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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第3部 艦を取巻く人々、その思惑
51/75

49:〝手筈通り〟

7月5日 1100時 【H.M.S.カシハラ/通信室】


 帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉艦長ガブリエル・キールストラ大佐からの光通話(コンタクト)を〈カシハラ〉側は艦長のツナミ・タカユキ宙佐、副長ミシマ・ユウ上席宙尉、機関長のオダ・ユキオ技官の三人で受けた。――この段階でエリン皇女殿下に直接接触させるわけにはいかない。


 別室に控える通信長シュドウ・ナツミ宙尉が指定されたシグナリング(SS)プロトコル()で〈カシハラ〉の光送受信機の光軸の調整を終えると、通信室のスクリーンにはミュローン貴族の端正な貌が現れた。


 艦長同士の定型(おきまり)の式礼の交換を終えるや、キールストラ大佐は帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐の〝録画紹介状(ビデオメッセージ)〟を転送してきた。


 通信長が模造改竄の可能性を精査し、アルセ大佐からのものにまず間違いないのを確認するや――実際には録画の中のアルセの語る内容が第三者に知り得ぬものだった時点で――〈カシハラ〉側はキールストラ大佐を信用することにし、彼の盟友カール=ヨーアン・イェールオースより授かってきたという〝解決策〟を聞いた。



 ――15分後……。


 スクリーンの先で軍事技術者(軍事のプロ)の表情を崩さず返答を待つキールストラ大佐を前に、ツナミら三人は〝決断〟を迫られていた。



「なるほど……」 年長者のオダが先ずは意見を述べた。「――現状で望める〝最良の()〟ではないでしょうか、コレは」


 キールストラの言う〝解決策〟は、現実的な(プラン)の中では最も望ましい結末を得られるものであった。彼らは『王党派』であり、エリン皇女殿下の身体と尊厳とを保障すると言っている。


「最もリスクなく〝成功〟を見込める手でもある……」 ツナミも同調した。「――だが、これに()()のならもう急がなければ……」


 ツナミはスクリーンの中のキールストラ大佐を見て、それからミシマを見遣って言った。

「この場で決を採る」


 ツナミは自らの右手を軽く掲げながら言う。

「殿下の御身を帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉に預けることを『了』とする者は――」


 オダが小さい挙手で応じる。一拍を置いて――未練を断ち切るような表情(かお)を一瞬した――ミシマが続き、反対者なしの全員一致となった……。



 スクリーンの先で待つキールストラ大佐に、ツナミが〈カシハラ〉として〝解決策〟を『了解』した旨を伝えると、ミュローンの大佐は敬礼とともに消えた。


 その後ツナミはミシマに向き直ると、敢えて事務的な語調で言う。

「――エリン殿下には貴様から伝えてくれ ……俺も主計長(アマハ姐さん)も、艦内の整理で忙しくなる」


 そしてミシマの返答を待つことなく、ツナミはアマハと艦橋のイツキとに連絡を入れている。



 これは感謝すべきことなのか、それとも貧乏くじを引かされたと思うべきことなのかと――割と真剣に――迷った末に、ミシマは幾つかの方針をツナミに伝達し、敬礼してエリンの許へと急いだ。


 これをやり終えてしまえば、おそらくもう彼女と会うことはないだろう……。ミシマには、そんな確信めいたものがあった。




7月5日 1105時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 イセ・シオリは艦橋の主管制卓で〝拘束〟された。

 艦橋に定位置を持たないアマハ・シホがミュローン宙兵隊を伴って艦橋に入室したときには、彼女にはもう、そうなることが判っていた。


「シオリ……」 何事かと成り行きを見守る艦橋の乗組員(クルー)の視線の中、アマハは静かに言った。「――わかっているね」

「はい……」


 彼女は泣きたいような表情だったが、それでも気が楽になったように微笑んで応えた。


 シオリが席を立ち管制卓から離れると、アマハは複合スクリーンを操作して小窓にマシバ技術長とシュドウ通信長を呼び出し、ただ頷いてみせた。二人は黙って了解した。


 二人は副長の指示でクレーク議員と関わりを深めていたイセ・シオリ主任管制士の内偵を進めていた。


 通信長のシュドウは外部との通信内容を幾つかシオリにリークすることで彼らに近付いた。

 マシバ情報長はシオリの扱う通信操作の全てを監視追跡し、彼女とクレーク議員の周辺の情報に統制(コントロール)をかけていた。


 すべてが副長のミシマ・ユウの描く筋書きのうちだった。



 艦橋を預かるイツキは一部始終を見届けると、シオリを連れ艦橋を出るアマハに小さく頷いて、二人を見送った。それから艦内通話機で、必要な艦内の各部署に指示を達していく。



 ミシマの〝手筈通り〟に事は進んでいく――。


 成り行きとはいえ同期のイセ・シオリのあんな表情(かお)を見れば、正直、ミシマの全てを手放しには〝好きになることのできない〟自分がいる。


 だがそれと同時に、自ら画策したことに結局は(やつ)れていくミシマという男を身近に見ていては、複雑な思いを抱かざるを得ない――単純に嫌いになれる男ではなかった――のも確かだ。


 イツキは、いまは目の前の障害を一つ一つ取り除いていくことに専念することにして、自分を納得させていくことにするのだった。



 * * *



 戦術科士官ユウキ・シンイチ宙尉は、自室のベッドの上で拘束された。

 軍属扱いの機関士ソウダ・シュンスケ技官は、機関室で拘束されている。


 そしてフレデリック・クレーク〈シング=ポラス邦議会議員〉もまた、自室で拘束された。





7月5日 1130時 【H.M.S.カシハラ/保安部 警務待機室】


 フレデリック・クレークは、自室で寛いでいたところをミュローン宙兵隊によって拘束されると其の足で警務待機室へと連れてこられた。一切の抗議を受け付けぬ訓練された屈強な帝国(ミュローン)宙兵隊員に、更に奥の小さな部屋へ入るよう促される。


 いわゆる尋問室か何かだろうと漠然と思って扉を潜ると、果たしてそのイメージ通りの狭い部屋の中には先客が一人いた。

 小さな実務机を前に座っていたのはキャプテンコートを羽織ったツナミ・タカユキだった。


〝あなたは〝軍〟というものを知らないでしょう――〟


 ――そうだ……、ミシマ・ユウが言っていた……。


 〝同期というのは、結束は固い…… 社会的名門校(アイビーリーグ)しか知らないあなたには解らない〟


 クレークは諦観するように溜息を吐くと、ツナミの向かいに立って言った。

「――どうやら私は失敗したようだ……」


 ツナミの方は、そんなクレークに嫌味のない口調で応えた。

「でもないですが…… 少なくとも〝あなたの筋書き〟で『(ものがたり)』は動かせなくなりました」


 クレークは器用に片方の眉根を上げてみせると。腰を下ろして先を促した。

「聞こうか……」



 ツナミは先ずイセ・シオリを始めクレークの口車に乗せられて〝クーデター紛いの動き〟に同調した士官、軍属の全員が拘束された経緯と顛末を告げた。


 内偵のため泳がせていたシオリを介し〝そちら〟の側が引き入れていたと思っていたはずのシュドウ・ナツミの他、フリージャーナリストのマシュー・バートレットと艦医のラシッド・シラも実は〝こちら〟の側であったことを明かす。


 その上で帝国(ミュローン)の『王党派』に属する勢力との接触に成功した事実を告げた。



 クレークは、ここまで聞いたところで面白くなさそうな表情を浮かべて言った。

「では、後はエリン殿下ともども帝国本星(ベイアトリス)へ凱旋―― めでたしめでたし ……ですな」


「ところがそうはならないそうです」 ツナミは珍しく芝居がかってクレークを見る。

「…………」 クレークは先を促した。


「王党派は『国軍』を掌握できていません」

 ツナミがそう言うと、クレークはそれほど驚くでもなく顔を左右に振ってみせる。


「――やはりミュローンは割れたということか……」


 ツナミはそれを肯定した上で続けた。

「ですから、皇女殿下にはやはり国軍の目を掻い潜って帝国本星(ベイアトリス)に入って頂き、戴冠して〝皇帝の大権〟を(ふる)われることで事態を収拾して頂きます」


「…………」 クレークは鼻で笑うようにツナミを見返した。「――どうも私には、事態はあまり変わり映えしていないように思えるのだが……?」


「そうかもしれません……」 ツナミはそのクレークを正面から見返した。「――ですが状況が一つ、変わっています」


「…………」

 値踏みする様なクレークの目線を見返しつつ、ツナミは先ほど決したばかりの自分とミシマが選んだ――ミュローンの王党派の書いた――〝筋書き〟を語る。


帝国本星(ベイアトリス)へ皇女殿下を送る(ふね)は〈カシハラ〉1隻だけではなくなりました ――殿下には王党派の巡航戦艦――より〝有力〟な航宙艦――にお移り戴き、一刻も早く帝国の本星へと入って戴きます……」


「なるほど……」 クレークは感心したように何度か頷いた。「――運も味方に付けた、というわけだ……」


 その際にはミシマ・ユウがエリン殿下に随行するのだろう。同盟の歴史に名を遺すその役目は、自分の手から零れ落ちていったわけだ。



 だがベイアトリスの勅任艦長の言葉は、クレークの予想とは異なるものだった。

「ついては議員……これはミシマ・ユウからの(たっ)ての願いですが、星系同盟の代表の一人として皇女殿下に随行して頂きたい」


 しばし絶句した後、クレークはツナミに静かに訊いた。

「――()()()は、同盟におけるオオヤシマの主導的立場を放棄する、と……?」


 ツナミは視線を外してから言った。


「私はそれに答える立場にはないのですが、()()()が星系同盟への免罪符の役になるのではないのですか?」 緩く息を吐くようにして言う。「――どのみち、殿下にそのようなことを期待しても無駄でしょう。あの方は筋は徹しますが()()()()()()()


 クレークも、そのツナミの感慨に異議はなかった。



「いいでしょう…… 随行の件は引き受けます」

 そう応えた後、沸き上がった〝らしくもない思い〟に、クレークは口を開いていた。


「――帝国本星(ベイアトリス)から『国軍』を退()かす必要がありますな……」

「…………?」 そんなクレークにツナミは怪訝な目を返した。


 クレークは構わずに続ける。

「ヴィスビュー星系は『自由回廊』への玄関口であり連邦(アデイン)の諸星系へも接続しています ――私が艦長なら〈カシハラ〉はその王党派の艦と別れた後もそのままヴィスビューへと進みます。〝皇女殿下はベイアトリスへの帰還を諦め連邦(アデイン)への亡命を模索している〟というような情報を発信しながらね」


「…………」 ツナミは胡乱な目でクレークを見遣る。


「ま、確かに、下手をすれば回廊中の帝国軍に()って(たか)って袋にされるかもしれませんが……それともう一つ――」 ツナミの警戒する様子に構うことなく、クレークは取って置きの情報を最後に付け加えた。「――オオヤシマの『第一特務艦隊』は()()ヴィスビューを目指して来ます」


 クレークのその言には、確かに聞くべきものがあった。

 ツナミは何と応えたものかとクレークを見返したものの、結局、席を立って彼の側まで近付いて、こう応えた。


「――クレーク議員……ありがとうございます」

 そう言って右手を差し出す。


「なに……礼には及ばないことです」 クレークも立ち上がり、ツナミの差し出した右手を握り返す。「――私は〝私の役目〟が成功する確度を少しでも高めているだけですから……」


 ツナミが思わず苦笑を漏らすと、クレークは面白くなさそうに片方の眉の端を吊り上げてみせた。



 * * *



 帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉は既に加速を止め慣性航行に移行していた。

 すでに相対速度はプラスに転じており、相対距離約1万8千キロを20km毎秒で接近してきている。

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