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ハンナの涙

主のいなくなった部屋を、ハンナは寂しさを募らせながら掃除をしていた。


(エレーヌさま、どうしていなくなってしまったの?)


ゲルハルトとエレーヌの仲睦まじい姿を思い出しては、ハンナの目に涙が浮かんだ。


エレーヌと心通わせてより、蛮族じみたゲルハルトはいなくなり、美しく凛々しい国王と、美しく可憐な王妃が、王宮のそこかしこで仲むつまじく過ごしているのが見られるようになった。


二人は初々しく、ときに神々しく、二人のいる空間は、それはそれはまぶしくて、王宮にきらきらと光がさしたようだった。


二人が部屋から出てきたときには、使用人は誰もがその姿をひとめ見ようと浮足立った。侍従も侍女も手を止めて二人を眺めてはうっとりとため息をついた。


侍従長は「あのゲルハルトさまがまるで国王のようになられて」とハンカチが絞れるほどに涙を流し、乳母は両手を合わせて「エレーヌさま、ありがたやありがたや」と拝むありさまだった。


ハンナも、仲睦まじい二人を眺めてはため息をつき、エプロンの裾で涙をぬぐっていた一人だ。


ハンナはチェストにあったエレーヌの施した刺繍のハンカチを手に取った。


ブラックベリーが刺繍されたそれは、ゲルハルトのために作ったものに違いなかった。


縫い目は細やかで、エレーヌのゲルハルトへの想いの深さが表れているようだった。


ハンナにはエレーヌがゲルハルトを愛していながらも、どこか苦悩していることには気づいていていた。何か《しこり》があるとはわかっていたが、二人の愛の深さにいずれしこりは消えるだろうと思っていた。


そして、真正面から愛し合う二人を見られる日はすぐに来ると思っていた。


しかし、それももう叶わぬことになってしまったのだろうか。


(エレーヌさま、お体は大丈夫かしら)


ハンナにはひときわエレーヌの体を心配するだけの理由があった。


エレーヌの月のものは遅れていた。それに、吐いたこともその兆候であるようにも思えた。妊娠のごく初期に悪阻のような症状が出ることもあると、医師もその可能性を匂わせていた。


ゲルハルトには伝え損ねたままだが、ハンナにはもう伝えることはできなくなった。


王宮ではエレーヌのことは一切、口に乗せてはいけないことになっている。


ゲルハルトはエレーヌにまつわる全てがなかったことのように、過ごしている。エレーヌの部屋を訪れることも一切ない。


(ゲルハルトさまは冷たい人だったのかしら……)


ゲルハルトはエレーヌを探すこともなかった。緘口令を敷いているために隠密に捜索しているのかもしれなかったが、ゲルハルトは、エレーヌを吹っ切ったようにも見えた。


ハンナにはエレーヌの失踪の詳細を教えられることはなかったが、エレーヌが誘拐などではなく、自発的に出て行ったことを知っていた。


失踪後に部屋を改めると、エレーヌの鞄と身の回りのものがなくなっていたからだ。


自分から出て行ったために、ゲルハルトのエレーヌへの想いも冷めてしまったのかもしれなかった。


ゲルハルトの生活は結婚前に戻り、側近らを引き連れては、海に出たり、山野に出たり、再び自由を謳歌している。


公式の場に一切出てこなくなったエレーヌについて、貴族らは、ゲルハルトが傲慢な王女を遠くの別宮にでも遠ざけたと噂を始めたが、ゲルハルトはそれを肯定も否定もしないでいる。


(ゲルハルトさまは、もうエレーヌさまのことを忘れてしまったの……?)


ハンナは涙が込み上げてきて、すすり泣いた。


(エレーヌさま、今ごろ、どこで何をなさっているの? いずこにいようと、どうかご無事でいてくださいませ……)



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