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庇護者との奇貨なる出会い

その日、エレーヌは九死に一生を得ていた。


***


馬車の中、エレーヌは毅然と胸を張って、目を閉じていた。


しかし、護衛騎士が入ってくる前に、急に外が騒がしくなった。


怒声に剣のぶつかり合うような金属音が聞こえてくる。


目を開けて窓の外を見れば、護衛騎士らが戦っているのが見えた。相手は野卑な男たちだった。山賊に違いなかった。


貴族の馬車が山賊に襲われる場面は本で読んだことがあった。やはり本当に襲われるんだ、と、うまく働かない頭で思った。


どちらにせよ、エレーヌには窮地であることに違いなかった。むしろ状況は悪化したように思えた。


山賊に無体にされるならば、護衛騎士の剣で一気に殺される方がまだマシだ。


護衛騎士は応戦しているが、山賊は手ごわそうだった。乱闘が続く。


恐ろしい光景を諦めた気持ちで見ていたが、そのとき、馬車は取り残されていることに気づいた。


護衛騎士も山賊も、馬車を見向きもせずに戦っていた。


(今のうちに逃げ出すのよ)


それからのエレーヌは素早かった。エレーヌは物慣れないだけで、臆病では決してない。


エレーヌは薄くドアを開けた。


音を立てずに馬車から降りてそろりそろりとその場を離れる。そして、林に入った。


エレーヌは、護衛騎士にも山賊にも気づかれることなく林に姿を隠すことができた。


それから、必死に走った。方向もわからない林で、けもの道に導かれるようにして走った。


しばらく走って、足を止めた。もう息が持たなかった。茂みに隠れてじっとするも、追手はない。


エレーヌは枯れ葉に膝をつき、それから両手も着いた。ぶるぶると全身が震えていた。


そのうち、山賊らが勝利の叫びを上げながら遠ざかっていく声が聞こえてきた。


(あの護衛騎士らは殺されたのかしら)


エレーヌの荷物に大したものはないが、山賊にとっては馬に護衛騎士の剣だけでも十分な戦利品なのだろう。


とりあえずは助かったようだ。


木立には柔らかく木漏れ日が差し込んでおり、湿り気のある空気は爽やかだ。


エレーヌは、ほどなくして、気持ちが落ち着いてきた。


せせらぎの音にそちらに向かえば、沢があった。苔むした岩に膝をついて、シダを掻き分けて、沢に手を入れた。


両手で水をすくって飲んだ。喉の渇きが治まると、周囲を見回した。


(ここから先、どうすればいいの)


エレーヌはその身一つだ。けものに襲われればひとたまりもない。


(とりあえず、民家か山小屋でも探さなきゃ)


少し歩いたところで、馬が見えた。鞍の乗った馬である。


エレーヌは木の陰に隠れた。そっと様子をうかがうと、女の人が木にもたれていた。貴婦人のようだった。


貴婦人から、ため息が聞こえてきた。


「はあ……」


そのうち、貴婦人はつらそうに両膝に両手をついた。そして、よろよろとよろめいて倒れそうになった。


エレーヌは飛び出して、女の人を支えた。


「大丈夫ですか?」


貴婦人を支えながら落ち葉に座らせる。


「夫と乗馬に出たのだけれど、はぐれてしまったの」


山賊の出るような場所で乗馬をし、しかも、はぐれるとは、いかにも迂闊な夫妻だが、エレーヌはその怪しさに気が付かなかった。


貴婦人は空の筒を振って、つらそうに言う。


「その上、飲み物がなくなってしまって喉が渇いてたまらないの」


「水なら持ってきますわ」


エレーヌは先ほどの沢まで戻り、貴婦人の持っていた筒に、水を汲んできた。


貴婦人は筒を奪うように手にすると、ごくごくと飲んだ。すっかり空になったので、もう一度沢に水を汲みに行った。


貴婦人のところまで戻ると、馬が一頭増えており、貴婦人の傍らには紳士がいた。貴婦人への気の遣い方からして、夫らしい。


貴婦人は元気を取り戻しているようだった。


貴婦人はエレーヌを見るなり、礼を言ってきた。


「ありがとう、あなたは命の恩人よ! わたし、あなたがいなければ、死んでしまうところだったわ。喉が渇いてめまいがしてたんですもの」


紳士もエレーヌに大げさな素振りで言ってきた。


「ありがとう。######、####、ありがとう」


紳士はラクア語だった。そのときになって、貴婦人とブルガン語で話していたことに気づいた。


貴婦人は、ブルガン語で言ってきた。


「主人が、恩に着ると言っているわ」


「あの、どうして、ブルガン語を」


エレーヌの問いに貴婦人は答える。


「母がブルガン出身だったのよ。それで、簡単な会話くらいはできるの。久しぶりにブルガン語を喋ったわ。あなたはひょっとしてブルガン人?」


エレーヌは色素が薄く、ブルガン人らしい外見をしている。


「はい」


エレーヌがそれ以上何も言わずにいれば、貴婦人も何も訊いてこなかった。


夫妻は、人柄がとても良さげに見えた。エレーヌよりも一回りほど上で、品があり、落ち着きもある。


エレーヌにとって、この二人との出会いは奇貨に違いなかった。


「あ、あの!」


勢い込んで言う。


「私を働かせてくれませんか! 私、針仕事ができるんです。刺繍は、これでも得意なんです。私を一緒に連れて行ってくれませんか」


貴婦人は目を輝かせた。


「まあ、喜んで!」


そういう経緯で、エレーヌはシュタイン伯爵夫妻とともに、シュタイン城へ向かうことになった。


こうして、エレーヌは、みずからの庇護者を得ることになった。

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