36話「ハルピュイアの夢」
…何を…
何を間違ってしまったんだろう…
初めは、見た目を怖がられて傷ついたティナを守ってあげたくて
興味本位で近寄って来る生徒たちに痛い目見せてただけだったの…
だって美しい物には皆が触れたがる
だからすぐに汚れてしまう
…私も…私もそうだった
汚い大人の手垢でべったり…こんな汚い自分が…大嫌いだった
自分の代わりに好きになれるものが欲しかった
それを愛でてる間は嫌なこと全部忘れられたんだよ
…でも、そればっかりじゃきっとだめだったんだね
アシュリー、最後まで信じてくれたあなたの事、
裏切っちゃってごめんね…?
なのにあたたは…私の事
まだ助けようとしてくれるんだね…
海の中、険しい顔で私の手を掴む彼女の姿を見て、私は目を閉じた。
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はっ!
僕が目を覚ますと、人魚が心配そうに僕の顔を覗き込んでいるのが解った。
目が合うと、人魚は咄嗟に顔を両手で隠す。
「…ティナ先輩?助けてくれたんだ」
「あまり…見ないで頂戴…
人魚は魔物に近い種族だなんて言われることもある
鱗はあるしエラは張っていて、鋭い牙まであるのよ…
こんな醜い姿、誰にも見られたくなかった…
あなただってきっと私の顔をしっかり見てしまったら
あの時かけてくれた言葉も…嘘になってしまうわ」
僕は、ティナ先輩の手を掴み顔から除けると
「いいえ、あなたは僕を助けてくれたあの日からずっと変わらない
とっても美しいです、ティナ先輩」
と言って笑った。
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学園から少し離れた沖に、アシュリーとレイは流れ着いていた。
レイはアシュリーの膝の上でまどろんでいる。
「…最低だよね、私がやったこと…
こんな醜くて汚い主人、軽蔑したでしょ…?
今日でメイドもSPも辞めていいよ、
…本当に…ごめんなさい」
レイはそう言って涙を流す。
「はい、そうですね…レイ様は海藻だらけで汚いし
顔は怖くって醜いし、最低な事をしてしまった最低な主人です
心の底から軽蔑しております」
「そう…だよね…」
「でもね
私はどんなにレイ様の心と体が汚れようと 顔が醜かろうと
大好きなんですよ」
「…!」
「罪を償ったら…次は友達から始めましょう
間違ったらまた…私が正してみせますから」
『煙草にデメリットが多い事なんざ解って吸ってんのよ
…でもそのデメリットすら愛おしくなる時があんの
このくっせえ匂いとかね』
彼女の言葉を聞いて、ヴィルヘルム先生の言葉を思い出す。
…わかんないよ
全然わかんないよ、私には。
臭いもの、体に悪いもの
醜くても汚くても好きってどんな気持ちなの?
…これが…愛っていう物なのかな?
私は流れる涙を自分で拭いながら、ひらすら「ごめんね」と呟く。
アシュリーの微笑は優しくて、母親というものがどんな顔で笑っていたか、
その一瞬だけ…思い出せたような気がした。
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全てが解決した次の日の夜、ヴィルヘルム先生が僕の部屋に来た。
「レイ=ジュリーが自首してきたよ、解決してくれてありがとう」
「元々彼女が怪しいって解ってたんですか?」
「いーや?でも彼女って危なっかしいとこがあってね、
潔癖症っていうのかな…綺麗じゃないと許せないみたいなとこあるでしょ
それに精神的にも他人本位で動くからさ、
その内疲れて爆発するだろうなとは思ってたよ、
…こんな大ごとになるとは思ってなかったけど」
「…彼女は退学処分ですか?」
「さあ…まあそうなるんじゃないかな?
そこはお上が決める事だから何とも言えないけど
君はその結果じゃ気に入らない?」
「気に入らないわけではないです、
妥当だとも思うけど…」
アシュリー、あの後から一度も姿を表していないらしい。
僕も会ってないし…彼女の事を考えて落ち込んでいるのかもしれない
もしレイが退学なんかになったら、彼女はどうなるんだ…?
「あはは、君って結構思い悩むタイプなんだね
僕と同じような境遇でアルカナになった子だから気になってはいたけど
本当に昔の僕に似てるよ」
「それ誉め言葉ですか?」
「失礼な反応だなあ
さては僕が荒んでるのを『失敗』と捉えているね?
これは僕にとっては全然失敗じゃないよ…
万人に好かれるよう努力するより、自分を好きになれる道を選んだ結果さ、
よく人生に絶望したせいだとか女に騙されたせいだとか勘違いされるけどね」
「僕には…よく解りません」
「今は解らなくっていいんじゃないか?
ま、レイの事は何か色々上手くやっとくから
後は僕に任せてゆっくり休みなさい
…あと…君ってさ、案外隅に置けないな」
「はい?」
彼はそう言って僕の部屋から立ち去る。
隅に置けない…?何の話だ?
僕は首をひねりながらベッドに入ると、
後ろに謎の重みを感じて飛び起きる。
「うわ!アシュリーいつからそこに!
あの一件から姿が見えないって皆心配してたんだぞ!?」
「…」
「もしかして…ずっと僕のそばにいた?」
「うん」
「何で寝る時まで一緒なんだよ」
「…不安…で…」
僕はため息をつくと、再びベッドに入った。
目では感じ取れないが、自分のものではない花のようないい香りがベッドに充満していて、中々落ち着けない。
「岸辺君…私のやったことは…間違ってたと思いますか?」
「別に?レイの罪を被ったって何も解決しなかったろうし…
いい判断だったんじゃないの?」
「ずっと頭の中でぐるぐるしてるの、レイ様を裏切ってしまった事
罪を暴いてしまった事…本当に良かったのかなって」
「それを僕が答えることもできるけど
正解はあくまでも君の中にしかないだろ」
「何でそんな意地悪なこと言うんですか?」
「これが僕の優しさなの!
レイの二の舞にはなりたくないだろ、自分で少しは考えな」
僕が言うと、彼女はくすくすと笑って
「レイ様と岸辺君は似てるようで全然違うんですね」
と言った。
「僕とレイのどこが似てると思ってたのさ」
「私の髪を…綺麗だって言ってくれたのは
レイ様と岸辺君だけなんですよ
変わった感性を持ってるとことは、似てるなって」
「僕の感性は変じゃないよ 本当に綺麗な髪だ
きっと皆思ってるけど言わないだけだよ」
「…岸辺君」
彼女は僕の名前を呼ぶと、体を密着させて来る。
「…なに」
僕は動揺がバレない様にあえてそっけなく返すが、その心臓は大きく鼓動していた。
「私今…なにも着てないんですよ?」
「はい!?」
「嘘!岸辺君たらインモラルですね」
「出てけ!」
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ああ…昨日はアシュリーのせいであんまり寝れなかった…
「皆さん、今回は本当にありがとう!
私もいつかお役に立つからね!
あ、マリーはメカジンベエザメを改造した分の賠償金請求しておくから」
「何よ!有効活用できるようにしてあげたのに!」
ティナ先輩はそう言って僕たちを送り出した。
副寮長の位置には、アシュリーが立って手を振っている。
長いようで短かった親睦会が終わり、僕は少し後ろ髪を引かれる思いで祝日組寮に帰った。
「遊助さあ、結局私と遊んでくれなかったよね!?」
寮に着くなりエリが切り出す
「えーと…なんの話?」
「約束したじゃん!私と遊ぶ時間作ってくれるって!なのに3日目はずーっとティナ先輩と遊んじゃって
全然一緒に回れなかった!」
「仕方ないだろティナ先輩がお礼したいって言うから無下にもできなかったの!」
「おいお前ら…帰って早々痴話喧嘩とか勘弁してくれよ」
「「痴話喧嘩じゃない!」」
「お二人とも息ぴったりですね」
「あれ、もう帰って来たの?早いな」
僕たちが騒いでいるとリカルド先生が寮の奥から出てくる。
「話は聞いているぞ、なんか凄い点数を稼いできたらしいじゃないか、
吾輩校長から褒められて驚いてしまったよ」
「えへへー!そうなんですよ!僕たち大活躍だったんです!」
「しばらくは点数稼ぎしなくて良くなったな!俺も楽できるよ」
「何言ってんのナラク?それじゃ今までナラクがこの寮の点数を稼いでたみたいな」
「稼いでたよ?」
僕が言い切る前に、リカルド先生が言う。
「え?」
「彼はうちのエースだからね、
ゲームや玩具の発表をする度凄い寮の得点を稼いでくれるのだ
去年は上級生も優秀だったから余裕の3位だったぞ」
「うそ!?ナラクってそんな凄いの!?」
「褒めんなって」
「とはいえ、今回の活躍は君たち4人の功績だ
君たちやっぱり能力が高いから問題解決能力があるように思う
そこで、吾輩は考えたのだが…
こんなのをやってみるのはどうだろうか」
そう言ってリカルド先生が渡した資料には、
「祝日組寮、お悩み解決部」という文字がやけに丸っこいフォントで書かれており、
僕らの似顔絵が左下に描かれていた。
え…もしかしてこの可愛いイラストリカルド先生が描いたの?
この顔の男がこれを!?
「かわいー!遠足のしおりみたいだね!」
「先生、また絵上手くなった?」
「ああ、今回のは渾身の出来だ」
「しぇんしぇいの描いたわたくち…!」
「今回みたいに他寮の困りごとをこなしていけば点数が稼げるから吾輩もビリを回避できるし…交流が少なくなりがちな君達にもいい出会いをもたらすんじゃないかと思ってね
今は上級生が全員出張してるしこういう地道なのも悪く無いだろう?」
「えー…でも俺早くヒノモトに帰る予定で」
「もしいい成績を残してくれたら定期的なヒノモトへの出張を許可するよ」
「まじ!?いいの!?」
「それって…遊助が学校辞めなくて良くなるって事じゃん!」
「良かったな!」
「やるやる!やらせて先生!」
僕が言うと、リカルド先生はにっこり笑って
「そう言ってくれると思った
ではこの企画書はこちらで提出しておこう
君達色々あったし疲れてると思うけど今日から普通に授業だから、
気を抜かない様に」
「「「「はい!」」」」
「お悩み解決部」か…いやよく考えると名前がダサくないか!?
帰ったら別の名前提案してみよう
夏組編はこの回で終了となります。
皆様読んで頂きありがとうございました。




