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責務

エレーヌは寝室にこもっていた。


――みすぼらしく貧相な王女。


その言葉がエレーヌを苛み続けている。


その言葉を発端に、次から次へとゲルハルトの冷たい言葉が数珠つなぎに蘇ってきた。それらが、押し寄せる。


――あなたを愛することはない。


――俺には他に愛する人がいる。


――いずれ、離婚する。出て行ってほしい。


ゲルハルトは初夜にそんな冷たい言葉を投げつけてきた。晩餐会でも同じだった。


――あなたにはいずれ王宮を出て行ってもらうが、それまでは仲が良い《ふり》をしよう。


――悪く思わないで欲しい。俺の愛する人はあなたと違って、とても魅力的な人なのだから。


ゲルハルトへの愛情を感じている今、それらの言葉は、耳にしたときには思いも寄らなかった威力を持ってエレーヌの心を叩きのめす。


(ゲルハルトさまには愛する人がいた……)


しかし、王妃を迎えた以上、王妃との間に子をなさなければならない。


カトリーナはそれを言いに来たのだ。


国王にとって世継ぎを作るのは何よりも重要だ。


(ゲルハルトさまは国王としての義務を果たしていただけだった。そして、仲の良い《ふり》をしているに過ぎなかった……)


エレーヌは身をよじりながら、そこにたどり着いていた。


(ゲルハルトさまは、とても残酷な人。私に優しくすることがどれだけ残酷なことかも知りはしない。ゲルハルトさまは、そういう人)


――あの男は乱暴者で無神経で自分勝手だから、決して心を許しては駄目よ。


(ミレイユさまが忠告してくださったのに。わたしはもう身も心も許してしまったわ………)


エレーヌはベッドの上で声を殺して涙を流していた。


***


日が暮れて、ゲルハルトが寝室に入ってきた気配があった。


エレーヌは寝たふりを通すことにした。


ギシとベッドのきしむ音がした。


「エレーヌ」


ゲルハルトの情愛のこもる声が聞こえてきた。


エレーヌが食事も取らずにベッドに伏せたままであることをハンナから聞いたのか、エレーヌを心配するような声だった。


ゲルハルトに背を向けたエレーヌはたとえようもないほど惨めだった。


「エレーヌ?」


ゲルハルトが優しくエレーヌの背中を撫でてくる。


エレーヌを覗き込んできたゲルハルトの顔には何ら屈託はない。


(ゲルハルトさまはこういう人。悪びれもなく他人の心を傷つけられる人。なんて残酷な人なの……!)


エレーヌの目に涙が浮かんできた。頬を濡らす大粒の涙に、ゲルハルトは息を飲んでいる。


「エレーヌ……?」


ゲルハルトは、戸惑った顔をエレーヌに向けている。


「エレーヌ、イタイ? コワイ?」


ゲルハルトはエレーヌに困ったような顔を向けてきた。


困り果てた顔が、どことなく間が抜けており、その顔が愛おしい。


「エレーヌ」


エレーヌは首を横に振った。涙をこぼしながら、笑みを浮かべてみせた。


(いいえ、ゲルハルトさまは、ひどくはない。ゲルハルトさまはちゃんと最初から私に教えてくれていた。私を愛することはないと。他に愛する人がいると。ちゃんと告げてくれていた。すべては《ふり》だと。なのに、私は勘違いしてしまった。すっかり浮かれて舞い上がって、そして、愛してしまった……)


「怖くないし、痛くもないわ」


(悪いのはわたし。勝手に勘違いした私……)


「ゲルハルトさま……、好きです……、愛しています………」


エレーヌはゲルハルトの肩に額を擦り付けた。


「アイシテ……?」


「ええ、私はあなたを愛しています」


エレーヌは頬をゲルハルトの肩に擦り付けた。ゲルハルトはエレーヌを抱きしめると、囁いてきた。


「ワタシ、アイシテイル、エレーヌ……」


ゲルハルトはエレーヌの言葉を真似てそう言ってきた。しかし、その言葉は、エレーヌの耳を通り過ぎただけだった。


(優しくて、とても残酷な人……)


エレーヌの目からは涙があふれて止まらなかった。



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