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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第3部 艦を取巻く人々、その思惑
45/75

43:〝小さな反乱〟

7月1日 0020時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 スプラトイ星系から2パーセクの距離の離れたイェルタ星系――。

 その辺縁の跳躍点(ワープポイント)に〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は姿を現した。


跳躍、完了(〝ワープアウト〟)――」


 副長――ミシマ・ユウがそう告げるや、艦長席のツナミ・タカユキは口を開いた。

「……各科、状況を知らせ」


 その指示に応え、航宙長のハヤミ・イツキが航宙科の乗組員(クルー)に指示を飛ばし始める。

「――針路及び座標の確認、急げ!」


 同様に各科も所掌に従い、確認作業を進めていく。


「――どうだ?」

 ミシマが各科の責任者を見遣る。


(ひだり)舷観測室です――針路上に障害なし、周辺空域に船影なし』『――(みぎ)舷、同じく周辺空域に船影、ありません』『――電波標識信号(ビーコン)を受信……座標位置、同定終了』


 両舷の観測室(ウイング)より報告を受け、イツキは艦長に、次いで副長に肯いて返す。

「――電測、各機器に問題はなし。受動(パッシブ)観測、開始する」



 各科の報告を受けつつ、ツナミは徐に口を開いた。

「……機関室より状況確認後、能動探知(アクティブセンシング)を1分―― (のち)、機関を始動する」


 そのツナミの声音(トーン)は、落ち着いたものだった。

 一見すると常の彼の姿に戻っているようにも思える。が、イツキや艦橋の乗組員(クルー)は、むしろ活力の感じられない(さま)に内心で漠然とした不安を感じていた。



 ツナミは、船外作業準備室でのこと以来、ほぼずっと艦橋で指揮を執り続けていた。


 直交代で入れ替わる艦橋詰めの乗組員(クルー)――3交代――全員が艦長席の彼を見ているのだから、連続で12時間以上ということになる――。

 実際には〝あの事故〟の後ほとんど休息らしい休息を取っていないのだろうから、丸一日以上……下手をすれば二日の間、まともに寝ていない計算となる。


 さすがにこれはマズイと誰もが思い休息を取るよう勧めるのだが、『艦隊服務規程』を持ち出そうがリスク管理の基本を説こうが、当のツナミは無理矢理に浮かべてみせた笑顔で「大丈夫だ」と応えるだけで、そのまま艦長席に居続けている。


 もともと他人(ひと)の話を聞かない男である。――そんな彼に、唯一〝外から〟の道理を解らせることのできた存在(コトミ)が消えてしまったということは大きかった……。



「艦長――」 主管制卓から報告が上がってきた。「――機関制御室からオダ機関長です」


「――問題の発生か?」

 すぐにツナミは応じた。だがやはり声には常の張りはない。


 確認をされた主管制卓のイセ・シオリ宙尉は、思わず目線を副長に遣ってしまった。


 いまのツナミは、その声音(トーン)こそ抑揚に乏しくやや投げ遣りにも聴こえるものの、放心しているという訳でもなく応対そのものは至って真面(まとも)なものだ。その目線は――力強さこそないものの――しっかりとしている。が、それが(かえ)って対面者の不安を煽るのだ。


 ミシマが肯いて返すと、シオリは機関制御室のオダ機関長を艦橋の複合スクリーンに小窓出力(ワイプ)した。



 ミシマはそんな一部始終を見やっていたが、やがて難しい表情(かお)で小さく頷くとさり気なく自分の個人情報端末(パーコム)を操作し始めた――。



 * * *



 同日、帝国宇宙軍(ミュローン)大佐ガブリエル・キールストラが指揮する帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉は、未だパルセラ星系内に在る…――。


 六月二十七日にキールストラの放った先遣艦――〈デルフィネン〉は、六月二十九日の時点でスプラトイ星系へ到達するや輻射(ステルス)管制を実施、受動探知(パッシブ・センシング)による偵察活動に入った。

 程なく同艦(デルフィネン)は、同星系(スプラトイ)輻射(ステルス)管制しつつ慣性航行する航宙艦のわずかな熱紋を捉えている。


 〈デルフィネン〉は直ちに航宙艦の追尾・監視に入ると、約4時間半ほどの追尾の末に当該艦を〈カシハラ〉と推定した。そして〈カシハラ〉の針路がイェルタ星系への跳躍点(ワープポイント)であろう十分な確証を得るや、能動探知アクティブ・センシングを実施して星系(スプラトイ)から離脱(ワープ)した。


 パルセラ星系で〈デルフィネン〉と再合流を果たしたキールストラ大佐は、〈カシハラ〉の所在を知るや指揮下の僚艦〈ヴァリェン〉を通報艦とし直ちにシング=ポラス星系のイェールオースの許へと遣わしている。


 同時に〈デルフィネン〉には再度スプラトイ星系への跳躍を命じ〈カシハラ〉の追跡を再開させた。


 そして自らは〈カシハラ〉との邂逅を果たすべく帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉を率い、2等級巡航戦艦の5パーセクという跳躍(ワープ)性能を以って〈カシハラ〉の次の目的地――イェルタ星系に向け、同星系への跳躍点を目指している。



 キールストラはベイアトリス小艦隊を率いる〝盟友〟カール=ヨーアン・イェールオース代将から、とある『密命』を帯びている――。


 この『密命』を果たすためには、何よりも先ず〝ベイアトリス王家エストリスセンの後主〟、エリン・ソフィア・ルイゼと〝単独の接触〟を持たねばならなかった。


 帝国宇宙軍(ミュローン)――『国軍』の別部隊に先んじて接触できなければ、この『密命』の存在は隠蔽される――闇に葬られる――ことになる。



 既に回廊中に帝国宇宙軍(ミュローン)の航宙艦が遊弋(ゆうよく)してきている。

 時間との勝負であった――。




7月1日 0045時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 オダ機関長が機関設備に発生した不調を報告してきてから30分ほどが経過していた――。

 ツナミは、機関長に加え応急長と技術長を交えて――〝気の抜けた炭酸飲料〟のようなあの声音(トーン)ながら――至ってまともな応対を続けている。


 報告された不調は深刻なものだった――。

 練習航宙に出た直後から〈カシハラ〉の慣性制御システムは不調を抱えていたのだが、遂にこの状況下で障害を発生し、0.6G以上の加速に対応することができなくなったのだ。


 現在、機関長、応急長、技術長らが対応に当たっているが、復旧には2時間程度が見込まれる、との報告があった。


 この状況では輻射(ステルス)管制を維持せざるを得ない。――帝国軍の艦艇に追尾されていないのが不幸中の幸いであった。ミシマは内心で胸を撫で下ろしている。



 そしてその〝小さな反乱〟は、そんな(タイミング)で起きた――。



 *



 本来この場所(艦橋)が定位置でないメイリー・ジェンキンスが艦橋に入ってきたとき、現在(いま)では艦橋の警備を担っていて扉の脇に歩哨しているカルノー少佐配下の帝国宙兵隊がそのまま彼女を通したことを(いぶか)る者はいなかった。


 メイリーは艦橋に入るや、真っ直ぐに艦長席に座るツナミに近寄って行った――。


「ジェンキンスさん?」

 ツナミは少し不思議そうな表情で、やや探る様に彼女の方を向いた。


 そんなツナミに、メイリーが機械的な声音(トーン)で応える。

「――艦医(せんせい)の指示で来ました」


「あの……私なら〝大丈夫〟ですよ……何も問題はない――」 ツナミは少々警戒気味の目線になる。

「――睡眠は取っていますか?」 メイリーは事務口調で応じた。


「……いや、それほど取れてはないが――」 ツナミは〝劣勢〟であることを自覚した表情(かお)で続ける。「いまはそんなことを言ってられない ……いろいろと問題が発生していて…――」

「――困ります」 メイリーは簡単に遮った。


 それからメイリーは、(ようや)く〝使いこなせてきた〟ように見える『救急(メディック)バッグ』を広げ、取り出した薬剤を無針注射銃インジェクションピストルにセットし始める。この間、一切艦長(ツナミ)の顔を見なかった。


「せめて栄養剤は投与してくるようにと、艦医(せんせい)からは言付かってきました」 言ってミシマの方を向くと頷いて見せる。ミシマも肯いて返した。


「腕を出してください」

「…………」


 のろのろと抵抗するツナミに、にべ無くメイリーは応じる。

「――…早く出して」


 それで観念したツナミは、渋々とキャプテンコートを(はだ)き片肌を脱いだ。艦長席のステップを降りメイリーの前に左腕を差し出す。


 メイリーはツナミと向き合う位置に立って、黙って無針注射銃を二の腕に充てた。

 シュッと小さな音がする。

 それからしばらくすると、ツナミの長身が艦長席の前で(くずお)れた。



 ――艦長(ツナミ)が倒れた!


 メイリーがその細い身体で艦長(ツナミ)の長身を支えて抱き抱えることになったときになって、ミシマを除く艦橋の一同はやっと事態に気付いた。(にわ)かに艦橋が騒然となる。


 ミシマだけがそれを予期していたように、メイリーの横からツナミの身体に腕を回していた。


「大丈夫だ ……皆、心配ない」 ざわつく艦橋でミシマは皆に聞えるように声を上げる。「――艦長(ツナミ)には眠ってもらっただけだから。これから暫くの間、本艦の指揮は副長の自分が執る」 


 それで何名かは〝諒解した〟というふうに、あらためて小柄な看護兵が受け止めている艦長の方を見遣った。



 艦長席の前では、ぐったりとしたツナミの長身をメイリーが脇から抱えようと(もが)いていた。


「ともかく……」 ミシマから患者(ツナミ)を引き取ろうと、蹣跚(よろ)めきながら出口を目指すメイリーが言った。「――医務室に……運びます」


 どうやら一人で運ぶ心算(つもり)らしい彼女に、ミシマはちょっとだけ呆れてその表情(かお)を見遣った。


 東洋風の美しい彼女の横顔が、何かに怒っているふうに見える。


 ミシマは彼女が何で怒っているのか何となく解る気がした。――自分もまた、その〝怒り〟の対象なのだろう……。



 ミシマは視線を外すと艦橋内を見渡し、手持ち無沙汰な面持ちでコトの成り行きを注視していた非直の乗組員(ギャラリー)の中から、一人を指名して命じた。


「ミナミハラ ――ジェンキンスさんに手を貸して艦長を運んで行ってくれ」

「――了解」


 非直ながら名指しされたミナミハラ・ヨウは、始めからそのつもりだったのだろうか、了解と手を上げるとメイリーとは反対の側からツナミを抱えて艦橋を出て行った。



 こうして、ごく内輪の〝反乱〟は成功し、艦長(ツナミ)は医務室へと運ばれていった。

 ようやく眠ったツナミは、しばらく起きてこれないだろう。



 自由回廊内には帝国の航宙艦が遊弋し始めてきている。

 そして〈カシハラ〉は慣性制御系に不調を抱え、十分な性能を発揮することができない。


 この航宙(たびじ)に、再び〝暗雲〟が垂れ込めて来ていた。

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