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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第4部 そして旅は終わり、物語となった……
57/75

55:誤算

 星系間情報伝達システム――。


 この時代人類は、次元波動反応炉を備えた航宙船舶が炉内の〈タンホイザーゲート〉を開放することで重力流路(トラムライン)を利用する『跳躍航法(ワープ)』を除き、〝光速を超える移動・通信の手段〟を(つい)に手にすることはできなかった。


 であれば、その船に情報媒体を乗せ目的地へ跳躍させることで情報を伝えることが、最も効率的な〝超光速通信〟となる。――いわば超光速の飛脚便である。


 つまり航宙船舶の跳躍(ワープ)による移動が、情報の伝達速度の上限ということであった。


 この機能――〝航宙船舶と星系基地局による情報発信のネットワーク〟――に特化した汎星域規模の超国家システムが『星系間情報伝達システム』である。



 その伝達システムに乗った一本の動画は、徐々に自由回廊から周辺の星系へと拡散していった。


 『国軍』による情報統制下にあってそれが起こった背景には、星域内(エデル・アデン)の『星系間情報伝達システム』の維持管理を一手に握っているのが〝ミシマ〟であるという事実を無視できない。


 情報本部は、星域各所の維持管理(メンテナンス)を請負う情報サービス関連の会社に、少なくない数の身元の怪しい〝技術者〟が出入りしている事実(こと)を把握しており、それらの多くに〝ミシマの影〟を疑っている――。


 つまり、表向きシステムの入出力を『国軍』がいくら検閲したところで、〝裏口〟から〝反体制のシンパ〟によって直接の〝やり取り〟をされてしまえばどうしようもない、という懸念が顕在化したというのが情報本部の見立てであり、おそらくそれが〝実情〟であった……。



 ()()()()()()()()()()不正規(イレギュラー)な情報の流入出について、その全ての伝送経路(チャンネル)についてを完璧に防御する手立てなどなく、拡散を止めることはできなかったのだ。


 この巨大社会基盤(インフラ)に関する特定企業の独占状態は永く危惧されてきた問題であったが、現体制にとっては、当に危惧した通りの奇禍を招くことになったわけである。



 そして――。

 非常事態宣言を受け事実上『国軍』の軍政下に置かれていた諸星系では、この動画の拡散と歩調を合わせるよう学生を中心に情報の統制に抗議するデモが拡がっていった――。


 一方、当の『国軍』内部にも、事態の初期から既に〝動揺〟とも取れる反応が現れている。


 ――後主エリン・エストリスセンが、なぜ航宙軍の(ふね)で逃げねばならないのか?



 『国軍』の将兵は、自らが戴く体制(ミュローン)の主家筋の姫君から〝信ずるに足らぬ〟との厳しい言葉を突きつけられた事実(こと)を知った…――。


 これは、自ら実施する情報統制の下で十全な相互連帯を図ることのできない星域各地の『国軍』将兵にとって、想像以上に重い〝事実〟となる……。


 組織の中に、上層部による権力闘争の疑念が拡がっていく――。とくにその存念は中級の指揮官に多かった。



 それは帝政当局(ミュローン)にとっては完全に誤算であった。


 情報を分断・統制するのに、当局は情報媒体(メディア)通信基盤(インフラストラクチャ)の完全な遮断は避け徹底した管理選別をもって臨んだ――どの道、完全な遮断など不可能事ではあったが――その〝ミュローンの良識〟が裏目に出た例と言えた。


 軍の中枢を担う中級指揮官ら中核層に潜在的な上層部への不信が有れば、上意下達による情報統制は機能するであろうか。


 現に〝ベイアトリス王党派〟の指揮系統においては、この上意下達の情報統制は現場の消極的な対応によって成果を目に見えて減じていっている――。


 一部の〝王党派〟軍閥の指揮系統に到っては、(くだん)インタビュー動画(コンテンツ)を含む情報源をむしろ積極的に星系の内外へと拡散させた節があった。



 この〝内憂〟の高まりが、『国軍』…――ひいては〈帝国(ミュローン)〉を、静かに、しかし大きく揺さぶることになる……。




7月14日 1520時

         【帝国本星ベイアトリス帝都/政府宮殿 第一人者執務室】


 帝国本星ベイアトリス――『帝都』――。


 中央の広大な面積を占める〝皇帝の居城〟――『宮城』に隣接して〝国権の最高調整機関〟たる帝政連合政府の庁舎――『政府宮殿』はある。


 その執務室で、帝政連合政府の『第一人者』にしてこの部屋の主たるフォルカー卿は、午後の雨を窓の外に見やりながら、直前に受けた報告の内容を訊き返していた。



例の艦(カシハラ)が発見された?」


 それは聞きようによっては間の抜けた感さえあったが、フォルカー卿としては〝遅すぎた〟その報告に、軽い苛立ちを押し殺し、敢えて確認するしかない、ということなのであった。


 その心境を理解できる筆頭秘書官のアブラハム・ボー・トゥーレソンであったが、その事務的な口調を崩すことはなかった。


「イェルタ星系でした―― コーダルトへの跳躍点(ワープポイント)を目指しているようです」


 フォルカー卿は窓外の暗い景色から目線を動かさず、背中越しに秘書官(トゥーレソン)に訊く。


「なるほど……ではコーダルト-ヴィスビューと辿ってベイアトリス、か――」

 静かな、まるで独り言ちるような言い様だった。「――〝ミシマ〟が伝え(リークし)てきた分析とも合致するな」


 そんな『第一人者』に、トゥーレソンは手元の情報端末(パーコム)に目を走らせつつ応える。


「――それはわかりません ……分析に当たった情報本部は、ヴィスビューから連邦(アデイン)を頼る、という選択肢は排除しきれないと言っています」

 次の報告事項は、少しだけ言葉にするのを躊躇った。「――また、〝(くだん)の動画〟でも、そういった可能性を匂わせる部分があります」


「〝(くだん)の動画〟か……何とも面倒だな」 低い語調で、フォルカー卿は背中越しにトゥーレソンに訊く。「――(けい)は〝あの動画〟を観たか?」


「……観ました」

「どう思った?」

「やはり皇女殿下なのではないか、と」


 トゥーレソンは動画の中の少女の聡明な瞳を思い起こして言った。「――少なくとも〝|マイクを受けていた女性インタビュイー〟はミュローンであることに間違いはないと思いましたが」


「そうか……」

 フォルカー卿はそう言うと、徐に室内の執務机の上に視線を戻した。


「――()()()()()()を感じますか?」 トゥーレソンは訊いた。


「この宇宙に〝何らの作為のないことがある〟ということを信じられなくなってしまってから、もう随分と経つ……」

 そう、肯定の微笑を浮かべ『第一人者』(フォルカー卿)は言った。「――ともかくこれを無視することはできない ――本国艦隊に大型艦を動かせる部隊は?」


 事態がここに至れば、フォルカー卿の率いる〝保守派連合〟に余剰の戦力はほぼ無いと言ってよかった。――状況が収束を見ずに長引いたことで星域全域に戦力を展開させ続けねばならなくなり、相対的に『国軍』の中の〝保守派連合〟の戦力は()()()に不足することとなっていた。


 フォルカー卿のその言に、トゥーレソンは応えた。


「――『青色艦隊』の後備戦隊を残すのみです」

「アルテアン少将の部隊か…… 選りにも選ったな……」


 ミュローンの最有力家門の出自ということ以外、取り立てて語られることのないその指揮官の名に『第一人者』は自嘲の色を浮かべ続けた。


「――仕方あるまい…… 現有の『青色艦隊』から半数ほどを引き抜いて叛乱艦の制圧と皇女殿下の救出に当たらせる」



「……よろしいのですか?」


 アルテアン少将の部隊は、現状では〈帝国本星系(ベイアトリス)〉の最終防衛線に配置された〝最後〟の艦隊――〝帝都(Imperial)上空の(High)護り(Guard)〟である。トゥーレソンが確認すると、『第一人者』は無理を押して〝不敵な〟表情を作り言った。


「私にはもう〝魔法の壺〟はない…… ――だが、この艦(カシハラ)は正直捨て置けまい…… エリン・エストリスセンを放っておけば、(ほつ)れが一気に綻びるぞ」


 そんなことを言う『第一人者』の顔には、〝後悔はとうに済ませており、足りていなかった覚悟も、いま決まった……〟と書いてあるようだった。


「――わかり(Yes,)ました(My Lord.)……」

 トゥーレソンは一礼して執務室を後にした。




7月14日 1830時 【帝国軍艦(HMS)エクトル/第一艦橋】


「――これが例の叛乱艦か……」


 艦の〝指揮中枢〟中の中枢部である第一艦橋の艦長席で、ラルス=ディートマー・ヴィケーン帝国宇宙軍(ミュローン)大佐は手元の補助情報スクリーンに映された航宙艦の諸元を検めていた。


 つい2時間ほど前に参謀本部を介し『政府宮殿』から届いた指令で、()(ふね)に〝拉致監禁〟されたエリン・エストリスセン皇女殿下の救出、及び()()()()()()()()()()()()()()()についてを伝えられていた。


 添付の資料の中にある『練習巡航艦(カシハラ)』は、一見して――オオヤシマ=航宙軍の好む――〝ごく常識的な(普通の)高性能艦〟である。


 ――3パーセクの跳躍性能。2G加速……実際には2.8Gを発揮可能。


 これを追い〝()()をつける〟のに〝帝都(Imperial)上空の(High)護り(Guard)〟の半数を割く、という……。


 ヴィケーン大佐は内心に広がっていく疑問に溜息を飲む――。



『司令官閣下が艦橋入室されます――』

 通話回線から、艦橋入口に立つ宙兵の声が飛んできた。


「――(くだん)の叛乱艦にいよいよ討伐令が出た ……私が直卒するぞ!」


 背後のドアが開くと同時に、高揚した、やや神経質そうな声が艦橋に響いた。「――指揮下の艦艇のうちからどの程度を出せる?」


 声と共に入室してきたのはベイアトリス-エストリスセン家と並ぶ『ミュローン二十一家』の雄、アルテアン家の次期当主である。


 ポントゥス・トール・アルテアン少将――。まだ三十四歳という若輩のこの男が『国軍』に三つある基幹艦隊のうちの『青色艦隊』の将官の一人という地位にあるのは、無論実力ではなく『二十一家』内の政治力学の結果である。……現体制ミュローンの弊害の一例であった。



「現在、皇女殿下救出を〝第一〟とした編成を進めております ――まだ〝討伐〟の段階ではないと存じますが」

 ヴィケーン大佐は席を降り背後の声の主を振り見遣ると、完璧な動作の敬礼で迎えた。「――閣下(My Lord.)


「何を言っている、大佐? エリン・エストリスセンは、所詮は庶流の女でしかないのだよ」


 言外に〝救出など不要〟と、そう言って憚らないアルテアン少将の顔は、(まさ)に傲岸不遜を絵に描いた〝ミュローン貴族〟そのものの顔であった。


 正しく帝国軍人(ミュローン)であろうとするヴィケーン大佐ならずとも、居合わせる旗艦艦橋の少なくない士官らの眉を曇らせる。が、アルテアンは構わず続けた。


「――いまは時間こそが惜しい。補助艦艇は後続させ、動ける有力な(ふね)から順次進発させればそれでよい」


 その何とも短絡的な指示に、ヴィケーン大佐は苛立ちを抑えるのに苦労する。栄えある〝青色艦隊〟少将の顔を、反射的に見返していた。



 基幹艦隊やそれに準ずる規模の艦隊には相応の補助艦艇――〈艦隊補給艦〉〈通報・哨戒艦〉〈工作艦〉等――を随伴させるものだが、これは決して些末なことではない。


 例えば〈補給艦〉について語るならば――。


 航宙艦にとっては『推進剤』を始めとする各種の『反応剤』の残量こそが、作戦行動を担保する原資である。航宙艦を戦場で集団運用する艦隊指揮者にとって、指揮下の各艦の『反応剤』の収支に目を配り必要な補給を保証することは責務である。そのために艦隊指揮官は必要十分な〈補給艦〉の配備とそれらの円滑な運用とを計画しなければならない。


 また〈通報・哨戒艦〉に着目するのは、航宙艦を指揮する艦長たちにとって跳躍(ワープ)直後の無防備な状態ほど嫌なものはないからである。待ち伏せを受ければどれ程強大な戦力を誇ろうとも一瞬で宇宙(そら)の藻屑となりかねない。航宙艦戦闘とはそんなものだ。


 それを恐れ、複数の航宙艦で艦隊を組んでいる場合には、跳躍(ワープ)の際には先ず先遣艦を遣わして状況を確認したうえで後続艦を送り込む、という段取りが常識であった。


 加えて、戦況を他星系に展開する友軍のもとに伝えるには〝航宙艦艇の飛脚便〟という手段に頼らざるを得ないのである。十分な数の通報艦が用意されて然るべきであった。



 航宙艦戦闘の基礎(イロハ)を学んだものであれば、そのようなことは自明である。

 ――少なくともヴィケーンやその周囲の帝国軍人(ミュローン)にとってはそうであったのだが……。




「閣下――」


 さすがにヴィケーン大佐は意見すべきかと口を開きかける。が、やはりそれをアルテアンは遮った。


「――一刻も早く、身の程を知らぬ小娘と同盟の鼠どもを捕らえるのだ 艦長…――我らの面目が掛かっているぞ」


 不健全な昂揚感を抑え切れずにそう命じる提督に、ヴィケーン大佐はもう何も言うことはできなくなった。


 ――〝我ら〟ね…… そうではなく〝()()()()()〟の面目だろうに……


 だがここで忠言に及んだところで、〝提督〟の不興を買って旗艦艦長の任を解かれるだけだろう。艦隊の作戦行動に何ら変更のないことは明らかだった。


「……仰せのままに、|閣下《Yes, My Lord.》」


 ヴィケーン大佐は静かに応じると、自らが指揮する『青色艦隊』後備戦隊旗艦、帝国軍艦(HMS)〈エクトル〉の発進準備を命じた。


 少将の幕僚ども――その多くが少将の個人的な〝取り巻き〟である…――が、司令部を通じ星系全域に散っている艦隊の一部の艦に向け命じる。


〝――指定された艦はヴィスビュー星系へ繋がる跳躍点(ワープポイント)に向け、速やかに軌道遷移加速の準備をせよ〟、と。



 ほどなくして戦艦〈エクトル〉以下、中型戦艦1、大型巡航艦2、巡航艦4、艦隊駆逐艦1をもって急遽編制されることとなった『回廊北分遣隊』の各艦から、〈エクトル〉艦長宛てに状況の説明を求める電文が集まってきた。


 状況説明を分遣隊の司令部にではなく、旗艦艦長に求めて来ざるを得ない僚艦の艦長らを思い遣ると、ヴィケーン大佐は暗澹たる気持ちになるのであった。

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