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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第3部 艦を取巻く人々、その思惑
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39:『問題』

 マレア星系を離脱した〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は、3パーセクの跳躍(ワープ)を経て『自由回廊』内のスプラトイ星系に姿を現している。


 〈カシハラ〉航宙長のハヤミ・イツキ宙尉がこの星系を経由することにしたのには、それなりの理由がある――。



 マレア星系から重力流路(トラムライン)が接続する星系はスプラトイかパルセラであったが、スプラトイは〝難所〟であった。


 恒星系の辺縁部――跳躍点(ワープポイント)は星系の辺縁部に点在している――までの直系が大きく、3つある跳躍点間の距離が比較的開いていて移動に時間が掛かった。

 そしてそれにも増して厄介なことなのが、この星系の主恒星〈スプラトイ〉が極めて不安定な恒星(ほし)だということだった。一度活性化すれば絶え間なく恒星面で爆発を繰り返す。


 そのため、多くの重力流路(トラムライン)が流れ込む要衝でありながら入植も進んでいない、そんな〝辺境の中の辺境〟の星系であった。


 ――イツキ航宙長は、この悪条件は利用できると考えた。




6月27日 1000時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】


『シンジョウ・コトミ宙尉を〈カシハラ〉船務長に指定する』


 〝星系同盟航宙軍〟士官候補生准尉 改め 〝新生ベイアトリス王立宇宙軍〟宙尉シンジョウ・コトミは、〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の艦長公室でその内示――しかしこの時点で既に事実上の辞令――を受けた。


「――拝命いたします」

 半ば反射的に拝受したコトミは、艦長のツナミ・タカユキと、その横のミシマ・ユウ副長の目をそっと窺う。


 二人の反応は、それぞれ違っていた。ツナミはどちらかというと気乗りしておらず、ミシマは〝心ここにあらず〟といった態だった……。



 実はコトミはこの人事に気乗りがしていない。

 船務長の定位置は艦橋であり、戦闘配備時にツナミの居るCICの主管制卓から外されるのが――それが全くの個人的な想いでしかないものなのはわかっているものの――嫌だったからだ。


 そのコトミの視線に、ツナミはいつもとは違った優柔不断な面持ちでミシマの説明を待った――……ものの、ミシマがいつまで待っても口を開かないので、結局自分で口を開いた。


「見ての通りだよ ……ミシマ副長が忙しくて首が回らないと言い出した」


 それでコトミは、恐る恐る切り出してみた


「わたしが船務長である必要がありますか? タカユキのCIC――」 思わず〝タカユキ〟と名前の方(ファーストネーム)で呼んでいた。「――とミシマ副長の艦橋とがそれぞれ問題なく連携できている現状を、今あえて変える必要は…――」


 それまで黙って耳を傾けていたミシマが、やや慌てたふうにコトミを遮った。


 ――いまツナミに名前の件を訊き咎められては()()()()だ。


 そう思ったのか、ミシマは多少強引におさめに掛かる。


「CICの艦長から引き離したりしないから心配しなくていい。

 戦闘配置では、引き続きCICの主管制士として艦長を補佐してもらう。

 副長として望むのは、これまで通り船務科乗組員(クルー)の最大効率の維持と第2分隊全体の円滑な運用だ。適任だと思ってる。出来るだろ?


 それと同期首席(クラスヘッド)として僕個人が望むのは、艦長であるタカユキの〝精神安定剤〟の役目で、これは君にしかできない ――ただし艦内風紀を預かる副長として〝不純異性交遊〟は許せないから、そこのところは()()()()()()やってくれ」


 最後の方は勢いと、二人の共通の〝友人〟としての想いを織り交ぜ、一気に言い含めていた。


 そしてバツの悪そうな表情になって口をパクつかせているツナミには一言も口を開かせず、ミシマはコトミに目線を遣って締め括る。「――以上だ。何か質問は?」


「ありません――」

「よろしい」



 それでコトミの方はもうさばさばとした表情になって、一つ頷いて副長からツナミへと視線を移すと、敬礼とともに言った。

「シンジョウ宙尉、船務長を拝命いたしました」


 もはや観念したように肯いて返すツナミの横で、小さな笑いと供に片目を瞑ってみせたミシマが言う。

艦長(タカユキ)は頼んだ」


「はい」 と落ち着いた表情のコトミが、小さくあごを引いて応える。



 これまでの航宙で〝事実上〟の船務長と目されてきたシンジョウ・コトミは、この日、名実ともにツナミ・タカユキ勅任艦長の指揮する〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の船務長となった。


 ちなみにこの日――どんな心境の変化があったのか――コトミはジングウジ・タツカと共にそれまで長く伸ばしていた髪をバッサリと切っている。




6月27日 2020時 【帝国軍艦(HMS)トリスタ/第一艦橋】


 マレア星系に接続するパルセラ星系内に展開させた麾下のフリゲート――〈ヴァリェン〉から〝状況変わらず〟との定時報告を受けたガブリエル・キールストラ大佐は、いよいよ決断を迫られていた。


 〝叛乱艦〟〈カシハラ〉の探索の命を受けた帝国軍艦(HMS)〈トリスタ〉以下のキールストラ分艦隊は、六月十三日の時点で〈カシハラ〉に遅れること7日という時間差を付けられている。


 この状況(ハンデ)を『3等級艦』――〝4パーセクの跳躍性能を持つ航宙艦〟――以上の(ふね)で編成された正規の〈索敵攻撃部隊(ハンターキラー)〉である同分艦隊を率いるキールストラは、〈カシハラ〉を凌駕しているその戦略機動力を発揮することで〈カシハラ〉の行程に先んずることを企図した。


 高い確率で接触できる候補地は二ヵ所――〈スプラトイ〉か〈パルセラ〉であった。

 キールストラはここ〈パルセラ〉を先ず選択して網を張ったのだが、どうも〝空振り〟であったらしい……。


 そうであれば隣接するスプラトイ星系へとすぐにでも跳躍(ワ-プ)すべきであるが、このパルセラ星系についても未だ到着していないだけのことかも知れなかった。この後しばらくして〈カシハラ〉の艦影が星系(パルセラ)の辺縁部に出現するかも知れないのだ。



 キールストラは思案の末、スプラトイ星系へと接続する跳躍点(ワープポイント)に最も近い空域に展開させていたフリゲート〈デルフィネン〉を当該星系へ跳躍させ、先遣とすることにした。


 先ずはエリン皇女殿下の座乗する〈カシハラ〉と接触せねばならない。既に多くの帝国宇宙軍(ミュローン)の艦艇が『自由回廊』内に集結しつつある。――時間との勝負となっていた。



 * * *



 その2日後――。

 スプラトイ星系を航宙中の〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉に、重大とまでは言えないが艦の能力発揮に影響を及ぼす『問題』が発生していた。


 『宙賊航路』で再艤装した連続波照射電探(CWIレーダー)の1基に不具合が生じて機能停止したのである。電子的な伝送処理部については正/副/予備の三系統が確保されていたが、機械的(メカニカル)な設備については全てがそうなっているわけではない…――。

 このままでは艦の全周を追尾誘導(フォロー)することができなくなる。……これは『問題』であった。


 そしてこの『問題』の対処に『船務長』を拝命したばかりのシンジョウ・コトミ宙尉が自ら手を挙げたことで、彼女の周囲は俄かに騒がしくなっている。




6月29日 1300時

         【H.M.S.カシハラ/第2甲板 左舷 船外作業準備室】


「……だから船務長自ら作業に当たる必要はないだろう?」


 わざわざ第2甲板左舷の船外作業準備室まで付いて来たツナミが、準備室内の船外活動ユニット(EMU)のロッカーに背を向ける形で、その背中越しにコトミに声を上げている。

「――元々これは戦術科甲板部(うち)の仕事だし……」


「その甲板部の方からの応援要請なの!」

 下着(インナー)姿のコトミ――着やせする彼女は、実は同期(クラス)女子で一、二を争う体形(プロポーション)の持ち主だ――が、収納棚(ラック)の前でEMU(=宇宙服)を手に取りながら、そんなツナミの言い分を面倒くさそうにあしらっている。


「おいこら! 着替え中! まだこっち向くな」

 思わずコトミの姿を求めて顔を向けたツナミの耳に、装具を手伝う相方(バディ)のベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードの険のある声が割って入ってきた。ツナミは思わず首をすくめる。



 そんなツナミに、澄ました声でコトミが続ける。

「いま(カシハラ)は人手不足なんだから〝できる〟人がやるの。それが基本でしょ?」


「だったら俺が――」

 今度こそ反応してしまい背中の方を振り見遣ったツナミの声を、コトミはぴしゃりと遮った。

「――タカユキは艦長でしょ!」

「…………」


 それでもうそれ以上声を上げられなくなったツナミの視線の先には、既に宇宙服(EMU)を着込んでしまったコトミが居て――、その脇でベッテ・ウルリーカが、〝阿保でスケベな高校生でも見るよう〟な目線でこっちを向いている……。


 もはやベッテ・ウルリーカはすっかり艦内女子の〝妹役兼弟役(マスコット)〟になっていて、コトミも例外なくこの元ミュローン貴族で〝海賊〟という変わり種の少女がお気に入りだった。



「それにタカユキは船外活動(EVA)の星域資格、持ってないでしょ?」


 地味に痛いところを突いてくる。――仮免取得時に実技教官のお墨付きを貰う程度には自信のある分野だったが、何故か学科試験の結果は散々で――…後日のマシバの分析に()ればマークシート式の設問の回答が〝4問目〟以降、一つずつズレてしまっていたらしい――、結局この春の資格取得は成らなかった。ツナミにとって触れて欲しくない痛恨事だ。


 一方のコトミは〝できる女子〟の常でコツコツ努力するタイプ――一発で合格して(うかって)いる。



 そうこうしていると、そんなツナミの長身を小柄なベッテ・ウルリーカが見上げていて、優越感を隠そうともしない眼差しを浮かべて言った。

「もう出ます。そこ、どいてください ……艦長」


 彼女は十四歳にして既に初級のEVA資格――候補生の中にもそれ程所持者はいない――を取得していて、今回の作業に名乗りを上げたコトミの〝相方(バディ)〟を務めることになったのだ。

 事情はどうあれ資格のことでは――〝実技〟なら負けはしないが!――ぐうの音も出ない。



 仕方なく道を開けたツナミの顔の正面に、コトミの顔が滑り込んできた。


 ちょっと近いんじゃないか、と目線を逸らしたツナミの瞳を覗き込むように、コトミが訊いた。

「ひょっとしてタカユキ―― わたしのこと心配してくれてる……とか?」


 逃がした目線の先でベッテ・ウルリーカがイライラと焦れったそうにしているのにバツが悪くなりながら、ツナミは口を開く。

「――まぁ、その……心配はないだろうが…… 危険は危険だからな……」

「…………」


 そんなツナミの顔を見上げていたコトミは、ちょっと口元を綻ばせる。「――それじゃ、行ってきます」


 わりと落ち着いた感じでそう言ったコトミの背中に、ツナミは慌てて声を投げ掛ける。

「――おう…… なるべく早く戻ってこいよ……」 



 そんな二人のやり取りを、船外作業準備室の入口脇で聴いていたハヤミ・イツキ航宙長は、そろそろ伸びてきてざらつき始めた不精髭を片手で撫でながら苦笑交じりに呟いた。


「なぁにやってんだか……」

 壁に身を預けてニヤニヤしているイツキ。


 だがそんな――意外にも艦内女子陣の心を掴んだ〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ララ=ゴドィに(あやか)って髭を伸ばし始めた――イツキに、ちょうど通りかかった航宙科女子、ジングウジ・タツカ宙尉が冷水を浴びせる。


「――航宙長もみっともない真似止めてくださいねー」 それから忘れちゃいけないことのように付け加える。「……あーそれと、その髭――不潔なんでNGです。似合ってないし」


「…………」

 たちまち仏頂面になったイツキは、タツカが視界から消えるのを待って、速歩になってその場を立ち去るのだった。




〝……その後に起きる事なんてわかりはしないから、このときには皆、まだこんなやり取りの日常の中で、今日を生きていました〟

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