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夫のあふれんばかりの愛③

その夜、エレーヌはすべてをゲルハルトに明け渡した。


エレーヌは愛おしみのこもる目でゲルハルトを見つめてきた。その目には涙が浮かんでいた。ゲルハルトと同じ思いを抱いているに違いなかった。


ゲルハルトはエレーヌの身も心も手に入れたと信じて疑わなかった。


しかし、しばらくののち、エレーヌの心はゲルハルトの腕からすり抜けていた。


エレーヌの寝室を訪ねると、エレーヌは大粒の涙を目からこぼしてゲルハルトを見つめてきた。


(初夜に戻ったみたいだ)


ゲルハルトは愕然とその涙を見つめた。


その午後、太后カトリーナの訪問があったと知って、カトリーナにもディミーにもハンナにも話を聞いたが、カトリーナはひどいことを言ったわけでも何かしたわけでもなかった。


(エレーヌ、どうしてだ。胸に抱きしめても、あなたの心がどこか遠くにあるように感じてしまう)


ゲルハルトはエレーヌを腕に閉じ込めているにもかかわらず、その心が腕からすり抜けているように感じてならなかった。


(まだ、ブルガンを恋しがっているのか)


マリーが王宮に戻ったために、挨拶がてら伺い、マリーに話してみた。


「エレーヌには悩みがあるようなのだ」


「そうね、私もさっき挨拶をしてきたけど、心が晴れない顔つきだったわ」


「もう会ったのか? 勝手に会わないで欲しかった」


ゲルハルトは少し声を荒げた。


「まあ、過保護なのね。私が何かするとでも?」


「エレーヌには傷つきやすいところがある。次からは俺のいるところで会ってくれ」


「まあ、ゲルハルトったら、よっぽどあの子に首ったけなのね」


マリーは呆れたような声を出した。


「妻を大切にしろ、といったのはマリーだ」


マリーの部屋から戻れば、エレーヌはベッドに横になっているとのことだった。


顔色を変えるゲルハルトにハンナが言ってきた。


「さっき、ひどく吐いたんです」


「吐いた?」


「今は落ち着いています」


「医師には診せたのか?」


「はい、熱もなく、他に症状はないので、ストレスか、あるいは」


ハンナはそこで、顔を赤らめて口ごもった。ゲルハルトは心配のためにイライラしてきた。そのときにハンナの言葉の続きを待てば、違った結果だったかもしれなかったが、不運なことにそうはならなかった。


ゲルハルトは足早にエレーヌの元へ向かう。


ドアを開けるなりエレーヌがくるりと背を向けたので、エレーヌが起きていることがわかった。


「エレーヌ?」


声をかけても返事はない。覆いかぶさり顔を覗き込んで、ゲルハルトは息を飲んだ。


エレーヌは大粒の涙を流していた。


(エレーヌ、どこか具合が悪いのか?)


抱きしめると、身をよじって逃れようとした。


「いやっ」


ゲルハルトは少なからずショックを受けていた。


エレーヌに拒否されたのは、初夜以来のことだった。


今度はエレーヌはゲルハルトの胸を両手で叩いてきた。怒っているか悲しんでいるように見えた。


ゲルハルトは、ただ、エレーヌを宥めるために抱きしめた。


ゲルハルトから逃れようともがくエレーヌがひどく憐れだった。


そのうち、エレーヌは、どこか諦めたように笑い、やがて泣きつかれたのか眠ってしまった。


エレーヌはしばらく眠ったのち、目を覚ました。


目を開けたエレーヌはどこかぼんやりとしていたが、ゲルハルトを見るなり、目に喜びを浮かべた。そして、笑いかけてきた。


(エレーヌ……!)


うっとりとした顔でゲルハルトを見てくるエレーヌをこの上ないほど愛おしく感じた。


(エレーヌ、俺はあなたに何でもしてあげたい)


「だいじょうぶ? いたい?」


そう訊けばエレーヌは謝ってきた。


「ごめんなさい、ゲルハルトさま」


(どうして、謝る?)


ゲルハルトの胸は痛くなった。


謝りながらもエレーヌはゲルハルトに唇を寄せてきた。


情を交わせば、受け入れられているように感じた。


(エレーヌ、あなたも俺を受け入れているはずだ)


だが、泣いて逃げたエレーヌを思い出せば、苦しみがもたげる。エレーヌはゲルハルトを拒めない立場にある。王宮で生きるためにはゲルハルトにすがるしかない。


そして、エレーヌが口にしたのは、冷たい言葉だった。


エレーヌはわざわざ帝国語でそれを告げてきた。


「ゲルハルトさま、私はあなたが憎いの」


強張りながらも、ゲルハルトは声を絞り出した。


「エレーヌ、俺はあなたにどう思われようとあなたを愛している」


エレーヌは腕の中でビクッと体を揺らして、そして、言ってきた。


「私はあなたが憎いの……。あなたがどれだけ私を愛そうも、あなたを憎むことがやめられないの……。私が死んでもあなたが死んでもあなたが憎いの」


ゲルハルトはもうそれ以上、聞いていられなくなって、エレーヌの唇を塞いだ。


(あなたに憎まれようと、あなたは俺の妻だ)






エレーヌが王宮から消えたのは、その翌日のことだった。



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