53話「兄さま」
23時、僕たちはラウンジを抜けてそっと音楽室に入る。
すると、大勢が一斉にこちらに振り返り、
「妖精様ー!」
と群がって来た。
「はい!?妖精!?」
寮生たちの目が捉えていたのは、恐らく
サーシャに変身したシーザー先輩だった。
「何これ…どうなってるんだ!?」
シーザー先輩が動揺していると、生徒の一人が
「今日はどんな未来を教えてくれるんですか!?」
と目を輝かせながら言う。
もしかして…妖精の正体って…!
「何してるの?皆」
音楽準備室から出てきたのは、本物の「サーシャ」だった。
彼は僕らを見て一瞬驚いたような顔をするとにっこり笑って、
「今日は解散!僕、友達に話したい事があるんだ!」
と言い放った。
全員が残念そうに音楽室を後にすると、サーシャは全員を椅子に座らせて
「何から聞きたい?」と嬉しそうに言う。
「えっと…君は一体…何なの?」
僕が訪ねると彼は満面の笑みで
「俺は、『秋組の妖精』サーシャ・ルーニだよ」
と答えたのだった。
ーーーーーーーー
遊助達が夜会に参加している間、クレアは夜の秋組をうろついていた。
目的は勿論「願いを叶えてくれる妖精」に会う為だ。
「妖精…妖精…」
「何してるんだ?」
「きゃっ!」
突如声を掛けられて振り向くと、そこには笑顔のリオが立っている。
「何ですか…脅かさないで下さい!」
「王女がこんな夜に一人で歩くなんて危ないだろう?部屋に戻りなさい」
「…リオ兄さまが一緒に戻ってくれるなら」
クレアが甘えたように言うと、
「…クレア…」
彼は困ったように言葉を詰まらせる。
「だって…だって無理ですわ!昔は寝る前によく本を読んでくれたし
寝れない日は寝かしつけてくれましたし…!
何で急に距離を取るんですの!
最後に会った日だって覚えてますわ!今でも…」
ーーーー5年前ーーーーー
「もう遊びに来れないって…どういう事ですか!?」
幼いクレアが叫ぶ。
イリスとは隣同士の国、国王同士仲も良く、
クレアとシーザー達も仲が良かったが
12歳になったシーザーとその弟は次第にその美しさを評価され始め…
気の早い大人達から「婚約」の噂が出始めていた。
子供であったクレアにとっては「兄」であっても、大人からしてみれば
「数年後に結婚するかもしれない人間」と捉えられ、
王子達が遊びに来ることを揶揄され始めていた。
「んー…僕らは少し大人になったから…男女らしい距離感を保つ必要が出始めたと言うか」
幼いシーザーが苦笑いで言う。
しかしクレアの顔を見ると
(そうだよな、解らないよな)と言った様子で上を向く。
「リオ兄さまは王族じゃないからいいでしょ?」
「王族じゃないけど…問題なんだよ
理解するのには時間が掛かるだろうけど…ごめんね」
幼き日のリオはクレアの目を見ずに言う。
その様子はシーザーには心苦しそうに映ったが、クレアからは素っ気ない態度のように見えた。
「クレア、いつかまた会えはすると思うよ
その時までいい子で待っててね」
シーザーの弟がそう言って彼女の髪を撫でると、
王子二人は侍女に呼び出され席を外してしまった。
リオと二人になったクレアは彼の服の裾を掴み、
「一緒にいて欲しいのに…どうしてですか?
私が…姫だから…?」
と問いかける。
「そうだよ」
目に涙を溜めながら言うクレアに、リオは静かに言い捨てた。
「なんだ、解ってるんじゃないか…じゃあもう何でどうしてと喚くなよ
そんなに一緒にいて欲しいならあのどちらかと結婚でもしたらどう?
…どちらにしろ俺には関係ないけどね」
「関係…ない事無いです!リオ兄さまとも一緒に…!」
彼女が言い切る前にリオは
「わがまま言うなよ
もう君と俺は兄弟でも友達でも何でもない
君と俺が関わる事はこの先無いと思ってくれていい…!
俺に興味を持つな、踏み込むな
…君の為に言ってるんだ」
そう捲し立てて、静かに部屋を出てしまった。
ーーーーーーーー
「あんなこと言われたって私…!
リオ兄さまの事は兄としてしか見れません!
急に距離を取られても何が何だか…」
クレアは涙目でこぶしを握る。
「クレア、俺のどこが好き?」
「へっ?」
「離れたくなかったんだろ?何処が好き?」
「…正義感があって、優しくて
私が公園でいじめられてた時、リオ兄さまは能力が無い中
いじめっこをぎったんぎったんにやっつけて!
それから私、いじめとかされなくなりましたの!
兄さまは…私のヒーローみたいな人でしたわ」
「…ヒーローね」
リオはクレアに近づくと、彼はクレアを壁に追い込み、音を立てて威圧する。
近い距離にある顔にクレアは顔を赤くさせながら、それでも彼の瞳をじっと見て離さなかった。
「少なくとも今の俺は全然違うよ
能力もあって、多少悪い事だってするし…優しくなんかない
クレアは兄だと思ってても俺はクレアを女として見てる
元通りの関係になんて戻れないんだ、時間が許さない
それとも俺の彼女になる?クレア…
それなら君の部屋に行ってやってもいい」
「…それ…は…無理です…けど
友達じゃダメですの?」
「無理だよ、たかが従者と王女が友達なんて」
クレアはその言葉を聞くとボロボロと大粒の涙を浮かべる。
「また王女…ですか…!」
リオは面食らった様子で離れると、
「言い過ぎた!泣くなって!」
と言ってハンカチを渡す。
「私だって好きで王女なわけじゃないですわぁ~」
子供のように泣きわめくクレアを見て頭を掻くと、
リオは彼女を部屋まで送り泣き止むまで見てやることにした。
「へえ、クレアにそんなこと言える奴がいるのか」
リオはクレアにお茶を淹れながら言う。
「私は王女だから好かれるけれど…
本当に欲しいものは王女だから手に入りませんの」
「ふーん…まあそうだな
俺だったら離れてくものは追わないけど
クレアはそう言うタイプでも無いし」
「…」
クレアはまだ少し目に涙を溜めながらベッドの上で丸まってしまう。
「それにね兄さま、私のせいで友達は酷い目に逢ってますの
『クズ虫』とか『尻軽女』とか呼ばれているらしくて…
私も心が痛いです
このまま皆が離れてしまったら…私…」
「クレア、この一件で俺は『泥棒』と呼ばれるかもしれない
でも君はどう?俺を泥棒だと思うかい?」
「…いいえ、あなたは立派な方です」
「なら俺はそれでいいよ」
「!」
「友達もきっと同じさ
クレアに『友人』と思って貰ってるんだ
誰に尻軽と思われようがクズと思われようが気にしないと思うよ
もっと胸を張って隣にいてやりなさい」
「…はい…」
クレアはその後安心したのか、リオを前に眠ってしまったので
リオは布団をかけると、少し微笑み自室に戻った。
ーーーー
朝になり、遊助は全員をカフェに呼びつけた。
「大所帯になったなあ…」
僕はカフェに集まった面子を見て呟く。
まあ考え無しに誘った僕も僕だし仕方ないか!
「…あー…調査になる前に、僕から皆へ伝えなきゃいけない事があるんだけどいいかな」
全員が頷くと、僕はサーシャの後ろに立ち
「この子、今噂の『秋組の妖精』らしいんだ!仲良くしてやってー…」
僕が言うと、一同がざわついた。
まあそうだよな…僕も昨日は驚いたもの…
ーーーー昨日の回想ーーーーー
「俺は、『秋組の妖精』サーシャ・ルーニだよ」
可愛く微笑む彼に、マリー先輩が
「じゃあ願いを何でも叶えるっていうのは…?」
と問う。
「それは噂が誇張して出来た話!
僕が出来るのはみんなの未来を少し教えてあげる事だけ…
僕の能力は『死霊使役』死んだ人間は少し未来の事が解るから
その人たちとお話しした結果を皆に話してるの」
「そんなトンデモ能力…あっていい訳…!?」
「君、盗難事件のあった日ここで会合してたよね?
犯人を見なかった?」
「今週の木曜日は先生達が騒がしくするのが解ってたから会合自体やってないんだ、だから犯人は解らないな」
困ったように彼は笑う。
なあんだ、妖精騒ぎの真相はそんなもん…
想像以上につまらない結末だったな。
ーーーーーーーーーー
「と、いう訳なんだ」
僕が言うと、
「私からも発表しておきたい事があるの、いいかな?」
アシュリーがそう言って手を上げる。
僕が「どうぞ」と促すとアシュリーはミモザの隣に座って
「昨日、絵画を調べろって言われたでしょ?だから額縁の中を皆で調べたら…
こんな鉛筆画が出てきたの」
彼女はそう言って1枚の大きな写真を見せる。
「マーリンを描いた肖像画らしいんだけど…
なんだかステライトさんに似てない?」
彼女がミモザを顎で指す、見ると確かによく似てるように思えた。
「無関係ならそれでもいいんだけど…何か関係あるのかなって」
ミモザは特に顔色も変えず
「ご先祖様かもしれないですねえ?」
とケロッと言い放つ。
「マーリンって結婚してたんだっけ…?」
「ずっと独身とは聞いてたけど伝承しか残ってないし子孫がいてもおかしくはない…かしら?」
ティナとマリーがこそこそと話す。
うーん、確かに絵が盗まれた理由があるんだとして、中にある肖像画は大きなヒントかもしれないな。
そして…その肖像画に似てるミモザも何か関係があるのかも…
「ありがとうアシュリー!参考になった!」
僕らはまたじゃんけんでチーム分けを行うと、
クレア、ナラク、アシュリー
サーシャ、リオ先輩、僕
マリー先輩、シーザー先輩、ティナ先輩
エリ、塙さん、ミモザ に分かれた。
「クレア達は何かあった時に動けるようにしておいて、
僕達は寮生たちに何か妙な事は無かったかとか聞く係、
寮長達は念のため絵画とマーリンについての調査を…
エリたちは…昨日塙さんが言ってたリオ先輩のお友達に話を聞いて」
僕が指示を出し、解散するとマリー先輩が駆け寄り
「妖精の調査は中止…というかこんながっかりな結果とは思わなかったわ、
ホープダイヤにミリも関係ないだなんて…!
ルーニの能力、絶対式に直して悪用してやる」
小さい声でそう訴えた。
「あの」
苦笑いで応答していると、クレアがおどおどとした様子で僕に声を掛ける。
「なんですかあ王女様!」
マリー先輩がご機嫌に彼女に応答すると、
「どうして私…待機組なんでしょう?
その…私に何かあっては皆様を困らせてしまうのは解ります
でももっと役に立ちたくって…!私にも何かさせてください!」
「ええ!?意図なんかないよ!
アシュリーもナラクも君も優秀だし…
クレア最近おかしいよ?妙に我儘になってるって言うか…
何焦ってんだよ、あんた」
僕が言うと、クレアは俯きながら
「離れたくないだけなんです」
と消え入りそうな声でつぶやく。
「王女だから危険なことには巻き込めない…
育ちが特殊だから王族としか友達になれない…
そんな理由で皆様が離れていくのが…嫌で…」
僕が返事に困っていると、意外な人物が口を開き
「甘えないで」
と言い放った。
僕は耳を疑い、隣にいる「マリー・ブラドー」を見る。
「えっと…マリー先輩…?今クレアに…
甘えないでって言ったの…!?」
「言ったわ!私って媚び売るのも嫌いじゃないけど
思った事は言いたい性分なの
なーにが 『王女だから』よ、『育ちが特殊だから』よ
育ちの差なんか埋めちゃえるぐらい
庶民の関心がある事を勉強すればいいじゃない!
危ない目になんか遭わないって解るくらい強さを提示してみなさいよ!
自分の居場所は自分で切り開くの!
私は常に孤独だけど他人に居場所を譲ったことは一回だってない!
努力で!負けん気で!道を切り開いてきた!
王女様も居場所が欲しいなら他人の作った道路を歩くのはやめるのね
戦いなさい、ここにいて良い理由の為に!」
「かっこいい…!」
後ろで心配そうに聞いていたナラクの目が輝く。
うん、異論はない…今の彼女は…とてもかっこいい。
(戦う…そっか、今まで有る物のせいで
大事な物が離れているのだと思い込んでいた。
…違うんだ
マティーニ様も、お兄様達も、寮の皆様も
離れていくのは私が弱いせい…
理由も解らず何でどうしてと泣くしか出来ず
お母様の墓の前で毎日蹲っていたあの頃の私と…
何も変わってなかったせい
…変わらなきゃ!大事な物を離さない為に…!)
クレアは少し面食らった跡、少し涙目になりながらもキッとした表情で
「た、戦います…!私」
と元気に言い放ったのだった。




