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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第4部 そして旅は終わり、物語となった……
69/75

67:ウソだと言ってよ

7月23日 0831時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)


 その瞬間、〈カシハラ〉の乗組員(クルー)の全員が〝それとはっきり〟被弾の事実を認識した。それほどの衝撃と振動が巡航艦の艦体に伝わったのだった――。


「――被害状況っ」


 警報の鳴るCICで、ツナミ・タカユキが艦長席から主管制卓のイセ・シオリを振り見やるように訊く。

 シオリはしっかりとした口調を保ち、努めて冷静に応えた。


「爆雷片が上部構造体を掠めました……左舷観測室を直撃…――04層……上部構造体の全域に〝気密漏警報(ALA)〟発生‼」


 艦内各所で警報が鳴っていた。


「クゼ、全艦の隔壁をもう一度確認してくれ! 全部だ‼」

 艦長席の艦内通話機(インタカム)から応急指揮所のクゼ応急長に指示をし、それから主管制士(シオリ)を通して全艦に戦闘宇宙服の確認を指示する。「――総員、ヘルメット確認!」


 すぐに拡声器(スピーカ)が鳴った。

『CIC-応急…――』 裏返ったような応急長(クゼ)の声だった。『――観測室だが… 気密が……気密が失くなっちまってる! ……応答もない‼』


「――…っ⁉ 観測室には誰が居た⁉」

 状況を理解したツナミがCIC内の誰にともなく訊く。その問いには震える声のシオリが応えた。

「タツカが…――」

「ジングウジ……?」


 ――⁉


 その次に艦に生じた〝異変〟には、今度こそ乗組員(クルー)の全員が言葉を失った。

 自分の体重を感じなくなっている……。


 恐らく先の被弾による衝撃が原因だろう。慣性制御が機能停止(ダウン)したのだ……。




7月23日 0833時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 一方、艦橋の方は副長のミシマ・ユウの指揮により、程なく被弾直後の恐慌状態から脱していた。


 上部構造体の被害状況を確認する中で、艦橋左舷の窓に降ろされた装甲シャッタの内側の映像を〝見上げる〟様に確認していたハヤミ・イツキ航宙長が声を上げる。


「――(ひだり)舷……観測室(ウィング)の半分が()くなっちまってる」


 艦橋のある03層の直ぐ上層、04層左舷側に張りだしていた左観測室(ウィング)は、半分ほどがごっそりと剥ぎ取られたように姿を消していた。中に居たはずのジングウジ・タツカ宙尉の安否が危ぶまれた。


(みぎ)舷観測室! ジングウジは退避してきたか?」


 副長のその確認に対する右舷観測員のシノノメ・サクラコの応答は、少々遅れて届いた。

『――…シノノメです……左舷観測室の扉の前……気密扉が…開かない……動力、きてないです‼ ……誰か人手(ひと)、寄こしてっ!』


 焦燥感の滲む彼女(シノノメ)のその声は、最後にはまったく余裕がなくなって感情的(ヒステリック)なものとなった。

 副長(ミシマ)航宙長(イツキ)を向くと、イツキは〝俺に行かせろ〟と言わんばかりの目の表情を真っ直ぐに返してきた。ミシマは頷いて配置を離れることを許すと、操舵士席に言った。


「――操舵士、〝舵そのまま〟だ! ……全員、ヘルメットを着用!」

「よーそろー」


 そう返す操舵士席のコウサカ・マサミ宙尉の肩を叩きつつ、慣性制御が働かなくなった床を蹴ってイツキが漂っていく。



 ヘルメットを被り直しながら艦橋を飛び出しいく航宙長(イツキ)を横目で見送って、ミシマは艦長(ツナミ)のいるCICに回線を繋いだ。


「CIC-艦橋、艦橋機能に支障なし。左舷観測室にイツキを向かわせた」

『艦橋-CIC ――了解です』 艦長(ツナミ)ではなくシオリの声が応じた。

「状況は?」

『――…艦体主要部(バイタルパート)の生命維持機能、火器管制、推進装置に問題なし ……慣性制御システムが機能停止しました』


 ミシマは手元の小スクリーンに送られてきた各部署の被害報告を再度確認する。爆雷片が直撃した04層左舷の他に被弾箇所はなく、もとから不調を抱えていた慣性制御システムが再び故障したこと以外に被害はなかった。が、選りにも選って、また慣性制御システムである……。


「――復旧の目処は?」

『…………』 しばし待たされる。やがて通話器(インタカム)越しのシオリの声が、重い語調で言った。『――まったく立たないそうです……』




7月23日 0835時

        【H.M.S.カシハラ/上部構造体04層 左舷観測室前】


 イツキが〝現場〟に駆けつけたとき、すでに気密の失われていた04層(そこ)には、シノノメが左舷観測室の三重の気密扉を手動で開こうと独りで手回しハンドルを回し続けていた。


 その隣に〝着地〟したイツキは、シノノメの肩を軽く叩いてからハンドルへと手を伸ばした。腕に固定した個人情報端末(パーコム)の操作でイツキであることを確認したシノノメが通話回線を開く。


『――航宙長……中のタツカが応答しない……』 いまにも泣きそうな声だった。


 イツキは彼女に替わってハンドルを回し始めながら言った。

『……わかってる――…呼吸整えて腕の疲労抜いとけ』


 それから二人で交互にハンドルを回し続け、一枚目の扉を開けたところで甲板部からの〝応援〟が到着した。戦術科のユウキ・シンイチ宙尉だった。


 三人で交代してハンドルを回し続け、残りの二枚の気密扉が開放されるまでに5分ほどが掛かった。



 ようやく開いた扉の先には〝虚空〟が見えていた。


 室内の部屋の中程から裂けて千切れ飛んだような有様に、シノノメが放心したように声を震わせた。

『――…タツカ……ウソだよね… ウソだって、言ってよ、ねェ……‼』 


 泣き崩れそうになったシノノメをユウキが支えるようにしてやることになったその横で、遣り切れず視線を逸らせたイツキが()()()()()に気付いたのは、実際には扉が開いてから1秒も経ってはいない。


 観測室内側の気密扉の手すりに()められたフックから伸びた()()は〝命綱(セイフティテザー)〟で、その先の半壊した観測室の天井の隅に黄緑地に黒の意匠――航宙科女子――の戦闘宇宙服が膝を抱えるように丸まって浮いているのをイツキは見つけた。


『艦橋――…こちらハヤミ航宙長。タツカを見つけた……これから揚収(ようしゅう)する――』 床を蹴って宇宙服に近付きながら通話回線で艦橋に状況を伝える。『――艦医(ドクター)に準備するよう伝えてくれ』



 膝を抱える宇宙服(タツカ)の正面からイツキは近付いていったのだが、まったく〝反応〟はなかった。見ればヘルメットの一部に補修材が貼られている。


 ――強打したのか……。そうであれば脳に損傷(ダメージ)を受けている可能性だってある。

 内心の焦りを押し殺して、イツキはタツカの肩へと手を伸ばした。


 ――‼


 次の瞬間、それまで動きの無かった宇宙服にいきなり飛び掛かられた。


《だれ? 誰? …いったい誰⁉ ――生きてる? 私、生きてる? 生きてるんだよね?》


 ほとんど恐慌状態のタツカの声は、無線回線でなくヘルメットの接触によるもの――いわゆる〝触れ合い回線〟――だった。それでイツキは理解した。恐らくタツカの無線機は、ヘルメットが着弾の衝撃を何らかの形で受けて損傷した際に故障してしまったのだろう。


 〝命綱(セイフティテザー)〟で宇宙空間へと放り出されることを免れたタツカは、破れたヘルメットに自ら応急処置を施すと、半壊した観測室の隅に小さくなってイツキらが扉を開けて救出に来るまでの10分弱の間、〝音のない空間〟で待ち続けたのだ。


 諸々の状況を考えれば、それは〝奇跡〟だと言えた。


《俺だ、タツカ… 大丈夫、大丈夫だから……ともかく落ち着け》


 迂闊にもタツカに首っ玉に嚙り付かれたイツキは宇宙(そら)へと一緒に落ちていき、一杯に伸びた〝命綱(セイフティテザー)〟の張力(テンション)艦体(カシハラ)にぶら下がる形になってからヘルメット越しの彼女に言った。少し落ち着きを取り戻せた彼女の手がヘルメットのバイザーを上げる。目が合った。


《――こうちゅうちょう…? ……航宙長~~…――…ふええぇ~ん…》


 普段ツッコミ役に回ることの多いタツカが外聞もなく渾身の力で噛り付いてくるのにイツキは焦った。


《ちょ…っ …ぉおい…――》


 そんなイツキに、涙声になってタツカは言い募るのだ。


《……私、もうヤダぁ…… 絶対に……もう絶対に、宇宙船(ふね)、降りるからぁっ……!》


 イツキはしっかりと受け止めてやりながら、気密扉の傍で動きの止まったままのユウキとシノノメにぎこちなく向いて笑ってみせるのだった――。

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