64:〝隠し玉〟
7月22日 1200時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
戦闘マップ上では、複数の光点――帝国軍艦隊から放たれ、一次加速を終えた軌道爆雷の群れ――が〈カシハラ〉に向かって軌道解析の曲線をなぞるように接近してくる様が表示されていた。それぞれの曲線は艦の運動方向前面を中心とする空間に爆散散布界の幕を形成する軌道を描いている。
最初の推進剤の点火を観測した後、『回廊北分遣隊』が放つ軌道爆雷の数は随時増加していき、最終的に〝46基〟という数字に膨れ上がっていた。
それらによって形成される散布界の幕は、艦が目指す自航軌道船渠〈アカシ〉へ遷移するための加速方向を満遍なく範囲内に収めており、この〝空間〟から逃れるべく回避機動をとれば〈アカシ〉との接近に支障を来たすように計算されている。
弾頭が爆散しスクリーンが形成されるまでの時間は、計算上あと〝16時間53分20秒〟とあった。
「――さすがに隙がないな」
艦橋の艦長席で、ツナミ・タカユキは戦術マップを睨みながら独り言ちるように言った。
〝46基〟という投射数は一見すれば〝有無を言わせぬ〟大量投射ではあるが、実は大加速での回避機動――それは推進剤の消費を伴う――を誘う範囲での〝幕〟の形成を前提にして逆算された数に過ぎないことを〈カシハラ〉の幹部士官らは理解している。
「ああ……」 航宙長のイツキが顔を軽く顰めながら言った。「――これだけ満遍なくばら撒かれると、もう〝普通にやってたんじゃ〟正面に穴を作ろうったって無理だ…… だろ?」
恐らく問い掛けられた当人だろう砲雷長のクリハラ・トウコが、戦闘指揮所から拡声器越しに応じた。
『距離があるから時間はかけられるけど、数が多すぎる…――』 常ながら彼女は正直だった。『――…半ダースも墜とせればいい方だと思う…… 第1特務艦隊と連携して迎撃できれば――』
「――現時点で〝航宙軍の援護〟は当てにしない」 ツナミは砲雷長の言葉を遮った。
『…………』 クリハラは黙った。
ツナミは航宙長を向いて訊く。
「――例の〝隠し玉〟…… 使えるかな……?」
イツキは黙って肯いて返した。それでツナミは今度は副長のミシマ・ユウの方を見遣る。
「使うならいまだろうね」 副長は即座に肯いて返答した。
考えを纏めるようにしばし沈黙したツナミは、やがて小さく頷いた。
「よし……」 ツナミは慎重な面差しの口許が引き締まる。「……やってみよう――」
ツナミは情報支援室の技術長を呼び出した。
* * *
艦橋の指示で〈情報支援室〉のマシバ・ユウイチ技術長が手元に投影された立体映像の中の幾つかのアイコンを操作すると、艦の上部構造体の各処に装備されたレーザー指向装置が、もうずっと捕捉追尾をして交信を維持していた〝隠し玉〟へと次々と〈命令〉を送っていく…――。
4時間後、戦場に異変が生じた――。
先ず、接近する軌道爆雷の後方――『回廊北分遣隊』との間に広がる空間――に、突如として熱源が発生した。
熱源は〈カシハラ〉の針路の後方に数個ずつ現れると、やがて分散していき、一つ、また一つと、それぞれが〈カシハラ〉の進行方向の7時の方位にスクリーンを形成するであろう十数基の爆雷に狙いを定めてそれらの推進線分の後方へと回り込むよう機動する。
それは戦術データリンクによって結ばれた軌道爆雷とそれを統制する帝国軍艦隊との間に割り込む動きだった。
この時点で〝違和感〟を察知した帝国軍の艦長の中の何名かは、自らの判断でパルスレーザによる超長距離砲撃を実施しこれら熱源のうちの幾つかを排除したのであったが、如何せん組織的な対応というわけにはいかなかった。
やがてそれぞれの熱源は、更に小さな熱源に分離して展開すると、濃密な〝散乱砂〟を爆雷後方の空間に指向性を持たせて四散させて〝チャフ回廊〟を形成したのである。これにより〈カシハラ〉前面へのコースに乗っていた軌道爆雷群のうちの何基かは、濃密な〝チャフの雲〟に阻まれてレーザー通信が機能しなくなり戦術データリンクから切り離された。
その結果、少なくない数の爆雷が、帝国軍艦隊からの誘導管制から外れることとなったのだった。
マシバ技術長が起動させた〝隠し玉〟とは、人手による船外作業で〈カシハラ〉の進行方向後方に軌道爆雷を半自律制御の状態で漂流させておくという、いわゆる〝足止めの罠〟のことなのであった。
発射管に次発装填の機能がないのであれば、艦の進行方向に対し後方の宇宙空間に投下して〝機雷〟としてしまえばいい、という発想である。発射管の投射機能による初期加速や艦自体の速度との合成ができないため〝十分な速度の積上げ〟は望めないが、このような用途には十分に耐える使い方であった。
7月22日 1630時 【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/戦闘指揮所】
「――…〈カシハラ〉の〝前方の空間〟に誘導されつつある軌道爆雷21基のうち、目標番号〝253〟から〝266〟まで、13基の後方空間に〝爆散と思しき発光〟を確認。〝チャフ回廊の形成〟と推定されました」
CIC司令部付の管制士よりの報告を受けると、首席幕僚のナガヤ1佐が戦術マップを見下ろしながら口を開いた。
「〝チャフ回廊〟……ですか」 戦術マップの表示によれば、電脳が推定する〝この状況〟の確度は92%とある。「――やはり〈カシハラ〉の仕掛けのようです」
戦術マップの状況の変化にコオロキ・カイ司令は、口元に小さく微笑を浮かべた。
侵入した側が防衛する側に対して積極的に罠を仕組む――。
〈カシハラ〉の側にしてみれば時間を稼ぐことができればよい、という程度のことであるから、この選択肢は悪いものではない。
「〈カシハラ〉の機動はどうか?」
コオロキの問いにCICの別の管制士が応える。
「ハ…―― 回避機動に入りました。チャフにより統制を離れた13基の想定散布界の、さらに外側に機動するようです」
「だろうな」 コオロキは満足そうに頷く。
「データリンクから切り離れた13基分……」 ナガヤ1佐が眉根を寄せながらコウロキを見遣る。「――しかし他の33発で修正されてしまうのでは……」
コオロキが応じる前に、先の司令部付の管制士が再び戦況を報告してきた。
「――〈カシハラ〉の熱量が上昇しました……パルスレーザの照射です」
コオロキは自明のことだというように呟く。「――それは迎撃もするだろう」
「しかし有効域の全てを墜とせますか?」
ナガヤ1佐のその問いに、コオロキは淡々と応える。
「単艦では難しいだろうな」
「では、第1特務艦隊を当てにしていると?」
「首席幕僚……」 コオロキは戦術マップをわざわざ2Dから3Dへと切り替えると、側らの首席幕僚に示しながら言った。「――この状況がそんな〝他人事〟に見えるかね?」
3D投影された戦術マップの中では、接近する軌道爆雷の群れのうちチャフの影響を受けずに済んだ33基が形成し直す新たな爆散散布界の幕の想定域が、徐々に出力されつつある。
「――…こ、これは……」 ナガヤ1佐が舌を巻くように目を見張った。
帝国艦隊の統制下に残る爆雷と回避機動をとった〈カシハラ〉の軌道要素との関係から、新たな爆散幕は第1特務艦隊の前面に形成されると予想されている……。
そんな首席幕僚を横に、コオロキは艦橋の艦長を呼び出すと告げた。
「艦長、艦隊の全艦に伝えてくれ ――〝これより艦隊は〈イスズ〉の防空統制の下、軌道爆雷群の長距離迎撃戦に入る。艦隊針路の正面からすべての爆雷を排除せよ。一発も通すな。日頃の訓練の成果を見せてみろ〟――と…――」
まんまと〈カシハラ〉の候補生らに嵌められた形ではあった。
だがコオロキ宙将補は満足している。どうやら〝教え子〟たちの成長――あるいは元からの素養なのかも知れないが…――は火を見るよりも明らかなようだ。
7月22日 1700時 【H.M.S.ラドゥーン/通信室】
その頃、帝国本星系では――。
エリン・エストリスセンによって〝女王陛下の艦〟の接頭辞を許された〝不死の百頭竜〟ことビダル・クストディオ・ララ=ゴドィ――現在では〝勅任艦長宙佐〟――の〝宙賊船〟〈ラドゥーン〉が、ヴィスビュー星系に繋がる跳躍点を目指し6Gに迫ろうという大加速で航行していた。
この脚自慢の航宙艦〈ラドゥーン〉の素性であるが、元はアデイン連邦宇宙軍のヴェルブンコシュ級小型巡航艦〈チャールダーシュ〉である。旧い設計の艦であったが、その仕事柄、機関部を中心に〝元の姿がわからなくなるほど〟の改造が重ねて施され、星域でも指折りの〝高速艦〟として生まれ変わっていた。
この時点で星系内は王党派が掌握しつつあり、『ベイアトリス王立宇宙軍』所属という航宙管制識別信号を発する航宙艦に敵対的な行動を取ろうという艦艇はなかった。
その〈ラドゥーン〉の通信室で、元〝女王陛下の艦〟〈カシハラ〉主計長アマハ・シホ――現在は皇女附首席武官――は、次席武官のファン・ダウン宙尉から報告を受けていた。
すでに惑星〈ベイアトリス〉からの距離が大きくなっており、タイムラグで直接通話には支障が生じつつあったが、それでもまだ何とか通話が可能なタイミングであった。
「――じゃ、星系間情報伝達システムは機能が停止して、復旧の目途も立っていないというわけなのね……?」
そう言ってアマハは、画面の中のファン・ダウンが応えるまでしばらく待つ――。
『――…………はい。中継基地の制圧を終えたバールケ特務中佐からは、そのように報告を受けております…――』
通話画面の中にノイズはなくクリアなものだったが、さすがにタイムラグのある反応にはイライラとさせられた。もっとも先方の帝国軍人は慣れた様子で、こんな劣悪なテンポの中でもしっかりとした応対をしてみせている。
「破壊工作…か…… 余計なことをしてくれたものね……」
『――……バールケ特務中佐によれば、背後に〝ミシマグループ〟の何らかの関与がありそうだ、とのことです…………』
「そう……」
『――…………調査報告を送らせます……』
微かに顔色を変えた首席武官に、次席武官は気付かぬ振りで応じてくれた。
「……ありがとう―― 殿下の周りについては引き続きお願いする。問題は?」
『――……ありません………… ああ、首席武官………――』
話を切り上げにかかったアマハに、ファン・ダウンがふと気付いたふうに言い添えた。アマハが〝何?〟と訊き返すまでもなくファン・ダウンが笑みを含んだ目でわずかに咎めるふうな表情で言う。
『――現在はもう〝陛下〟です……』
それでアマハは、〝ああ〟というふうに神妙な表情をしてみせ、通話を終えた次席武官が頷いて返すと、画面が消えた。
そう……。エリン・エストリスセンはベイアトリス王家を継いだのだった。
トシュテン・エイナルとの経緯も人伝に聞いている。そのようなときに、お側に居て差し上げることができなかった……。
エリンの心中を想うと、心が痛かった……。
だがその意味では、ファン・ダウンを得られたことは幸運だった。帝国上流階層の出自である彼女は、自分よりもむしろ現在のエリンには必要な力になれると思える。
それはそれとして――、思考を切り替えたアマハは〝それにしても〟と思う……。
星系間情報伝達システム――それは汎星系・超国家が建前のシステムだったはずだが、ファン・ダウンによれば、その社会基盤を〝ミシマ〟が物理的に破壊したという。
――帝都での〝出来事〟がリアルタイムに外部に漏れることを嫌ったのか、ヴィスビュー星系へと移動した青色艦隊の主力を始めとする〝遠方の戦力〟との連絡手段を封じたかったのか……。
ソフトキルに留まらずハードキルにまで及んだ破壊工作を〝ミシマ〟が主導したとは考え難かったが、ひとの思惑はそれこそ〝ひとそれぞれ〟である。
アマハはこの件については報告書を待つことにし、ヴィスビュー星系の〈カシハラ〉へと想いを馳せることにした――。




