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夫の愛人

マリーが帰ったあと、エレーヌは疲れ切ってソファに沈み込んだ。


マリーは何度も「ゲルハルト」と口にした。ゲルハルトとの仲がとても深いことを匂わせた。


――たとえ、愛人を作っても。


(マリーさまは、ゲルハルトさまに愛人がいることを知ってるんだわ)


ソファに座り込み立ち上がれないでいるエレーヌに、ハンナが声をかけてきた。


「マリーさま、######」


エレーヌの膝に乗った人形を、ハンナは手に取り、胸に抱いてあやすようにしている。いつもは好ましく感じるだけのハンナなのに、そのときは不快に感じた。


(ハンナまでマリーさまの味方なの?)


そう思ってエレーヌはマリーをまるで敵のように感じていることを自覚した。


(ハンナには悪気がないのに、私、恥ずかしいわ。私が一方的にマリーさまに反感を持っているだけなのに)


そう思ってみても、人形を抱いてあやす仕草をするハンナが、マリーのように見えてしようがなかった。


ハンナの隣で、ディミーが説明してきた。


「ラクアには言い伝えがあるそうですわ。赤ちゃんを身ごもった女性が作った人形をもらえば、もらった女性も身ごもることができる、と。そして無事の出産を祈願して、人形をあやすのですわ。マリーさまも、どなたかから抱き人形をもらったはずですわ。そして、お返しにエレーヌさまのために人形を作ったのでしょう」


(マリーさまは、私の妊娠を願っているの?)


ハンナがエレーヌに人形を渡してきた。人形は髪も目も黒色だった。


(ゲルハルトさまを模した人形だわ)


世間知らずで鈍感なエレーヌでも、いい加減、勘づくものがあった。


――ゲルハルトを返してね。


マリーはゲルハルトが自分のものであるような言い方をした。


エレーヌの胸がえづいた。


(マリーさまが、ゲルハルトさまの愛する人なのね………)


もう認めざるをを得なかった。妊娠している幼馴染みが王宮に引っ越してくる理由と言えばそれしかない。


「ハンナ、マリーさまは赤ちゃんを産むために王宮に来たのね………?」


ハンナは無邪気に答える。


「マリーさま、お子、#####」


エレーヌはところどころ聞き取る。


「赤ちゃんを王宮で育てるのよね」


「マリーさま、ゲルハルトさま、####、うれしい」


ハンナはやはり嬉しそうに答える。


訳されなくてもわかった。


ゲルハルトとともにマリーは王宮で子どもを育てるのだ。ゲルハルトもそれを嬉しく思っている。


(マリーさまのお子はゲルハルトさまのお子。マリーさまがゲルハルトさまの愛する人………)


初夜にゲルハルトに言われた冷たい言葉がエレーヌに襲い来る。


――俺はあなたを愛することはない


もう何度もよぎってはエレーヌを苛んできた言葉。


その言葉が立体化し、重量を増す。


今まで見えなかった「ゲルハルトの愛する人」の正体がわかった。それはとても可愛らしい令嬢で、エレーヌには太刀打ちできない女性だった。


(でも、でも………)


エレーヌは息が苦しくなった。頭の中ですがるものを探す。


ゲルハルトはエレーヌに愛情たっぷりに接してくれている。


(私だって、ゲルハルトさまに愛されているわ、そのはずよ。毎晩、私の部屋にやってきてくれるわ)


だが、それは妊婦に負担をかけないためのようにも思えてきた。


――今日だけはゲルハルトを返してね


(今は、ゲルハルトさまはマリーさまと過ごしているの? 王宮に上がったばかりのマリーさまのもとをゲルハルトさまは訪ねているの? マリーさまはそれを匂わして言ったの?)


「ハンナ、マリーさまの部屋を知ってる? 連れて行ってくれない?」


(行ってどうしようというの? まさか乗り込んで喚き散らすつもり?)


そんな惨めなことはしたくない。けれどもエレーヌは高ぶった気持ちを抑えられないでいる。


ハンナが首をかしげたままなので、ディミーに言った。


「ハンナに私をマリーさまのもとへ連れていくように言って」


ディミーはエレーヌに痛々し気な目を向けてきた。


「エレーヌさま、そんなことをしてもあなたがおつらいだけです」


ディミーもマリーがゲルハルトの愛人であることに気づいたのだろう。どことなく憐れみも浮かんでいる。


人形をあやすハンナにも、憐れみの目を向けてくるディミーにも、そして、わざわざエレーヌに宣戦布告のようなことをしにきたマリーにも、腹が立って抑えられなくなった。


何よりゲルハルトに腹が立つ。


(ひどい人......…。どうして優しくするの…………?)


「ハンナ、こっちに来て」


エレーヌはバルコニーに出た。


「マリーさまの部屋はどこ? 教えて」


ハンナはエレーヌの剣幕に驚きつつも、心配げな顔を向けてきた。何が言いたいのかわかったようで、部屋を指さした。


(私と同じ並びの、南向きの部屋なのね。バルコニーも広いわ)


エレーヌは望遠鏡を取ってきて、バルコニーの手すりを持って、その部屋を覗き込んだ。


開いたままの窓から、揺れるピンクブロンドが覗いていた。


(マリーさま、いたわ………!)


部屋を盗み見ることは良くないとわかりつつも、エレーヌは止めることができなかった。


どこかでマリーがただの幼馴染みであることにすがっていたエレーヌだったが、ピンクブロンドの背後に長身の黒髪が現われてエレーヌは息を飲んだ。


(ゲルハルトさま………!)


望遠鏡ではその表情までもが見える。


ゲルハルトは穏やかな顔つきをしている。


マリーは胸に赤ん坊を抱いていた。その赤ん坊はマリーの持っている抱き人形に違いなかったが、エレーヌには本物の赤ん坊を抱いているように見えた。


マリーはゲルハルトを見ると笑い、ゲルハルトも優しげな顔を向けてマリーにほほ笑んだ。


二人は、とても幸せそうに笑い合っていた。


(あれが本当の家族………!)


エレーヌは望遠鏡を手から取り落した。


(マリーさまがゲルハルトさまの本当の妻………!)


胃から酸っぱいものが込み上げてきた。


とどめようもなく吐き気が起きてきて、エレーヌは口を手で覆った。



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