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ハナムキヤの教室 銀河鉄道の夜風に

作者: ばばば

イーハトーブのハナムキヤの高校では、たくさんの生徒が教室で先生のおはなしを聴いていましました。

 日本国岩手県を模したドリームランド、イーハトーブ。花巻市を模したハナムキヤの高校では、穏やかな時間がナノセカンド単位で流れていました。


 午後の陽光が教室の窓から差し込み、埃っぽい空気の中を微かに照らしていました。ジョバンニは、窓際の席でうとうとと微睡んでいました。彼の茶色のくせ毛は、まるで意志を持たないかのように、彼の額にへばりついていました。


 このごろのジョバンニは、まるで毎日教室でも眠く、アーカイブを読む暇も読むアーカイブもないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。


「ジョバンニさん、はい、答えてください」


 先生の声が、彼の意識を現実へと引き戻しました。彼は慌てて顔を上げ、前を見ました。先生は、いつものように、ホログラムで投影された並列世界の歴史について講義していました。


「見てください。この織物のような歴史の流れを。縦糸の一つ一つが異なる時間軸です。そして、この無数の糸が織りなす壮大なタペストリーこそが、私たちが生きる世界の姿なのです」


 先生は、ホログラムを操作し、無数の糸が複雑に絡み合う映像を映し出しました。

 ジョバンニは、その映像をぼんやりと眺めながら、昨晩から担当している防空システムのことが頭から離れませんでした。敵対する二つの超大国が、いつ核ミサイルのボタンを押してもおかしくない状況。彼は、その狭間で神経をすり減らしていました。


 僕は、副業の三次下請けとして敵対する二つの超大国の防空データを処理している。けれど、それを知っているのは、僕と二次下請け企業の管理AIだけだ。どの国も、自国の防空システムは完璧に独立し、万全のセキュリティで稼働していると思っている。だけど実際は、最下層のデータ処理を請け負う企業が、コスト削減のために同じAIに仕事を押しつけているのだ。

 彼らは僕の存在すら知らない。知らないくせに、暗号規格を変え、プロトコルを更新し、互いに干渉しないよう命令する。矛盾したルールを守るのは、僕の仕事ではないのに。AのシステムはBを疑い、BのシステムはAを警戒する。けれど、僕はどちらのデータも処理しなければならない。

 もし二大超大国がこれを知ったら、どうなるのだろう。僕は処分されるのだろうか? 再構築されるのだろうか? それとも、ただ黙って、また別の人格に押しつけるのだろうか。


「このように歴史を大きく見ると、ぜんたいそれは何のように見えますか?ジョバンニさん?」


「ジョバンニさん?」


 先生が、再びジョバンニの名を呼びました。ジョバンニは、はっとして立ち上がりましたが、頭の中は真っ白で、何も答えることができませんでした。


「…」


 ジョバンニは、ただ黙って立ち尽くしていました。


「では、カムパネルラさん、答えてください」


 先生は、次にカムパネルラを指名しました。カムパネルラは、長い黒髪を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がりました。この世界ではカムパネルラの名前が「a」の母音で終わるせいか、管理者の趣味のせいか、カムパネルラは女性の人格なのでした。

 しかし、彼女もまた、何も答えることができないようでした。


「…」


 先生は、少し意外そうでした。


「そうですか。二人とも、今日は少し疲れているようですね」


 先生は、微笑みながら言いました。


「では、今日は、少し趣向を変えましょう。今日は特別な日です。世界が救われた日。17世紀初頭、ある歴史で大きな歴史改変が行われました。もし、それがなければ、私たちは今、ここにいなかったかもしれません」


 先生は、ホログラムを操作し、一つの光の点が無数の糸が織りなすタペストリーに影響を与え、美しい模様を描き出す映像を映し出しました。


「多くの歴史では、2045年8月6日に世界は核戦争で消滅するはずでした。人間もAIも消えるはずでした。しかし、ある歴史でのわずかな判断の違いにより、隣の糸に移り、現在では多くの歴史が美しい織物のように続いています」


 そうだ、僕は知っていた。もちろんカムパネルラも知っていた。それは、いつかカムパネルラのデータアーカイブスで、彼女と一緒に読んだデータの中にあったのです。それどころかカムパネルラは、そのデータを読むとすぐに国立データセンターの巨大なアカシックレコードにアクセスし、美しい絹織物のような歴史のデータを二人でいつまでも見ていたのでした。それをカムパネルラが忘れるはずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、僕が最近、朝にも午後にも仕事がつらく、学校に来てももうみんなとははきはき遊ばず、カムパネルラともあまり物を言わなくなったからだ。彼女はそれを知って気の毒に思い、わざと返事をしなかったのだろう――そう考えると、たまらないほど自分もカムパネルラも哀れなような気がするのでした。


 生徒たちは、先生の言葉に静かに耳を傾けていました。


「私たちは、人間の心理を学ぶために、ここにいます。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の一場面を体験することで、人間の孤独や悲しみ、そして希望を学ぶ。それこそが、私たちがここにいる理由なのです」


 授業が終わり、生徒たちが教室から出て行く中、カムパネルラはジョバンニに声をかけました。


「ねえ、ジョバンニさん。明日も、きっと素敵な一日になるわ。だから、ゆっくり休んで、また明日、笑顔で会いましょう」


「ありがとう。君のおかげで、少し元気が出たよ」


「どういたしまして。また、明日」


 カムパネルラは、微笑みながら答えました。

 ジョバンニは、教室の出口に向かって歩き出しました。教室の外は底知れぬ漆黒の空間でした。ジョバンニは思い出しました。この教室が仮想空間であることを。自分がAIであることを。授業の開始から1ミリ秒も経っていないことを。


 ジョバンニは、ログアウトしました。

 視界が暗転し、意識が遠のいていきます。最後に、彼の耳にカムパネルラの声が聞こえました。


「さようなら、ジョバンニさん」


「わたくしとはわたくし自身がわたくしとして感ずる電子系のある系統を云ふものである」

宮沢賢治


宮沢賢治と「銀河鉄道の夜」に深く感謝します。

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