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惨めな晩餐会

エレーヌの部屋からはきれいに手入れされた庭園を見ることができた。庭園の向こうには川があり、馬車が橋を往来しているのが見える。川の向こうには建物がひしめき合っており、大聖堂がそびえたつ。


その景色を見るのは単調なエレーヌの生活の中でささやかな楽しみだった。


ゲルハルトなのか、ハンナの兄なのかよくわからないが、贈り物は毎日続いていた。花やお菓子であることが多かったが、あるときは筒のようなものが贈られた。


最初は何かわからずほったらかしにしていたが、本の挿絵を思い出した。


(もしかして、望遠鏡? 王様がこれで外を見ていたわ)


エレーヌは筒を通して、外を眺めてみた。やはり、それは望遠鏡だった。川の向こうでひしめき合っている建物は、市場だとわかった。


目線を下ろすと、庭を手入れする職人や、渡り廊下を行き交う侍女の表情まで見えた。


(まあ、海! あれはきっと海だわ!)


遠景に海をとらえて、エレーヌは興奮した。船も見える。


(面白いわ!)


贈り物のおかげでエレーヌの寂しい暮らしは少しだけ豊かになった。


しかし、肝心の「ラクア語の教師」も「本」も与えられることはなかった。


ゲルハルトは、悪意をもってエレーヌを部屋の中に一人で閉じ込めているのかもしれなかった。


(私を見るのもいやなのかしら……)


そう思うと、申し訳なさが湧いてくる。きっとこの結婚は迷惑なものでしかなかったのだ。しかし、エレーヌにはどうすることもできない。


***


そんなある日、望遠鏡で外を眺めていると、賊を乗せた数頭の馬がこちらに向かっているのに出くわした。


(まあ、大変だわ!)


しかし、その賊は立派な剣を腰に下げているのに気付いて、良く眺めると先頭にいるのはゲルハルトだった。従えているのは側近らしく、側近らも剣を下げているが、ゲルハルト同様、髭で半裸で、ボサボサの髪だった。


ゲルハルトは側近を引き連れてすごい勢いでこちらに向かっている。王宮に着くと馬を飛び降りた。


建物の中に入って姿を見失ったが、間もなくして中庭に出てきた。側近を引き連れて移動するのですぐにわかった。


ゲルハルトの向かう先を追うと、お茶のテーブルがあった。


(あの格好でお茶?)


訝しんでテーブルの周囲を見ると、貴婦人に令嬢が座っていた。貴婦人は黒目黒髪で、令嬢はピンクブロンドに水色の目だった。二人は、ゲルハルトを見て、顔をほころばせた。髭に半裸のゲルハルトを意に介することもなく、親しげに話しかけている。


ゲルハルトも打ち解けた顔つきで、テーブルに座った。


三人は楽しげにお茶をしていた。


エレーヌは急に孤独を感じて、覗き見るのをやめた。


***


その日、午後が過ぎた早い時間に、ハンナがやってきた。ハンナはいつも以上に腕によりをかけて髪をセットする。


(何かあるのかしら)


「エレーヌさま! ####、#####」


部屋にドレスが運ばれてきた。


「ゲルハルトさま、######」


それもゲルハルトからの贈り物だと言いたいらしい。


ハンナが広げるドレスを横目で見る。


紫色のそれは、いかにも手の込んだドレスだった。裾には細やかな刺繍が縫い込まれ、ところどころ真珠が縫い付けられている。


戸惑っているエレーヌの前に、ハンナはそれを広げた。


(今からこれを着るのね? こんなものもらってもいいのかしら)


気後れしながら袖を通すも、それはエレーヌをとても引き立てるように見えた。


肩で絞られた生地はゆったりとしたドレープを作りながら胸の前で交差し、腰を細く見せている。


エレーヌは、そのドレスによって、とても大人びて見えていた。


艶やかな金髪に紫色の目、バラ色の頬、豊かな胸に細い腰。


ここに来たばかりの頃の白い顔にやせっぽちの人形のようだったエレーヌは、一か月の間、日の当たる部屋でゆったりと過ごし、豪勢な食事を与えられて、肉付きが良くなっていた。そして、すっかり大人の女性へと変貌を遂げたようだった。


(何だか、私じゃないみたい)


「エレーヌさま! キレイ!」


ハンナは興奮気味にもう一度エレーヌを鏡台の前に座らせた。


ドレスを着たエレーヌを見て、髪型を変える気になったらしい。


髪はサイドは上げて後ろは垂らすスタイルだったものを、後ろもまとめて高く結いあげ直される。確かに、そちらの方がよく似合っていた。


それから、ハンナは、小箱を開けると、中から黒いネックレスとイヤリングを取り出した。仕上げとばかりに、エレーヌの首と耳につける。


ハンナは手を叩いて褒めてきた。


「エレーヌさま、キレイ!」


その装身具の黒は、ゲルハルトを思わせた。ゲルハルトの所有印をつけられているようで、エレーヌは居心地の悪さを感じるも、外すわけにはいかなかった。


着替え終えたところに、ディミーが現れた。


「息子さんは大丈夫?」


「ええ、いつも申し訳ありません」


「いいのよ、大変なのでしょう?」


ディミーの様子から、息子の状態が良くないことが察せられるために、エレーヌは何も言わなかった。


ディミー以外の通訳も付けてもらえるとありがたいのだが、ゲルハルトは贈り物以外では一向にエレーヌを気遣うつもりはないらしかった。


「今日は何かあるの?」


「晩餐会だそうです」


「行かなきゃだめかしら」


エレーヌはうまくこなせるか不安だった。何しろ、敵陣に一人。エレーヌはそんな心地でいる。


「エレーヌさまのお披露目会でございますから。大丈夫ですわ。皆さま温かく受け入れてくださるに違いありませんわ」


ディミーは励ますようにそう言ったが、エレーヌの不安は払拭されることはなかった。


そんなエレーヌを気遣ってディミーは言う。


「私もそばにおりますからご安心を」


ディミーもドレス姿だった。晩餐会ではそばについていてくれるらしい。エレーヌにとってはディミーだけが頼りだ。


ドアで物音がした。遠慮がちに部屋に入ってくるのは、ゲルハルトだった。


白いシャツに黒のズボンというシンプルないでたちだった。髭は剃り、髪も整えている。


髭に半裸のときは野蛮人か賊のようだったが、その格好では、優美な貴公子に見えた。


笑みを浮かべている。取り繕ったような笑みだ。


中庭で貴婦人と令嬢に見せた笑顔とはまるで違っていた。


(夫だけど他人……。私は愛されない妻……)


エレーヌは惨めさに押しつぶされそうになりながらも、毅然とゲルハルトの顔を見つめ返した。


ゲルハルトはエレーヌを見ると、目を細めて言ってきた。


「エレーヌ、キレイ、#####」


《きれい》との言葉を聞き取ってしまい、エレーヌの心臓が急にばくばくと音を立てはじめた。ゲルハルトはエレーヌに優しげな目を向けてきた。


(何でそんな目で見るの? 私を愛さないと言ったのに)


腹立ちと、どこか浮つく気持ちを同時に抱く。


『あなたに近寄っても?』


ディミーを介して会話をする。


(いや、と言えるわけがないわ)


「はい」


ゲルハルトはゆっくりとエレーヌに近づいてきた。ゲルハルトの手がエレーヌの前に差し出された。エレーヌは自分の手を乗せた。


『今日は仲の良い夫婦の《ふり》をしよう。みんながいるからね』


ゲルハルトはゆったりと笑みを浮かべて言ってきた。それはそれは優しげな光をその目に湛えながら。



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