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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第3部 艦を取巻く人々、その思惑
47/75

45:「ちょっといいか?」

7月1日 0900時 【H.M.S.カシハラ/医務室】


 目を開けると始め薄ぼんやりとしていた視界は徐々にコントラストを増していき、やがて天井の照明器具の輪郭をハッキリと認識できるようなった。


 〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉勅任艦長ツナミ・タカユキ宙佐は、まだぼんやりとする頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「ここ……は?」

「――医務室です」


 すぐに答えが返ってきた。いまは艦医の下で看護助手をしている〈クリュセ〉自治政府首相の令嬢メイリー・ジェンキンスの、きりりと歯切れのよい声音だった。


「医務室?」

 ツナミは疑問形に語尾を上げて鸚鵡返した。

「……艦橋で倒れられたので」

 メイリーがそう説明すると、ようやく頭の中の靄が晴れて記憶が戻ってきたツナミはベッドから上体を起こした。


「そう……か……」 まだ重い頭を左右に振りつつメイリーに訊く。「――いったいどのくらい、寝てました?」

 部屋の片隅の丸椅子(スツール)からメイリーは応えた。

「8時間くらい……」 ツナミの視線が自分に向いてないことを確かめた上で、じっと彼を見遣る。



「――8時間……」 ツナミはベッドから両足を降ろした。


 靴下の踵に穴が開いてることに気付く。それから、ここ一両日〝着た切り雀〟だったことを思い出して一瞬だけバツの悪い表情を浮かべた。


 ――このあり様を〝アイツ〟が見たら、どんな顔をするかな……。


 奥二重のしっかり者の顔が呆れるのを通り越して冷めた表情になって、それから少し怒ったような感じを残した微笑に変わっていく…――そんな情景が、しっかりとした既視感と共に思い起こされた。


 ツナミは、自分が泣くべきなのか笑うべきなのか判らなくなってしまった。



「――どうしてあんなふうな無理を?」

 だいぶ経ってから、(ようや)くメイリーは声を掛けた。

「え……?」 それに反応するツナミの声音(トーン)は、心ここに在らずというふうだった。


 彼の視線が向くと壁際で恐る恐るというふうに目線を返していたメイリーだったが、気拙い逡巡の後、――結局、言っていた……。


()()()()のは…… 無責任だと思います」


 メイリーは目を逸らしてしまいたいのを何とか堪えて彼を見据える。


 ――()な女なんだろうな……


 そう見えるだろうことを自覚しつつ、彼が何と応えるのかを注視しているじぶん(わたし)……。


「…………」 そんなメイリーに、ツナミは素直に応じてみせた。「――そうですね……」


 覇気のないその言い方に、苛立ちが募った。


 ――それは、なぜ? 


 と、そんな自分への問い掛けに、答えが見つかるよりも早くメイリーは声を上げていた。


「〝彼女〟のことは…… 不可抗力でした‼」 その躍起な語調に自分で驚きながら言う。「そんなふうに自分を(……責めるのは)――」


 そんな何かに熱くなったメイリー・ジェンキンスの――思いの丈を言い募るような――言葉尻を、ツナミは静かに遮った。


「不可抗力……か……」

「(あ……)」


 本当に静かな言い様だったが、それはメイリーの顔色を蒼ざめさせるのに十分だった……。


「――ごめん…なさい……」 後悔の言葉が口を吐いて出る。


 そんなメイリーに――抑揚は乏しくとも――、優しいとすら感じさせる声音でツナミは言った。


「あれは不可抗力なんかじゃない…… 俺の……判断ミス、です」

 それから〝何者か〟にでも問い掛けるよう、呟くように小さく言う。「――これは、いったい何の罰なんだろうな……」



 そんなツナミの呟きに、メイリーは面を伏せるように目線を降ろすと、恐る恐る訊く。


「まさか因果応報だなんて、そんなふうに思っていますか?」


 それで、ツナミの周囲の〝空気〟が変わっていった。


「……そんなわけ……ないだろ……っ‼」 そのツナミの声音にメイリーは口を噤む。


 ツナミは、面を伏して続けた。

「俺の因果で、何で()()が〝報い〟を受けなくちゃならないんだ……!」 その声には、微かに怒気が含まれている。「――俺の過ち(ミス)になら、俺に〝報い〟が下るべきなんだっ」



 メイリーが何も応えられずただ息を飲む中で、時間だけがしばらく進んでいった。


 ツナミは(おもむろ)に立ち上がると、上着を手に取って袖に腕を通しながら口を開く。

「艦橋へ戻ります……」 部屋を出しな、片隅で小さくなっているメイリーに申し訳なさげに言う。「――声…… 荒げてしまって、申し訳ない……」


 それでメイリーは、勇気を出して面を上げると、彼の方を向いた。


「いえ! 私の方こそ、もっと言葉 (…に気を――)……」

 メイリーがその言葉を言い終えないうちにツナミは部屋を出て行ってしまっていた。


「…………」

 ツナミが出ていった扉から視線を外すと、メイリーは俯いて小さく唇を噛む。


 それから握り拳で眼尻を拭うと、勝気な目になって立ち上がった。



 そんなやり取りを隣の間仕切り(パーティション)から出るに出れなくなって聞いていた艦医(ドクター)――ラシッド・シラは、やれやれと首を左右に振ると苦笑を浮かべた。


 それから(おもむろ)個人情報端末(パーコム)を手にし、ゆっくりとメッセージを打ち込んでいく。



 * * *



 艦橋に戻ったツナミだったが、きっかり4時間後には〝見回り〟に訪れたメイリーに席を追われ、食堂へと後退させられている。



 それからその後は、4時間ごとの直交代のたびに彼女が艦橋を訪れ、2直――8時間――連続でツナミの姿を認めるや、食堂なり休憩室なり寝室である艦長私室へと連れ戻すのである。


 次第にツナミは、メイリーの監督の下で規則的な生活リズムを取り戻しつつあった。


 ――しかし、その目に鋭さと力強さが戻るまでには、まだもう少し掛かりそうである。




7月3日 2130時 【H.M.S.カシハラ/士官食堂】


 第3配備の非直の乗組員(クルー)がチラホラと座る食堂のテーブルの中にミシマ・ユウの疲れた表情(かお)を見かけ、ガブリロ・ブラムは足を向けた。


 向かいの席に辿り着くまでの間に、声を潜めるようにした乗組員(クルー)の会話が聞こえてくる。


「しかし何とかならんのか、あの表情(かお)は……」

「――ツナミのことか?」「ああ」

「なんていうか、焦点()がさ、普通じゃないだろ、もう……」

「それでいて、言ってることにおかしなところがないとこがヤバい、ってかさ――」


 この3日余り、(カシハラ)内のどこにいても乗組員らのこんな会話が聞こえてくる。


 ガブリロの見たところでも、艦長(ツナミ)の様子は一見すると上向いているようにも見えるが、たぶんそれは事々に彼に付いて寄り添っている看護助手――メイリー・ジェンキンス――への同情的な評価だろうと見ている。


 ツナミ自身は――控え目に言って――まだ腑抜けている。

 そう見立てているガブリロは、そのこともあって副長のミシマの向かいに座ると静かに口を開いた。



「――ツナミ・タカユキだが、大丈夫か?」


 単刀直入なその物言いに、自身も疲労の色を隠せないミシマがゆっくりと視線を上げた。ナプキンで口元を拭い、質問の意を問い返す。


「どういう意味です?」

「……そのままの意味だが?」


 ガブリロは面白くもなさそうに言って、真剣な目で返答を促す。

 ミシマは溜息を吐くと取り澄ました表情(かお)を作った。


「〝大丈夫です〟としか言えないでしょう…――彼は勅任艦長で、我々補佐役(スタッフ)は彼を()()()のが務めですから…… それに、まだ問題は起きていないでしょう?」


 ガブリロは、そんなミシマに向けていた顔を横に逸らして言った。


「別に〝解任しろ〟とは言ってない。ただ、このままで()つとは思えんし……」 逸らした顔の先では、メイリー・ジェンキンスが無理な微笑を浮かべるようにして友人とテーブルに着いている。「――あの()がかわいそうだ」


「…………」

 ミシマもガブリロの視線を追って彼女を見遣り、それからもう一度視線をガブリロに戻す。


 ミシマは失笑を堪えることが出来ず、そんな自分に苦笑した。

「――あなたは優しいですね、ガブリロさん……」


 艦長としての機能(ツナミ)に不安を覚えているというのではなく、個人としてのツナミを心配し、その上で彼を支えようと一人で奮闘している少女の心情を(おもんばか)っているというのだ……。

 革命家としては頼りなく、(いささ)か〝風変り〟な男であるが、この男の()()()()所には理屈抜きで好意を抱ける。――羨ましい、とさえ思うのだ。


「大丈夫……タカユキの方はそろそろ立ち直る頃です」


 静かにそう言い切るミシマの顔に、ガブリロは自分を納得させるように肯いて自分の手の中のコーヒーに視線を落とした。



 * * *



 そのツナミは、メイリーに見つかる前に艦橋を逃げ出すと、手持ち無沙汰に艦内をさまよっている所をミナミハラ・ヨウに呼び止められ――「ちょっといいか?」と――人気のない場所を探して右舷の格納庫へと足を向けていた。




7月3日 2150時 【H.M.S.カシハラ/右舷格納庫 管制補助室】


「――で、なんだ?」

 格納庫(ハンガー)奥の管制補助室に入ると、ツナミはミナミハラに訊いた。


 いまは艦長と部下という立場ではなく、同期として――〝貴様〟と〝俺〟の関係で――言葉を交わしている。そういう性質の話であることは二人とも(はな)から諒解している。


 ミナミハラはツナミの顔を見た。


 まとまった睡眠を取れているからだろうか、その血色はだいぶよくなっていたが、それでも相変らず目には力が無い――。


 そんなツナミにミナミハラは、どう切り出したものかと逡巡はしたが、切り出さないという選択肢はないことを自覚している者の表情(かお)で口を開いた。


「――オレは〝優等組〟じゃないが、貴様との付き合いは長いよな……」

「ああ」 何を今更、とツナミが肯いて返す。


 ミナミハラとは士官学校入校前――高等予科学校からの付き合いだった。ミナミハラは、コトミ同様に諸々の事情で2年ほどを棒に振った末に予科学校を選んでいる。


 そのミナミハラは、真っ直ぐに年下のツナミを見遣って言った。

「だから言わせてもらう」


 ――いまはオレが言うのが順当だろうからな……。 ツナミの表情を窺いながらミナミハラはそう思う。


「もし…… 気に障ったら……殴ってくれりゃいい」 ゆっくりと言葉を選ぶようにして言う。「――シンジョウのコトな……」


 ツナミの右手が、ぴく、と動いた。


「ミナミハラ……」

 そんなツナミに動ずることなく、ミナミハラは手を挙げて制すと、言葉を続けた。


「――引きずるな、なんて言うのは酷なコトだと解ってるつもりなんだ。だが敢えて言うぜ…… 辛い気持ちをこれ見よがしに(おもて)に出すな」


「…………‼」 ツナミの表情が、それと判るほどに強張る。


 ハッキリと言われてしまった。 ――その自覚は確かにあったから、ツナミは黙るより他になかった。


 そんなツナミにミナミハラは、自分の素直な思いを、そして彼女(コトミ)がいたら絶対言ったろう言葉を口にした。

「いまの貴様は、貴様らしくない」



「…………」 ツナミは息を止めた。

 そのときツナミは、確かに〝その声〟を聞いた気がしたから…――。


〝――いまのタカちゃんは、タカちゃんらしくない……〟



 ミナミハラは士官学校の席次(ハンモックナンバー)という〝上着〟をはぎ取った()の年長の男子として言葉を続ける。


艦内(カシハラ)に動揺が広がってる ――航宙長も副長も、砲雷長だってみんな一皮剥けばボロボロだ…… 姐御(アマハ)一人に支えさせる気か?」

 容赦のない言葉になるのを自覚して、ミナミハラは普段と違った表情で言った。「――みんな貴様のその表情にあてられてるからだよ…… 〝カラ元気〟を演じるんなら、もっと上手く()れ」


 二人の周囲で時間が止まったようになった。



「…………」 やがてツナミが、留めていた息を深く吐き出してから言った。「――わかってる」



 ――ったく……

 そのツナミは、内心で溜息とともに顔を片手で覆いたくなっている。



 そんなツナミに、気づかわし気な視線でミナミハラが訊く。

「……大丈夫か?」

「ああ――」 ツナミの口許は自然に綻んだ。


 ――〝何でも一人で抱え込まなくていい〟 …か…… 確かに俺は一人じゃないらしい……。



 視線を外し、その顔にようやく浮かんだ笑みを左右に振ってみせる。


 そんなツナミに一先ず安心したふうに、ミナミハラも視線を外す。それから声だけで謝った。


「すまん…… 他に言い方は考えつかなかった」

「いや……」 ツナミの方は、だいぶサバサバとした感じになって返した。「――()な役をやらしちまったな」


 それで先にミナミハラが、それからツナミが、肩から力を抜くことができた。


「――まぁ…… それはオレなんかより〝お嬢〟に言ってやってくれよ……」 ミナミハラは照れ笑い一つ浮かべると言った。「――オレならサイアク、貴様に一発殴らせてやれば済むコトだが、〝お嬢〟にはそれができないわけだから」


「……〝お嬢〟?」 ツナミが怪訝な表情(かお)を返した。

 それにミナミハラは、ふ、と笑う。――コイツは、本当に()()か? ――。

「メイリー・ジェンキンス――」


 たぶん、いまのオマエの苦しさの本当のところを、幾らかでも理解できる(わかってやれる)んだろうな……。

 そんな思惑は言わずにおき、ミナミハラは簡単な言葉を探して言った。


「――それは健気だったぜ、あの()……」 いまのツナミにはこれで十分だろう。



 一方ツナミは、名前を聞くと、これまでの彼女への自分の振舞いを反省してか顔を顰めた。


 それでミナミハラは、その場を去る頃合いとみて扉へと歩き出す。

 ついて来たツナミを揶揄うように言ってみた。


「――オマエな、もう少し〝女心〟知れよ ……いろいろな意味で心配になるから」

「余計なお世話だ……」 言われてツナミが少しむっとして返す。「――でも…… 彼女には後でちゃんと謝っておくよ」


 ようやくいつものツナミ・タカユキが、()()戻ってきたようだった。

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