地獄に道連れ(2)
それは歪な怪物だった。
球体状の胴体に四肢を接ぎ木したような、不均等的なフォルムの大型機械。
全長は大型のゾウの様だが動きは肉食獣のように機敏で、
不気味に光る青色の単眼が獲物を狙うが如く、此方を睨みつけていた。
「貴方たちには未成年誘拐罪の疑いが掛けられています。今すぐ停車しなさい」
無機質で酷く冷酷な人工音声が此方を威嚇した。
機械部品だらけの怪物の右腕がゆっくりと此方に伸びてくるのが、サイドミラーから見える。思わず悲鳴を上げそうになった。
「飛ばしてくれ!オッサン!」
「インターチェンジまでもうすぐだ!降りれば目的地の埠頭に着く!」
若者の声にはっとし、アクセルを再び踏み込む。
後部座席で女の金切り声が響いた。
ワゴン車はスリップを起こしながらもインターチェンジに近付き、出入り口を遮るガードポールを吹き飛ばして行った。
けたたましいクラクションが叫び声のように鳴る。
・・・クソ、振り切れない。
ルームミラーには依然として燦然と輝く青色の瞳が映っていた。
怪物の足音は未だ悪夢のように振り切れない。
アイツが足を踏み出す度に、コンクリートで舗装された地面が地震のように揺れた。
「大丈夫だ!アイツは警告しかできない筈だからな」
「ほ、ホントっすか?」
「あれが連邦警察の者である筈が無い。警察の目は眩ましてある筈だし、何よりいくら何でも早すぎる。しかもあれは、おそらく個人の無人機械だろう」
倫理判断プログラムGreen。
全ての機械に取り付けられた倫理判断プログラムは、人間を傷つけられない。
ましてや逮捕状すら出ていない筈の人間には指一本触れられない筈だ。
「最後の警告です。黒のワゴン車登録番号M-YX1749。止まりなさい・・・」
警告を無視して、タガワはハンドルを切る。信号も、対向車両も関係ない。
何度もクラクションを鳴らされたが、それどころではなかった。
怪物から少しでも距離を取れるよう、狭い道を選択しながら車を走らせる。
速度を上げる度に街のネオンライトが流星のように流れていく。
ひどい運転で車はボロボロだった。恐らく前後バンパーは滅茶苦茶だし、左のサイドミラーは壁に擦った際に吹き飛んでいる。
満身創痍、いつエンジンが止まってもおかしくない状況で、やっと前方に埠頭の明かりが見えてきた。
あそこまで逃げ切れば・・・!
その瞬間だった。
「当機体より通達。これより当機体は、黒のワゴン車登録番号M-YX1749に対し、武力介入を実行します。これは治安維持と市民保護を目的としたものであり、いかなる権利を侵害するものではありません」
「・・・は?」
自分の喉から、生まれて初めて出る阿呆な声がした。
「続いて、パイロットによる倫理判断をお聞きください。齟齬のないよう原文のまま読み上げることを、パイロットより命令されています」
そして大型機械の怪物は、無機質で、冷たい人工音声のまま言った。
「クソったれの犯罪者ども。私の友達を返せ。てめぇらの汚い○○をこの大型機械の足で蹴り上げてやる」
車内で響いた甲高い悲鳴が自分の喉から出ている事に、タガワは暫く気が付かなかった。