってたんかィ!
そうやって夜な夜な出歩いて、擬宝珠を舐め歩きしちゃってたっ
て事なのか!?
【ぼそりと】
…まるで妖怪だね。
垢舐めならぬ「擬宝珠なめ」だよ。
え、じゃあ、どこがいいってんだい?
若旦那:…金竜山浅草寺だよ。
浅草の観音様の境内に五重塔があるだろう?
あのてっぺんの擬宝珠が、舐めたいィ…舐ァめたいんだァ…!
熊五郎:う、うわァ…。
若旦那:でもまさか夜夜中だからって、いくらなんでもあの五重塔の
てっぺんの屋根の上に上がってべろべろべろべろ舐めまわすわけ
にはいかないじゃないかそんな事はできゃしないィ…。
熊五郎:【つぶやく】
お、おぅ…わりと良識のある妖怪だった…ってそうじゃねえ!
まま、とりあえず落ち着いて、ちょっと待っていてくんねェ!
…。
あぁ驚いた!
ガキの頃からの古い付き合いだってのに、全然知らなかったよ!
え、なに、マジで妖怪だったりする!?
妖怪「擬宝珠なめ」なの!?
親戚に垢舐めとかいたりする!?
…俺、友達止めようかなァ…。
っていやいや、そんなの薄情だよな。
けど、これ聞いたら大旦那びっくりするんだろうな…。
弱っちゃったなァ…でも言わねえわけにはいかねえや…。
んんッ。
大旦那、行ってきやした。
大旦那:おお熊さんか!
それで、倅はなんて言ってたんだい?
熊五郎:いやァ……その……。
んんッ。
大旦那…こんなこと言うのもなんですけどね、
死なしちゃえばいいですよ、うん。
大旦那:それじゃ行かせた意味がないじゃないか!
いったい何が原因で患っているんだい?
熊五郎:~~…え~…大旦那、よく聞いて下さいね。
あのね、ほかじゃあねえんです。
これ、ふざけて言うんじゃないんですからね?
大旦那:わかったよ、で、なんだい?
熊五郎:いいですか?あのですね、若旦那はね…
【何を言ってるのかわからない言い方で】
擬宝珠が舐めたいんで。
大旦那:え…倅は潮干狩りに行きたい…?
熊五郎:…耳の構造は俺と同じですね…。
いや、そうじゃねえんです。
あのね、これ決してふざけてるんじゃないんですよ?
擬宝珠が舐めたいんだそうで。
擬宝珠ってのはほら、あれ、橋の欄干とか寺の屋根のてっぺんと
かにあったりする、あの丸くて先がとんがってる。
あれが舐めたくって患ってるってんですよ。
大旦那:…なんだい熊さん、倅は擬宝珠が舐めたいって、そう言ったのか
い?
熊五郎:ええ、なんでも昔っから実は金物舐めが好きだったんだそうで。
あっしも今の今まで知りませんでしたよ。
大旦那:…あいつはそうだったのか…。
金物舐めが好きで、擬宝珠が舐めたいって、そう言ってるのかい
…!?
…親子だなァ…うんうん。
熊五郎:!!??ええッッ!?
ど、どどどどういうことですか!?
大旦那:熊さん、お前さんにゃ分からないかもしれないが、世の中には
金物を舐めるのが好きな人間ってのがあるもんなんだ。
あたしも昔からそうだったんだよ。
熊五郎:【つぶやく】
う、うわァ…妖怪「擬宝珠舐め」がもう一人いたよ…。
大旦那:しかしそんな事を世間に言ったって誰も信用しちゃくれないと
思ったから秘めておいたんだがね。
いや、それだったらもっと早くから倅に言っておきゃ良かったよ
。血だな嬉しいなァ。
いま決めた、店は確実に倅に継がせるよ。
熊五郎:ええええ!?
あ、そ、そうすか…。
あっ、おかみさん!あの、びっくりしちゃいけませんよ。
あの、大旦那と若旦那は、かくかくしかじかでそういうのが好き
なんだそうですよ!
大旦那:ははは、うちの女房はそんな事じゃ驚きゃしないよ。
なんせ、女房とはそれが縁で結ばれたんだからね。
熊五郎:えええええ!?
おかみさんもですかァァァ!?
【つぶやく】
親子そろって妖怪一家だったよ…!
もう店の名前「擬宝珠屋」にでもした方がいいんじゃねえか…?
大旦那:そうなんだ。
若い頃は二人であちこち舐めに行ったもんだよ。
女房は駒形橋の擬宝珠が好きでね、どじょうの味がするそうだ。
熊五郎:えっどっどっどじょうゥ!?
【つぶやく】
や、やべえ、なんだか目まいしてきたぞ……。
大旦那:京に遊びに行った時は、三条大橋の擬宝珠を味わったんだけどね
、八ツ橋の味がしたよ。
さすがは京だね。ハイカラな味がしたよ。
熊五郎:【つぶやく】
わ、わかんねえ…ぜんっぜん、これっぱかりも理解できねえ世界
だ…!
大旦那:それで熊さん、倅はどこの擬宝珠を舐めたがっているんだい?
熊五郎:若旦那がいま舐めたがってるのはね、金竜山浅草寺の五重塔、
あのてっぺんの擬宝珠ですよ。
それ舐めさせりゃ、すぐに治りやすよ。
大旦那:そうか!倅はあすこに目を付けたか…!
あたしと女房の長年の夢だったんだ。
どんな味がするんだか、ぜひ舐めてきてもらいたいもんだよ。
いやぁそうかそうか…まあでも、あすこのは本当は擬宝珠じゃなく
て宝珠なんだ。
橋の欄干のとかは、それを擬してるから”擬”宝珠て言うんだが
、まあまあ、たいしてそんなに違いはない。
よし、さっそくにも手を打とうじゃないか!
熊五郎:へいっ、お願いしやす!
語り:かくして若旦那・徳兵衛が患うほど悩んでいたのは、
金竜山浅草寺が五重塔のてっぺんの擬宝珠…もとい、宝珠を
ヴェロヴェロ舐めまわしたい、けどいくらなんでもそれはできない
、という心の葛藤がなせる病であったのでございます。
…まあそのついでにいろいろ発覚して、しかもそれが若旦那の気鬱
がどうでもよくなるくらい衝撃だった、というのはひとまずおいと
きましょう。
さっそく浅草寺へ事の次第を話してお願いをいたします。
人命が掛かっているのと、ふんだんにお布施をしましたので、
一も二もなく許しが出ます。
急いで足場を組みますってえと、大旦那と熊五郎、二人で若旦那を
左右から抱えて浅草寺の境内を五重塔へ向かいます。
大旦那:さあ倅や、もうすぐ夢がかなうぞ。
もっとしっかり地に足を付けて、きちんと歩くんだよ。
熊五郎:若旦那!徳ちゃん!もうすぐだ!
っしっかり、歩きなっ!
若旦那:…おとっつぁんも、熊ちゃんも、おためごかしを言っちゃいけね
え…。
五重塔の擬宝珠が舐められるわけない…。
大旦那:倅や、教えてやろう。
あすこのは宝珠ってんだよ。
それを擬してあるから、橋の欄干とかの方は擬宝珠ってんだよ。
若旦那:【子供が駄々をこねるように】
ッ擬ィ宝ォ珠ィィィッ!!!
大旦那:あぁはいはい擬宝珠だな、うん擬宝珠だ。
擬宝珠には違いないなア、擬宝珠だなァうん。
あ、おとっつぁん分かったぞ。
お前は本当は五重塔のてっぺんの擬宝珠が舐めたいんだろどうだ
?
若旦那:ッッそれはァ、図星ィィッッ!
大旦那:っ分かった分かった。
こんな事でも言ってないとな、歩くのが辛いだろうからな。
熊五郎:っさ、若旦那、顔を上げてくんねェ。
足場が組んであるだろ?
寺の方から許しをもらってやったんだ。
大旦那:舐める件も話してある。
さ、行って舐めておいで。
若旦那:…あたしを喜ばそうとしたって、そんな事あるわけがない…!
足場なんか組んであるわけがない…!
ゥゥ~~~~ッッッ………。
【ゆっくり顔を上げて目を開く】
ぁ……ぁ……ッ!
擬宝ォ!!
熊五郎:な、何でェギボってな!?
って、ああ!?
大旦那:か、駆け出したよ!
えらい勢いだ…!
熊五郎:大旦那、若旦那にあんな力が残ってたんですね…!
っておお!?
大旦那:ひょいひょいひょいひょい登っていくよ…!
まるで猿のような動きだ…!
熊五郎:あっ、てっぺんに掴まりやしたよ!
大旦那:おぉ…ついに、ついに倅が……舐めるよ…!!
若旦那:【夢中で舐めまわしている】
フンムムムムムッッッ!!!
大旦那:いったッ!宝珠にむしゃぶりついて、一心不乱に舐めまわしてい
るッ!
【つぶやく】
…いいなァ…。
熊五郎:【つぶやく】
…。
聞かなかったことにしよ。
…地獄絵図だ…こんな恐ろしいの見たことねえよ
。
つうかやっぱり妖怪「擬宝珠なめ」だよありゃ…。
若旦那:【夢中で舐めまわしている】
ふはーッ、ふはーッ…!
……ふう…。
大旦那:おお、満足したんだな、降りてきたよ…!
熊五郎:足取りもしっかりしてやすね。
血色もいいや。
若旦那、どうでした!?
若旦那:【今までのと違って正気に戻ったような感じ】
いやあ熊さん、ありがとう。
元気になったよ。
熊五郎:いやあよかった!
おとっつぁんのおかげだよ。よくお礼しなくちゃいけねえよ。
若旦那:ほんとだね。
おとっつぁん、おっかさん、ありがとうございました。
夢がかなっておかげをもちまして元気になりました。
大旦那:ああ!よかったなあ倅や!
元気になって戻ってきて、また、親の夢も叶えてくれたよ。
倅や、あすこの宝珠…もとい、擬宝珠は私らも舐めたかったんだ
がな、どんな味がしたんだい?
若旦那:そうですね、たくあんの味がいたしました。
大旦那:へえぇこれは驚いたね。たくあんの味か!
そうかそうか、で、塩加減は?
五合ばかりかい?それとも一升の味かい?
若旦那:いえ、もう少し塩辛うございました。
大旦那:もう少しというと、三升の塩かい?それとも五升の塩かい?
若旦那:いいえ、六升(緑青)の味がいたしました。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
柳家喬太郎
※用語解説
・崇徳院
「擬宝珠」「千両みかん」「紺屋高尾」の類話で、出だしが同じ内容の
落語演目。
・駒形橋
1927年(昭和2年)に竣工した隅田川にかかる東京都道463号上野
月島線(浅草通り)の橋。西岸は台東区雷門二丁目、および駒形二丁目を
分かち、東岸は墨田区東駒形一丁目と吾妻橋一丁目を分かつ。橋名は橋の
西詰にある「駒形堂」に因む。
・両国橋
隅田川にかかる橋で、国道14号(靖国通り・京葉道路)を通す。
西岸の東京都中央区東日本橋二丁目と東岸の墨田区両国一丁目を結ぶ。
橋のすぐ近くには神田川と隅田川の合流点がある。
1686年(貞享3年)に国境が変更されるまでは武蔵国下総国の国境に
あったことから、両国橋と呼ばれる。
・永代橋
隅田川にかかる橋。
東京都道・千葉県道10号東京浦安線(永代通り)を通す。
西岸は中央区新川一丁目、東岸は江東区佐賀一丁目及び同区永代一丁目
。下流側には東京メトロ東西線が通る。日の入りから21時まで青白くライ
トアップされる。国の重要文化財。
・金竜山浅草寺
東京都台東区浅草二丁目にある都内最古の寺で、正式には金龍山浅草寺
と号する。聖観世音菩薩を本尊とすることから、浅草観音として
知られている。山号は金龍山。
元は天台宗に属していたが、昭和25年(1950年)に独立して
聖観音宗の本山となった。都内では坂東三十三観音唯一の札所(第13番
)、また江戸三十三観音札所の第1番でもある。
・三条大橋
京都市にある三条通の橋。一級河川の鴨川に架かっている。
最初に橋が架けられた時期は室町時代といわれている。天正17年
(1589年)、豊臣秀吉の命により五条大橋と共に増田長盛を奉行と
して石柱の橋に改修された。
江戸時代には五街道のひとつ東海道五十三次の西の起点となる。
そのため幕府直轄の公儀橋に位置付けられた。その後、元禄、明治、
大正の各時代に橋の架け替えが行われた。
・おためごかし
人のためにするように見せて実は自分の利益を図ること。
・一升
1.8リットル。
・緑青
銅や銅合金が空気中の水分や塩分と反応してできる青緑色のサビで、
塩基性炭酸銅などを主成分とする化合物。