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王都デート

エレーヌは目を開けたゲルハルトに、さっと体を反転させて背中を向けた。


指先には引き抜いたゲルハルトの眉毛が数本挟まっている。それらを、息で吹き飛ばす。


(しょ、証拠隠滅……!)


「エレーヌ?」


ゲルハルトが優しげな声で言ってきた。


(とりあえず、怒ってはいないようだわ)


エレーヌはおずおずと振り向いた。


エレーヌと目が合うなり、ゲルハルトは笑顔を浮かべた。


(笑ったわ………!)


ゲルハルトは満面の笑みをエレーヌに向けてくる。


(どうして私を見て、そんな嬉しそうな顔をするの?)


エレーヌは胸がギュッと絞られたような心地になった。


見つめ返すエレーヌを、ゲルハルトは引き寄せる。引き寄せてエレーヌの肩に頬ずりをする。


「エレーヌ、オハヨウ」


「ゲ、ゲルハルトさま、おはよう」


「エレーヌ、スキ、タイセツ」


エレーヌはゲルハルトの片言のブルガン語に腕の中で身を強張らせる。


(何でこんなことを言うのかしら。愛する人がいるくせに。どういう魂胆なの?)


ゲルハルトはエレーヌの頭にキスをしてきた。チュ、とわざとなのか、リップ音を立てる。


キスはそのまま、額、こめかみ、頬、と降りてきて、唇に近づいてきた。唇が触れあいそうになって、エレーヌは咄嗟に顔を背けた。


ゲルハルトは、ガクッと肩を落としたように見えたが、エレーヌは、顔を背けたままだった。


(そういうのは愛する人とすればいいでしょうに)


ゲルハルトは上半身を起こすとエレーヌに言ってきた。


「エレーヌ、キョウ、イッショ、ソト、イク?」


ゲルハルトのブルガン語は上達している。


(今日も、どこかに連れて行ってくれるの?)


エレーヌは飛び起きた。


「行く、行きたいわ!」


勢い込んで言ってしまい、恥ずかしくなる。


(でも、外って珍しいものばかりなんですもの。それに、追い出されたときのために、外の世界を知っておかなくちゃいけないし)


ゲルハルトに機嫌を取られているようで悔しくなるも、ゲルハルトの笑顔を見ていると、エレーヌも嬉しくなってくるのが不思議だった。


***


エレーヌとゲルハルトを乗せた馬車は、橋を渡る手前で止まった。


ゲルハルトに続いて、エレーヌも馬車を降りた。差し出してくるゲルハルトの手を取れば、ゲルハルトは迷いなくエスコートする。


ゲルハルトは橋を渡り市場へと向かう。


(昨日、私が町を歩いてみたい、と言ったのが通じていたのかしら)


市場は活気に満ちていた。人々の往来は多く、ほんの一角歩いただけで、エレーヌはこれまでの人生で見てきた人の数十倍の人々を見た。


「すごいわ! どこから集まってきたのかしら。人が大勢いるわ」


扱っているものも雑多で、採れたて野菜に果物に、新鮮な魚に肉やチーズまであった。そして、すぐに食べられるものも売っており、エレーヌは、漂ってきた香ばしい匂いを嗅ぎ取った。


(お腹が空いちゃったわ)


今朝は、果実水を飲んできただけなので、早速空腹を感じる。


エレーヌは香ばしい匂いのする方向に顔を向けた。ゲルハルトはエレーヌの興味を引いたものを見て取ったのか、屋台の方へとエレーヌを連れていく。


屋台には、揚げたての菓子が並んでいた。


エレーヌは、小麦色の揚げ菓子を見て、ごくりと喉を鳴らした。ゲルハルトは早速、二つ買った。


それに、飲み物も買い込んだ。


小川のほとりにくると、ベンチにエレーヌを座らせて、揚げ菓子と飲み物を渡してきた。


「エレーヌ、タベル。ドーナツ」


エレーヌは素直に受け取った。


「ドーナツっていうのね。アリガトウ」


小麦色のドーナツをかじると、香ばしい匂いが口に広がった。外はカリッとしているのに、中は黄色くてほかほかしており、ほんのりと甘い。


「オイシイ!」


飲み物はコーヒーをミルクで割ったものだった。ドーナツにとても合っている。


そよぐ風は涼しくて心地よく、小川のほとりの柳の葉をそよそよと揺らしている。


ゲルハルトはそれから、果物を飴で包んだものや、焼き栗など、いろいろなものを買っては与えてきた。そのどれもがエレーヌには珍しく、そして、おいしいものだった。


「市場って、いろんなものがいっぱいね」


「エレーヌ、ウレシイ?」


「ええ、ウレシイし、楽しいわ!」


「タノシイ?」


「ウキウキすることよ」


エレーヌはつま先で跳ねてみせた。ゲルハルトもエレーヌを真似て、ステップを踏む。


「タノシイ。ワタシ、ウキウキ、タノシイ」


二人で笑いながら、通りを跳ねるように歩く。


お腹がいっぱいになってきたところで、市場を通り抜けて、少し立派な商店の立ち並ぶ通りにたどり着いていた。


ゲルハルトは一軒の店にエレーヌを入らせた。そこは衣類を扱っている店だった。高級そうなシャツやドレスが並んでいる。


店主はゲルハルトを見れば、歓待してきた。


「陛下! ######」


お忍び姿でもひと目でゲルハルトだとわかったらしい。王宮御用達の店なのかもしれなかった。


店主はエレーヌを興味深そうに見つめてきた。


「エレーヌさま、######」


エレーヌに向けて話しかけるも、エレーヌが答えられないでいると、ゲルハルトが助け船を出してきた。エレーヌの肩を抱くと、店主に話しかける。


「#######」


「エレーヌさま、######」


店主はひざまずき、礼を示してきた。


店主は、ゲルハルトとエレーヌを店の奥へと連れて行った。


奥にはサンプルと見られるドレスと、高級そうな生地が棚いっぱいに並んでいる。


(ドレスでもあつらえてくれるのかしら。何しろ、王様だもの、お金ならたくさん持っているはずだわ。いつか出て行くときのための軍資金のためにも、一番高そうなものをおねだりしようかしら)


ゲルハルトが店主に何かを告げれば、店主は棚から衣類を取り出してきた。店主が手にしているのは、シンプルなシャツにズボンだった。


(ゲルハルトさま、自分の服を買うつもりなの?)


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