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王都帰還

シュタイン城は、エレーヌのための離宮とされ、《スミレ宮》と名を変えた。


ゲルハルトとの再会の翌日、ハンナとも再会した。ハンナはエレーヌの部屋に入るなり、エレーヌに向けて転がるように駆けてきた。


「エレーヌさま!」


「ハンナ!」


ハンナは両目からぽろぽろと涙を流している。勢いよくエレーヌに抱き着こうとして、直前で止まった。赤ん坊を気遣ってのことだ。


二人はゆっくりと、しかし、しっかりと抱き合った。


エレーヌも涙で顔をぐちゃぐちゃにしている。


「ハ、ハンナ、ごめんね、わたし、黙って出てきちゃって」


「い、いいえ、ご無事で何よりです。エ、エレーヌさま、ラクア語、すごくお上手になって」


「あなたとも不自由なく喋れるわ」


「はい!」


ハンナの後ろから、アレクスがおずおずと顔を出してきた。それまで、エレーヌには姿を見せなかったが、縁の下の力持ちとして、エレーヌのシュタイン城での生活を支えてきた。


しかし、これからは心置きなくエレーヌの前に顔を出せる。


「兄ったら、エレーヌさまが無事でいるってことを知っているのに、私にまったく教えてくれなかったんですよ」


「あなたがずっと私を守ってくださったのね。私はゲルハルトさまに守られてきた」


エレーヌは背後のゲルハルトを見た。二人は視線を絡ませ合う。


エレーヌは守られていたことを驚き、そして、感謝の念が湧いてはいるものの、しかし、同時に、少々、自分を情けなくも感じた。自分の力で道を切り開いてきたと思っていたところもあったからである。


ゲルハルトがエレーヌの心境を読み取ったのか、言ってきた。


「今、ここにエレーヌがいるのは、エレーヌが勇気を出したからだ。林に逃げ込んで、それからシュタイン夫人を助けたからだ」


ゲルハルトは目尻の下がり切った目でエレーヌを見つめている。


「あのときのエレーヌさまは勇敢でした」


アレクスもまたエレーヌを励ますような目で見てきた。


あのとき、エレーヌが馬車から逃げなければ、山賊としてエレーヌを連れ去り、林に置き去りにしたところでシュタイン夫人に助けられる、というシナリオになっていた。


しかし、それではエレーヌはもっと恐怖を味わっただろう。エレーヌの勇気が自らを救ったことは確かだった。


エレーヌには、裏で何が起きていたのか、アレクスの台詞から想像がつくような気がした。


あのとき、エレーヌは気づかなかったが、おそらく、そこかしこの茂みに兵士が隠れていたのだ。そして、ずっと見守られていたのだ。


それを思えば、恥ずかしくなり、拗ねたいような気持ちにもなったが、そのお陰で今があるのだから、エレーヌには感謝するしかない。


その日、ハンナはエレーヌの侍女として、シュタイン城に加わった。


***


ゲルハルトはスミレ宮に入り浸るようになった。


そもそも国王は有事以外、いてもいなくてもいいような態勢に整えている。要は優秀な廷臣らに任せている。


ゲルハルトが王宮を空けるのはいつものことだったので、廷臣らは何ら気にも留めなかった。


エレーヌのことはまだ、極秘事項だった。エレーヌを加害しようとしたヴァロア公爵の狙いの全容を掴むまでは、まだ、エレーヌの居場所を誰にも知られるわけにはいかなかった。


ゲルハルトはエレーヌを少しでも危険にさらしたくはなかった。


***


エレーヌの出産の日が近づいてきた。


エレーヌは次第に落ち着いていく一方で、ゲルハルトはそわそわし始めた。


「どうしよう、アレクス」


ゲルハルトは深刻な顔をアレクスに向けてきた。


(エレーヌさまに何かあったのか)


そう心配するアレクスに、ゲルハルトは思いつめた顔をした。


「エレーヌが痛い思いをするのが可哀相だ。どうすればいいのだ、俺は不安だ、エレーヌに痛い思いをさせるなら、俺が代わりに産みたいくらいだ」


「は、はあ。そっすね」


そのあともくどくどと、どれだけエレーヌが心配かを言ってきた。いい加減、アレクスもゲルハルトのお守に飽きてくるが、エレーヌが出奔したときの、ゲルハルトの落ち込んだ姿を見るよりはずっといい。


さて、エレーヌは、無事出産を迎えた。冬将軍を迎える季節だった。


翌春、王宮に、国王夫妻が戻ってきた。晴れやかにも麗しい姿が再び見られるようになった。二人は、愛し合っているのがひと目でわかるほど、仲睦まじかった。王妃の腕には、これまた麗しい男児が抱えられていた。


王宮に再び明るさが戻った。


カトリーナは、エレーヌに厳しくなってしまう不安など吹き飛び、「まあ! まあ! 赤ちゃんまで一緒に!」とエレーヌの帰還を喜び、マリーは娘に同い年の従弟ができたことを喜んだ。


ミレイユはエレーヌの無事に安堵するも、幸せそうな二人を見ると、やはり心がざわめくのを覚えたが、それにはいつしか慣れるのを待つほかなかった。




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