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王都デート②

エレーヌの前に広げられたシャツもズボンも、ゲルハルトのものにしてはかなり小さかった。


ゲルハルトはそれらを確認すると、エレーヌにドレスを選ばせる素振りも見せず、店を出てしまった。


(な、なんだったの……? ドレスを買ってくれるわけではなかったのね。なによ、ゲルハルトさまのケチ!)


しかし、そのあと、大聖堂の前の泉を見に行ったり、王都を一望できる展望台に連れて行ってくれたりしたので、エレーヌにとっては楽しく満足のいく一日となった。


湯あみをしてしばらくすれば、居間の方で声がした。


(ゲルハルトさま、今夜も来たのね!)


エレーヌは思わず笑顔になったのち、慌てて、両頬を抑えた。


(私、どうして、ゲルハルトさまが来て、はしゃぎたい気持ちになるのかしら。今日、おいしいものをいっぱい食べさせてくれたからかしら。私ったら、食べ物に釣られすぎよ)


エレーヌは慌てて灯りを消して、ベッドにもぐりこんだ。シーツをかぶって寝たふりをする。


間もなくドアが開き、ゲルハルトが入ってきた気配がする。


「エレーヌ」


ゲルハルトの声が聞こえてきたが、エレーヌは寝たふりを通すことにした。


ギシッとベッドがきしみ、ゲルハルトがベッドに乗ってきた。


エレーヌはゲルハルトに背後から抱え込まれ、そして、優しく頭を撫でられるのを感じた。


「エレーヌ、スキ、タイセツ」


ゲルハルトのかすれ声が耳元で聞こえ、エレーヌは、ぶるっと心が震える。


やがて、背後のゲルハルトから寝息が聞こえてきた。


エレーヌは体を起こした。


窓から差し込む月明かりに、ゲルハルトの健やかな寝顔があった。


ゲルハルトのまっすぐに横に伸びた眉は、少し眉尻が垂れて、昼間の顔つきよりもどことなく間が抜けている。


エレーヌは眉を撫でた。


(やっぱり柔らかくて気持ちいいわ)


不意に、エレーヌは泣きたいような気持になった。


(のん気な寝顔ね)


エレーヌはその寝顔に涙がこぼれそうになって、慌てて目を閉じた。


どうして涙が出そうになったのか、そのときのエレーヌにはわからなかった。


しかし、その涙が苦しみや悲しみのために沸いたものではないことだけはわかった。


***


その日も、ゲルハルトはエレーヌを外に連れていくつもりのようだった。


「エレーヌ、キョウも、イク。ワタシ、エレーヌ、イッショ」


エレーヌが着せられたのは、昨日、商店で買ったシャツにズボンだった。それに、いつの間に用意されたのか、エレーヌにちょうどサイズの合うブーツが用意されていた。


(このシャツとズボンは、やっぱり私のためのものだったのね)


ハンナはエレーヌの金髪を後ろで一つ結びにした。そして、赤い木綿のリボンを結んだ。


鏡越しのエレーヌは、いつもは大人しそうに見えるのに、そんな格好だと、活発そうに見えた。


エレーヌを迎えにきたゲルハルトも、シャツにズボンにブーツを履いていた。


「エレーヌ、コッチ」


ゲルハルトに連れていかれるままに外に出れば、一頭の馬がいた。馬車につながれておらず、黒毛の艶々した立派な馬だった。


ゲルハルトが馬の首を撫でてやれば、馬は気持ちよさそうに頭を揺すった。


「エレーヌ、ブラックベリー」


(ブラックベリーというのは、この馬の名前ね?)


ゲルハルトはエレーヌの手を引いて、馬の首を撫でさせる。


エレーヌが撫でてやると、ブラックベリーは、フンンッ、と気持ちよさげに鼻を鳴らした。


(まあ、温かいわ。馬って体温が高いのね。思ったよりも柔らかい毛だわ。とても触り心地が良いわ。ゲルハルトさまの眉の次に触り心地が良い毛だわ)


エレーヌがブラックベリーを見つめると、ブラックベリーも見つめ返してきた。


(優しそうな目。ブラックベリーは、ゲルハルトさまに似ているわ)


ブラックベリーは黒毛で黒い目をしており、とても良い馬だということがエレーヌにもわかった。


ブラックベリーは、エレーヌに撫でられるままになっている。


「まあ、私、ブラックベリーが好きだわ」


エレーヌはブラックベリーの首に両手を回して、抱き着いた。ブラックベリーも首を揺すってエレーヌの頬に首を擦り付けてきた。


「ブラックベリー、良い子。あなた、とても良い子ね」


ゲルハルトはそんなエレーヌを背後で見守るように立っている。


「エレーヌ、ブラックベリー、ノル?」


「うん! 乗りたい!」


エレーヌの元気のよい声に、ゲルハルトはエレーヌを抱えると、馬に押し上げた。ゲルハルトもひらりと馬に飛び乗ってきた。


ブラックベリーがはしゃいだのか、前足を高く上げたために、馬に横乗りのエレーヌはゲルハルトにしがみついた。


「きゃあ!」


しかし、馬上の高さが気持ち良くて、エレーヌからは笑い声が漏れた。


「まあ! 楽しい! 気持ち良いわ!」


一つ馬に乗った国王と王妃を見守る人々。


そのなかにはハンナもおり、ハンナはエプロンの裾で何やら目を拭っている。


(ハ、ハンナったら、泣くことないでしょうに)


エレーヌは恥ずかしくなって、ゲルハルトにしがみついた腕を離した。そして、横乗りから、鞍をまたいで、前を向く。


ストンと、お尻が鞍に入り込み、位置が安定する。ズボンのために動きがスムーズだ。


(ゲルハルトさまは、乗馬のためにズボンを買ってくれたのね。それにブーツも)


エレーヌが前に向いたタイミングで、ゲルハルトはブラックベリーに足で合図を出して、ブラックベリーは歩き始めた。




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