表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第3部 艦を取巻く人々、その思惑
52/75

50:だから言えた――。

7月5日 1130時 【H.M.S.カシハラ/指令公室】


 ミシマ・ユウは、エリン皇女殿下のその視線を逸らした横顔の表情を、この先ずっと忘れないだろうと思った――。


「……理解はしました」

 抑制の心許なくなった声音でそう言うエリン・エストリスセンの横顔は、ミシマが初めて見る彼女の表情だった。


 その表情の意味を確かめたいと思う自分と、それを未練と嗤う自分、二つながらが(うち)にある自分を抑制(コントロール)してミシマは言う。


「これが、()()が受け入れるべきと判断した〝最善手〟です――」

「…………」

 エリンは口を噤んでいる。


「どうして……?」 ずいぶんと待たされて、ミシマは彼女のその問い掛けを聞いた。

「どうして()()だったのです?」

「――いまこの機会(タイミング)しかなかったからです……」


 ミシマは用意しておいた解答(こたえ)を、すらすらと淀みなく言ってのける。


艦内(カシハラ)の〝意思の統一(おおそうじ)〟に思いの外時間を取られてしまいましたので ――キールストラ大佐は信じるに足ると判断しました。その彼の〝盟友〟であるイェールオース閣下も、信じるべきというのが私とツナミの判断です」



 ミシマの意気地のない回答に、精一杯に意地の悪い言い様で、彼女は返した。

「それが…… 貴方の〝切り札〟というわけですか……?」



 ――怒っている……。


 溜息を漏らすミシマ自身、彼女の質問に応えていないことを解っていた。


「…………」

 苦しい沈黙に負け、ミシマは口を開いた。

「私は、オオヤシマの――ミシマの家の男子(おとこ)として、貴女を利用しようと……いえ、はっきり言いましょう―― 貴女の弱った心の内に付け入ろうとしました…… 貴女の見ていた一面(かお)は、たくさんの嘘の中の一つでしかありません……」


「…いまさら…っ――」 それが、今度こそ本当に彼女を怒らせた。

「――それならば……貴方はもっと上手に……最後まで嘘をつくべきです! (いえ……)――…でした‼」



 最後の終止(フレーズ)を過去形で言い直されたことに、少しばかり心が痛む――。

 彼女に終止を言い直させたのは、これで二度目だ……。



 そんなふうに彼女を見遣るミシマの視界の中で、エリンは面を上げ、はじめて目線を真っ直ぐに向けてきた。


「――貴方はまるで臆病な獅子(ライオン)です……自分の〝弱さ〟や… いえ……〝優しさ〟に素直になることができないで、いつだって〝求められた強さ〟を見せようとして……自分を偽って! いったい何をそんなに怖れているの⁉」



 ――それは貴女も一緒でしょう……。


 いや……そうか、貴女はもうそんなものに囚われることをやめたいと、そう言っているのですね……。

 そうだ……。

 もう少し僕が強ければ…… いや、自分に素直になれていたら――



 次のその言葉の連なりは、思いの外に素直に口にできた。


「――貴女に……()という〝嘘〟を咎められてしまうことを……」

「……!」


 そのミシマの変化に、エリンがわずかに目を見開くように見返した。やがてその表情が、満足するように、そして何かを〝期待〟したように和らいでいく……。


 口にしてしまえば、もうそれで楽になることができたことなのにと、ミシマはそんなふうに思って内心で嗤いながら言葉を継いだ。


「でも、変だな……」 もう〝体裁などないな〟と、素直な言葉を選んでいく。「――実際、こうして言われてしまうと、実はそんなことはどうでもよかったことのように感じます……」


 自分の言葉で、自身の内を確かめるように続ける。


「これ以上、嘘を吐けば、僕は自分で自分を許せなくなる――そんな僕を、貴女は好きでいてはくれないでしょう」



 そうしてミシマは、真っ直ぐに皇女の瞳を見返して、ついに言った――。


「僕は貴女を愛してしまいました」


 真っ直ぐに皇女を向いて気負いなくそう言うことができたことに、ミシマは満足することができて、自然に微笑んでいた。それは寂しい微笑みでもあって、向けられたエリンもまた同じような笑みを返すばかりである。



 ――まるで〝合わせ鏡〟だな……僕らは……。


 僕らは、初めて出逢ったときから、互いに似ていると強く感じていた。

 貴女は、僕が出会うことのできた、魂の片割れ……だったのだろう……。

 だからかな……意識し過ぎてたな――



()()()()()です……」 ミシマは投げ遣りには聞えぬよう、精一杯に誠実さを込めて言った。


「――偽りなく言えば、その〝()()()()()を守り切れないからです」



 情けない奴と自分を嗤うことはできたが、でも彼女になら、そんな自分を曝け出してもいいと、そう思えた。


 だから言えた――。


「ですからいま、この機会(タイミング)で現れた〝切り札〟に(すが)るんです…… ――貴女に……()()()()と僕の友人たちを救ってください、と」




 言われた方のエリンは、それで初めて〝満ち足りた〟と思えていた。


 彼の言葉に何が変わったという訳でもない。

 ――最初に〝理解〟した現実を覆すような〝何か〟は何もありはしない。

 むしろ、現実が確かな重みをもって二人に決断を迫ってきていた。



 それでも、聞けないでいたよりも、ずっといい……。

 それが聞きたかった言葉だったから……と、エリンには素直に思えたから……。

 彼の素直な感情(ことば)を聞き、彼に〝求められた〟という実感があったから。

 それがあれば、この先の自分の決断を後悔せずにいられる……そう思えたから。



 だからエリンは落ち着いて、笑顔になって応えることができた。


「…わかりました――」


 ――と……。



 やはりそれは、それ以上の言葉にはできないくらいの、哀しい笑顔だったけれど……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ