表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第4部 そして旅は終わり、物語となった……
58/75

56:〝臆病な者の勇気の声……〟

 七月八日――


 帝政当局(ミュローン)が〝叛乱艦〟と定めた〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は、〝旧ベイアトリス軍艦旗〟と〝エリン第4皇女旗〟とを掲げ、何を憚ることなくコーダルト星系に姿を現(ワープアウト)した。


 〈カシハラ〉は、事前に帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉がもたらしていた『国軍』の戦力配置によりここコーダルトに航宙戦力の常駐がないことを把握しており、また自らの存在を秘匿する必要もなくなったことで、輻射管制(ステルス)を実施することもなく巡航加速で悠々と星系内の航行を始める。



 四日後――


 折よく利用可能な相対位置にあった惑星〈小コーダルト〉の近傍を通過(スイングバイ)する際には、〈カシハラ〉は次のようなことも積極的に行っている。


 小コーダルトの地表に向け、イェルタ星系で受信していた()()――〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈トリスタ〉発の〝エリン皇女のインタビュー動画/マシュー・バートレット編集〟の複写版(コピー)を、今度は自らがあらゆるチャンネルに乗せて発信していったのである。



 同時に、幾つかの情報――〝エリン皇女は連邦(アデイン)を頼る〟〝既に星系同盟との共闘の模索に失敗した〟〝いや、皇女はやはり王党派との接触を望んでいる〟等…――も同時に発信している。〝欺瞞〟のためにである。

 それら〝玉石混交〟の情報は先ずコーダルトの報道(メディア)に拾われ、帝政当局(ミュローン)の検閲に晒されながらも一部は『星系間情報伝達システム』に乗って星域中に拡散していった――。


 やがてこの後、〝エリン皇女殿下の座乗艦〟〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は、星域(エデル・アデン)中の注目を集めることになっていく……。




7月14日 2100時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 帝国本星(ベイアトリス)への玄関口――帝国の喉元――にあたるヴィスビュー星系へと通じる跳躍点(ワープポイント)への進入を前にして、第1配備のかかる〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の艦橋で艦長ツナミ・タカユキ宙佐がこの後のヴィスビューで採るべき行動についてを頭の中で反芻(シミュレート)していた。


 艦橋の天井に吊られたメインスクリーンには当該星系(ヴィスビュー)の空間軌道図が映し出されており、そこには、()()()〝人工の天体〟に関する諸元と計算上の軌道予測位置とがプロットされていた。


 ツナミはそのプロット――コンピュータ()グラフィクス()の描く予想軌道を見上げる。スクリーン上の人工物の諸元には、航宙軍艦籍で〈アカシ〉とあった。



 副長のミシマ・ユウ上席宙尉を中心に練り込んだ『基本行動計画』では、ヴィスビューに於いて〈カシハラ〉が目指すのは同星系に展開して久しい『航宙軍』所有の自航軌道船渠(ドック)〈アカシ〉ということになっている。


 〈アカシ〉は、十三年前の〈第五次回廊事変〉に際し帝政連合(ミュローン)当局の要請によってここ自由回廊北側で最大の結節点たるヴィスビュー星系に展開した軌道船渠(ドック)なのだったが、事変の収束後もその充実した設備を『国軍』を始め帝政連合内の軍事組織が〝有用〟とし、同星系に留め置かれた。


 経済力を背景とした〝オオヤシマの政治・外交〟が『国軍』による接収を(しりぞ)け、このような一種の治外法権を勝ち取ったのはそれほど昔の事ではない。帝国の〝お膝元〟とも言える最重要拠点の一画に星系同盟航宙軍の拠点が存在するのは、そういった理由からである。



「いよいよだな……」

 スクリーンを見上げるツナミに航宙長の席からハヤミ・イツキ宙尉が言った。「――航宙軍はホントに〈トラカル〉から航宙艦(ふね)を分遣してくるかな?」


 星系同盟航宙軍最大の航宙戦力の拠点は、自由回廊の南側――カロリナ星系トラカル泊地に在る。


 星系同盟の有力勢力であるシング=ポラス星系の邦議会議員であるフレデリック・クレークの話では、星系同盟は全航宙軍を『国軍』の指揮下に委ねることはせず、国防委員長の直属に特務艦隊を編成し〈カシハラ〉と接触する道を選んだという――。

 そして議員は〝特務艦隊はヴィスビューを目指すハズだ〟との()()を残して(カシハラ)を去っていった。


()()()()()()()()、少しは期待値(オッズ)も下がってくれるんだがな」 と微笑と共に肩を竦めてみせるツナミ。


 確証はない。だがツナミとしては〝そうあって欲しい〟と期待はしている。


 そんな、気負いなく応じることのできるツナミを、イツキは頼もしそうに見遣って言った。

「さすが……〝お姫さんの艦長殿(勅任艦長)〟はどうにも言うコトが違うねー」


「――だから、それは〝不敬〟だぞ」 そのイツキの軽口を窘めたのは、艦長(ツナミ)ではなくその側らに立つ副長のミシマだった。


 ミシマはそう言うとそれ以上は何を言うでもなく、チラと艦橋の別のスクリーンを見遣る。そこにはコーダルトのメディアが〝エリン皇女殿下のインタビュー動画〟を二次利用して作成したコンテンツが流れていた。


 そこに映る皇女の表情はとても落ち着いており、時折浮かべて見せる笑みも、戸惑い逡巡する表情も自然体で、それに目に留めたミシマは得心し安堵するようにわずかに目を細める。


 それも一瞬で、副長(ミシマ)跳躍航行(ワープ)直前の艦橋に次々と指示を飛ばしていった――。


 ツナミは、そんな副長に艦橋をしばし任せ、ヴィスビューでの〈アカシ〉へのアプローチの仕方を考え始める。



 イェルタ星系でエリン皇女殿下に付き従って(カシハラ)を下りた法曹の学徒、ガブリロ・ブラムからは、星域法の観点から2つのことを事前に言い含められていた――。


〝一つ、〈アカシ〉近方2万2千キロメートル以内に速やかに接近し機関を停止すること〟


 ――確たる法的根拠こそないものの〝慣例〟に照らし星系同盟は()()を〝領宙〟と主張し、帝政当局(ミュローン)もまたそれに準じて扱っていた。

 従って〈アカシ〉〝領宙〟に入り〝投降する〟ことができれば、星系同盟が『庇護権』を発動する可能性は高かった。それは確実な話ではない……が、現状、〈カシハラ〉が(たの)む情況としてはこれに賭ける以外にない。



〝一つ、〈エリン第4皇女旗〉は、少なくとも『戦闘行為』の直前には降ろすこと。〟


 ――既に〈トリスタ〉に移乗したエリン・エストリスセン皇女殿下の座乗を示す〝皇女旗〟は、少なくとも〝掲げる〟ことに法的な問題はない。というより、戦闘行為の開始時に〝国籍を示す外部標識〟(実際には敵味方識別装置(IFF)の国籍信号)が自国の物であることこそが問題とされるわけで、将旗や皇族旗の扱いに関してはその限りではなかった。


 しかしながら今回の事案(ケース)に於いて、〈カシハラ〉は〝不敬罪〟を問われる可能性があった。

 航宙艦艇のマストに旗がはためいていようがいまいが宇宙での戦闘に於いては確認のしようなどないが、仮に接舷攻撃支援機が()()を視認した場合、艦長以下士官は罪を問われるかも知れないというのだ。


 ――ガブリロは〈カシハラ〉離艦に先立って『基本行動計画』について星域法の見地からの助言(アドバイス)を求められていた。


 その際にはこのような心配事をしてみせた上に、名残惜しそうともとれる表情(かお)になって『助言者(アドバイザ)』として艦へ残留してもよいと申し出ている。


 自分のように星域法に通じた者が艦内に一人は居た方がよいのではないのか、と……。



 その申し出をツナミとミシマは丁重に断った――。


 ガブリロの言には確かに一理あり、彼の同道が〈カシハラ〉にとって有用な局面もあるとは思われたが、彼のその知見は帝国本星(ベイアトリス)に入った後のエリン皇女殿下にこそ必要だろう、というミシマの主張にツナミも同調したのだった。



 帝国本星(ベイアトリス)に降り立てば、皇女殿下(エリン)の周囲には無論多くの〝法学の権威〟が(かしづ)くことになるだろう。が、権謀術数が常のミュローンの王宮である。それらしい後ろ盾をほとんど持たぬ皇女に、体制の側にある〝賢者〟たちがどう接するかは予断を許さなかった。


 その点、皇女(エリン)留学先(シング=ポラス)から連れ出した当人であるガブリロ・ブラムは、言わばエリンとは〝一蓮托生〟の立場と言えた。


 夢見がちな自称『革命家』のこの男が、〝悪い男〟ではないのは先刻承知している。法学者としての倫理観も能力も、そして本来の人格も信頼できた。エリンを法的に助言するのに、最も適すると安心して送り出せる――この一ヶ月の航宙(たび)()()()()()――男である。


 それに…――〝得意分野(法学)〟以外の彼には見るべきものはなく、(カシハラ)に残ったところでむしろ他の乗組員(クルー)の負担増となることはほぼ確実であった。


 ガブリロもまたそれを承知しており、それ以上食い下がるようなことは言わずに黙って肯いた。



 ガブリロ・ブラムの如何にも知識人(インテリ)然とした神経質そうな顔を思い起こし、ツナミはふと口許を綻ばす。ちゃんと皇女殿下を補佐できているだろうか、と――。




 そんなツナミの耳が、跳躍航法(ワープ)を控えた艦橋の各管制士(オペレータ)の状況を確認・報告する声を拾った。それで我に返ると、側らに副長(ミシマ)が最終報告を上げるべく直立していた――相変らず〝絵になる男〟だ。


 副長(ミシマ)によって纏められた報告に応え、ツナミはヴィスビューへの跳躍(ワープ)を命じた。





 * * *




 一方その頃――。


 旗艦〈タカオ〉以下――

 モガミ型〝標準仕様〟の〈クマノ〉〈スズヤ〉、

 同〝防空中枢艦仕様〟の〈イスズ〉、

 同〝雷撃管制艦仕様〟の〈キタカミ〉、


 それに高速艦隊補給艦〈マシュウ〉――からなる『第1特務艦隊』は、コオロキ・カイ宙将補指揮の下、六月十七日〈トラカル泊地〉を抜錨、情報収集を行いつつ自由回廊を北上している。



 『第1特務艦隊』は事実上の〝独立遊撃部隊〟である。――統合作戦本長の直接指揮下ということで艦隊本部から切り離されており、自らの作戦行動を保証される存在となっていた。


 その独立部隊は現在、スプラトイ星系内を4パーセクの重力流路(トラムライン)で隣接するコーダルト星系への跳躍点(ワープポイント)目指し航行中である。――すでに〈カシハラ〉に遅れること約3日にまでその行程を詰めていた。




7月14日 2200時 【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/戦闘指揮所(CIC)


 CICの中のコオロキ宙将補は、星系(スプラトイ)内の『星系間情報伝達システム』に乗って星域中に拡散しつつある〝皇女へのインタビュー〟とされる動画が再生されているスクリーンに目線を留めていた。

 画面の中の少女は十八歳という年齢にしては〝大人びて〟いる。そしてその〝語り様〟は明晰でありながら無感動なものでは決してなく、高貴さと愛敬の念を併せて伝える表情が印象的であった。


帝政連合(ミュローン)は揺れるでしょうね……」 首席幕僚ナガヤ1等宙佐の声だった。


「――皇女殿下のお父上は自由星系自治派の宥和主義者だそうです。帝室(ミュローン)の姫君が自らの出自の体制を否定するわけですから『連合(ミュローン)』は立場がないでしょう…… 星域各地で反体制(ミュローン)のデモなり抗議運動が広がりつつあるようです」


「……皇女殿下は体制(ミュローン)そのものを否定してはいないようだが?」 コオロキは、そんなしたり顔のナガヤ1佐を遮った。


 若くして航宙軍きっての有力艦で構成された独立艦隊の首席幕僚という立場にある彼は、〝困ったものです〟と言いたげな表情を浮かべてみせた。


「――言葉に窮してしまったのでしょう。〝正しいメッセージ〟だけを読み上げればよかったのです。だが、あの年頃の少女にはそれが難しい……」


 そう言って心底同情しているように肩を竦めて見せた年若い軍人エリートをコオロキは見返した。我が首席幕僚はインタビューで語られた皇女言葉の内、冒頭で語られた体制批判の部分だけでその評価を終えてしまったらしかった。


 ――皇女は与えられた原稿を読んだだけだ……、と。


 コオロキにはとてもそうは思えなかった。



〝臆病な者の〈勇気の声〉を拾い集める〈器〉です……〟


 そう言った彼女の瞳には〝信念を持つ者〟の持つ光が宿っている、と感じた。……それに、決して上手には嘘のつけない者の目だとも思えた。



「貴官は楽観的だな」 そう言って首席幕僚を見遣る。


 ナガヤ1佐は怪訝に小首を傾げた。


「…………」

 そんな首席幕僚にコオロキは思う。(ナガヤ1佐)のような雄弁な男は、皇女の言う〝臆病な者〟に含まれないだろうな、と。



 ――確かにこの皇女には、ナガヤ1佐のようなエリート層の期待に()()()()()、ということは難しかろう……。


 情報幕僚の分析によれば、この〝反体制〟の動きは〝(くだん)の動画〟の広がりに沿って星域(エデル=アデン)各地の学生を中心に若年層の間で広がりを見せているという。


 コオロキ宙将補は半ば以上確信めいたものとして想う――。この〝皇女へのインタビュー〟とされる動画が引き起こしつつある、或いはこの後引き起こすであろう〝大きなうねり〟が、帝政の体制(ミュローン)のみならず我ら『星系同盟』のそれをも含めたものとなるだろうことを……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ