ディミーの思惑
ディミーは巧妙に事を成し遂げた。
ディミーは最初から二人を裏切っていた。
初夜では、エレーヌにはゲルハルトには愛する人がいるように、ゲルハルトにはエレーヌが怯えてゲルハルトから逃げたように、嘘の通訳で二人を行き違わせた。
ゲルハルトは「ほかに愛する人がいる」などとは言っておらず、エレーヌを気遣うことしか言わなかった。しかし、ディミーの出まかせを信じ込んだエレーヌは、寝台から逃げ、それをゲルハルトを怖がって逃げたと、まんまとゲルハルトに思いこませた。
初夜の行き違いはのちのちまでとてもうまく働いた。
ほぼ初対面の状態で言われた言葉だ。最初に植え付けられたものは強く残る。
そして、ディミーは、エレーヌが人嫌いで、誰とも会いたがらないことに仕立て上げた。
エレーヌがラクア語を習いたいと言ってきたときには、もちろん握りつぶした。
晩餐会でも、エレーヌにまつわるすべてを悪意的な言葉に変えた。
ゲルハルトがエレーヌの美しさを褒め称えても、『今日は仲の良い夫婦の《ふり》をしよう。みんながいるからね』と言い換えた。
ハンナはゲルハルトの言葉をうっとりと聞いていたが、まさか、ディミーによってそんな操作がなされていたとは思いも寄らなかっただろう。
晩餐会で、決定的にエレーヌは嫌われるはずだった。ディミーは、エレーヌを傲慢な王女に仕立て上げた。
エレーヌは、ゲルハルトにもカトリーナにも貴族らにも見向きもされず、王宮の奥でひっそりと忘れられた存在となるはずだった。
そこでディミーは役目を終えるはずだった。
しかし、そうはいかなかった。
晩餐会の翌朝、ディミーがエレーヌの部屋に入ったとき、ゲルハルトとエレーヌは仲良く食事をし、ハンナまで混じって笑い声をあげていた。
カトリーナを含む、ほとんどの貴族がエレーヌに愛想を尽かしたはずだったが、ゲルハルトだけは違っていた。
(ゲルハルトさまには、小手先の技が通じないのだわ)
ディミーはゲルハルトに底知れぬものを感じたが、手をこまねいているわけにもいかず、何とか二人の仲を裂こうとするも、結局かなわず、二人はすぐに愛し合うようになってしまった。
(このままではいけないわ)
エレーヌの知らないところで、太后カトリーナを招いた。エレーヌに打撃を与えようとすれば、目論見はうまくいき、エレーヌはゲルハルトが「責務」でエレーヌを愛するようになったと思い込んだ。
エレーヌは憂い顔を見せるようになり、ゲルハルトを愛しているがゆえに苦しんでいるのが手に取るようにわかった。
マリーの訪問では、エレーヌがラクア語を理解するようになってきたので、マリーの言葉を少しずつ変えて、エレーヌには無神経なものに聞こえるようにした。
そして、事はうまく運び、マリーがゲルハルトの「愛する人」で、ゲルハルトの子を妊娠していると思い込んだ。
マリーを《幼馴染み》だと紹介したのが布石となって良く効いた。
そして、ついに、エレーヌは王宮を出たいと言い出した。
ディミーはゲルハルトにもエレーヌにも恨みはない。
だが、愛する二人の仲を裂くのは少々、いや、随分と、小気味よかった。
人の心をもてあそび、翻弄するのは快感ですらあった。
確かに、ゲルハルトはあふれんばかりの愛情をエレーヌに示していたし、エレーヌも全身でゲルハルトを愛していた。
しかし、二人は引き裂かれた。
(これは運命。所詮、運命を捻じ曲げるほどの愛ではなかったということ。言葉ひとつで踊らされるその愚かさよ)
ディミーは胸のすくような笑みを浮かべていた。




