起動
貨物コンテナの扉が、轟音と共に蹴破られた。
「メインシステム オールグリーン。目標を誘拐された少女の保護に設定」
機体のジェネレーターが稼働する。
脚部左右に搭載された四基のタービンが熱を纏い、獲物を襲う肉食動物のような唸り声がコックピットに響く。
「跳びます」
「え?」
いま、なんて言った?と聞く前に、機体が跳ねた。
ドン!という衝撃と共に全長10m、重さ7tの機体が天高く跳躍し、一瞬で機体は遥か上部のハイウェイに飛び移っていた。
「誘拐犯の特徴は?」
すかさず例の無機質な人工音声がスピーカーから流れる。
私はその機敏な動作に呆気に取られたものの、すぐに気を取り直して叫ぶ。
「自動車登録番号MーYX1749!黒のワゴン型四輪駆動車両!」
「登録番号を知っているのですか?」
「アイツらが友達を攫う時にナンバーを見たのよ。私が気絶する前に必死にね」
私がそう吐き捨てると、暫しの沈黙ののちに機体が言った。
「お手柄です。パイロット」そう機体が呟くと、目の前の幾つもあるモニターが忙しく情報を処理し始めた。
膨大な量のデータが目の前で処理されていく。
「連邦警察ネットワークにアクセスし登録番号を照合します・・・現在地特定。MーYX1749は現在ロードシナハイウェイを走行中。距離82km」
「クソ、かなり離れてる・・・!」
「当機体がフル稼働すれば五分で到着します」
「はやっ!」
「ただし問題が」
「・・・何よ」
「ハイウェイの最高速度制限は時速100kmです。当機体は通常であれば速度を制限されます。最高速度による移動は法律を違反します」
そんなこと言ってる場合か!
思わず搭乗席から身を乗り出して、ディスプレイを蹴飛ばしそうになる。
いや、実際そうするつもりだった。
私が思い切り右足を振り下ろそうとする寸前で、スピーカーが響く。
「現在、倫理判断プログラムGreenは切断され、倫理的判断はパイロットに一任されています」
モニターまであと数センチ、というところでピタリと足を止めた。
「・・・正しい判断を。パイロット」
成程、つまりこういうことか。
この機体は、私にこう言って欲しいのだ。
「倫理判断を下します!誘拐された少女の保護を優先!道路交通法を逸脱してでも、市民保護に全力を尽くしなさい!」
「了解しました。パイロット」
二対の脚部が、コンクリートで舗装されたロードウェイを蹴りながら駆ける。
法定速度をぶっちぎった機体の走りは、まさに俊足だった。
高速道路を走っている走行車両たちも時速90km以上は間違いなく出している筈なのに、この機体はまるでカートを押す老婆たちを追い抜くみたいに走り抜けて行く。
「陸上ランナー顔向けの走りね」
「現在、陸上ランナーの最高速度ギネス記録は時速47.14kmです。最新鋭のオルタネーター及びジェネレーターを搭載する当機体とは比べ物になりません」
・・・コイツ、言葉の綾ってものを知らないのかしら。