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海へ②

エレーヌは、ゲルハルトと外出することになった。


ディミーが着いてきたそうにしていたが、ゲルハルトが何かを言い返して、結局、ゲルハルトとエレーヌの二人だけで出かけることになった。


ハンナはたいそうな喜びようで、外出のためにエレーヌを着飾らせた。


***


ゲルハルトとエレーヌを乗せた馬車は、王都の町へと向かった。豪華な屋敷の立ち並ぶ通りを過ぎて、橋を渡れば、雑多な人の行き交う市場が見えてきた。


エレーヌは馬車に乗っている間じゅう、窓にかぶりつくようにして、外の景色を眺めた。


市場では、人々が忙しく立ち働いている。


(望遠鏡で覗いた町並みのなかに私はいるんだわ)


ずっと遠くから眺めているだけの光景の中に入り込んだのが、不思議だった。


(本の中に迷い込めばこんな感じかしら)


向かいに座るゲルハルトが、エレーヌに訊いてきた。


「エレーヌ、スキ?」


物珍しそうに窓の外を眺めるエレーヌに、ゲルハルトは窓の外を指した。


「ええ、町は好き。面白そうだわ。いつか、歩いて通ってみたいわ」


「エレーヌ、ラクア、スキ、#####」


(ラクアを好きになって欲しいってことかしら)


エレーヌは喉が詰まった。


好きと言えるほどラクア王国を知らない。貴族たちはよそよそしい目を向けてきたし、それに、いずれ、ラクアを出て行かなければならない身だ。


エレーヌが何も言えないのを見て、ゲルハルトは顔を曇らせたように見えた。


そのとき、窓の外の光景がガラリと変わった。急に視界が開ける。


「まあ!」


エレーヌは窓を向いて歓声を上げた。窓の外には海が広がっている。


エレーヌがこれまで嗅いだことのない匂いがしてきた。


(これが潮の匂い?)


馬車が止まり、地面に降り立てば、圧倒的な光景が広がっていた。


「まあ! すごい!」


眼前には海が広がっている。その広さにエレーヌは吸い込まれるように感じた。そして、巨大な建造物である帆船。


エレーヌは我を忘れてその景色に立ち尽くした。


海鳥の鳴き声に、立ち働く人足たちの掛け声、遠くの波の音に、岸壁に波がちゃぷちゃぷと当たる音。


「わあ、すごいわ! 船ってこんなに大きかったのね!」


距離感がおかしいくらい、帆船は大きかった。


「まあ、大勢が働いているわ! 男の人も女の人もすごく力持ちの人ばっかりだわ!」


気がつけば、エレーヌはゲルハルトの腕を掴んで、「すごい! すごい!」と声を上げていた。


見るもの全部が珍しい。


「フネ、イク?」


ゲルハルトが帆船に続く桟橋へとエレーヌを案内した。


「私、船に乗っても良いの? でも、怖いわ」


「エレーヌ、ワタシ、ナカヨク」


ゲルハルトが手を差し出してきた。エレーヌはその手をぎゅっと掴んだ。


桟橋の下を見るととても怖かったが、それよりも、船に乗ってみたい気持ちの方が強いのが自分でも不思議だった。


「エレーヌ、コワイ?」


「ううん、大丈夫」


桟橋が揺れるも、ゲルハルトが支えてくれるため、不安はなかった。


船に乗ると、床がゆらゆらと揺れていた。


(これが、波なんだわ)


ゲルハルトが船員らに何か言うと、船員らは柱を操作した。すると、大きな白い帆が現われた。


「わあ! すごい! 本で見たのと同じになったわ! すごいわ!」


エレーヌはそんなに大きな声を上げたのは初めてというほど、高い声を上げていた。


ゲルハルトは、エレーヌを船の先端へと連れて行った。そこから見た海は絶景だった。


「わあ、すごい! あれが水平線なのね」


「########、#######」


ゲルハルトは、嬉しそうに早口で話し始めた。意味は分からないが、ゲルハルトがとても海が好きなことはエレーヌにもわかった。


ゲルハルトは船の中を身振り手振りで案内し、錨の鎖が想像以上に大きいこと、船には方向を変える板のようなものがついていることなどを知った。


「ゲルハルトさま、楽しかったわ」


船を降りてからも、エレーヌは興奮気味に何度も船を振り返った。


エレーヌは、ゲルハルトがどうして自分を構うのかわからなかったが、ゲルハルトへのとげとげしい思いが収まっているのを感じていた。


***


その夜、城の外に出たことで疲れて眠り込んでいたエレーヌは、ゲルハルトが寝室に入ってきたのにも気づかなかった。


朝になって、また、ゲルハルトがベッドにいることに気づいて少々呆れた。


(また、来たのね。愛する人とは喧嘩でもしてるのかしら)


ゲルハルトがエレーヌのもとを訪れるようになる前、エレーヌは一か月も放置されていた。その間、ゲルハルトは愛する人のもとで過ごしていたに違いなかった。


エレーヌはゲルハルトの眉に手を伸ばした。


(うふふ、やはり、触り心地が良いわ)


兎の毛よりも柔らかい。


エレーヌにとって、ゲルハルトはずいぶんと身近な存在になりつつある。


ゲルハルトの態度は、ずいぶんと優しいように思える。エレーヌを喜ばせようとする気持ちであふれていることが見て取れる。


(どうして、私に優しくしてくれるのかしら)


エレーヌはゲルハルトの眉を撫でながら、その顔を見つめた。


(どうしてかしら。この人がいやではなくなってきているわ。それどころか、こうやってそばにいると触りたくなるわ。触り心地が良いもの)


エレーヌは今度はゲルハルトの髪に手を差し入れ、その柔らかい感触を味わい、次に胸、腕を触って弾力を楽しむ。


そして、最後に眉に戻る。


(やっぱり、眉が一番だわ)


ふと、ミレイユの台詞がよみがえる。


――乱暴者で無神経で自分勝手だから、決して心を許しては駄目よ。


(そうよ、心を許してはダメよ、エレーヌ。この人には愛する人がいるんだから)


それに、初夜でも晩餐会でも、優しい顔つきで随分とひどいことを言われた。


《みすぼらしくて貧相な王女》


(思い出したら急に腹が立ってきたわ)


エレーヌは、思わず、ブチッと眉毛を何本かまとめて引き抜いてしまった。ゲルハルトが「うっ……」と声を上げた。


(きゃあ、やっちゃったわ!)


ゲルハルトの目がパチッと開いた。黒目に捉えられる。


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