地獄に道連れ
アクセルペダルを思い切り踏み込む。
従順な黒のワゴン車はキックダウンを起こしながら急加速する。
速度計はとっくに振り切れていた。
急加速のGを感じながらもハンドルを細かく調整し、走行車の間を縫うように走り抜けるのは至難の業だったが、何度もぶつかりそうになりながらも何とかすり抜ける。
他の車は運転アシストのせいで法定速度以上を出せないのだろう。
こんな状況だってのに、未だにのろのろと亀のような走りをしている。
有難いことにこの車はマニュアルだ。俺が願えば、人間だってピンボールみたいに跳ね飛ばせる。
ほらな、とタガワはほくそ笑んだ。
お前らもマニュアルに乗れ。シフトチェンジを巧みに扱え。
いつの間にか点いていた車内ラジオが響く。
「速報です。現在、ロードシナハイウェイにて未確認の大型機械が暴走しています」
「危険性を鑑み、当ハイウェイのインターチェンジは緊急閉鎖されています。
現在ハイウェイに取り残されている人たちは直ちに最寄りのパーキングエリアに停車し、屋内に避難してください。繰り返します。
現在、ハイウェイにて謎の大型機械が暴走中・・・」
「マズいっすよ!インターチェンジ、封鎖されたって・・・!」
助手席の軽薄な若者が頭を抱えて叫ぶ。
「分かってるよ。突破するしかない」
言いながら、車内のルームミラーにちらりと目をやる。
チクショウ。何だよアレは?
あの化物は、一体何なんだ。
「突破って・・・。何言ってんだよオッサン!俺たちもパーキングエリアに逃げなきゃ・・・」
若者は殆どパニック状態に陥っていた。無理もない。
コイツは払いの良い小遣い稼ぎに来た馬鹿な若者でしかない。
それが今や、こんな状況だ。
寧ろコイツが俺の分まで慌ててくれるお陰で、こっちの頭が冷えていくのだから感謝すべきなのかもしれない。
「落ち着け。パーキングなんかに逃げ込んだら袋のネズミだぞ。アイツ、間違いなく俺たちの荷物が狙いだ。受け渡し場所に行くしかねぇんだよ」
「なんなんすか、チクショウ!ちょっと女攫うだけの簡単な仕事の筈だったのに!?」
若者の言う通りだった。これは簡単な仕事の筈だった。
「カツラギ ユウカという女子を指定場所まで運んで下さい。積み下ろしは別の者が担当します」
届いたメッセージには積み込み場所と積み下ろし場所が添付されているだけだった。
明らかに法に触れている、と言う点を除けば金払いもいいし拘束時間も短い割の良い仕事だった。
運送会社をクビになってからというもの、企業が信用できず、真面目に働くのが馬鹿らしくなったのが運の尽きだったのかもしれない。
後部座席で女が叫び声を上げた。
殴られ、攫われ、しかもいつ事故を起こしてもおかしくない危険な運転をしている車内に縛られているのだ。
精神的にも臨界点を越えてしまったのだろう。
ユウカ、という子供の泣き声が一際強くなる。
「もう許して!降ろしてください!」
「うるっせぇぞ!クソが!荷物が喋んじゃねぇ!」
若者の怒号が響く。
後部座席に向けて警棒を向けながら彼女を睨みつけ、
「お前のせいだ!クソ、お前のせいでこんな羽目になってんだ!」
と見るに堪えない責任転嫁を始めた。
「お前のせいで、俺たちはあの化物に追われてんだ!」
化物の瞳がルームミラーに映った。
燦然と輝く青い単眼が、眩く車内を照らす。
怪物の足音はもうそこまで近付いていた。
無機質な重低音人工音声が此方を威嚇する。
それは、歪な怪物だった。
「当機体より通達。前方、黒のワゴン車登録番号M-YX1749。今すぐ停車しなさい。従わない場合は武力行為が実行される可能性があります」