37:ミュローンとして生きるということ
6月13日 1530時 【第一軌道宇宙港 中心部/1番連絡橋シャトル搭乗口】
物語の始まりの地、シング=ポラス星系テルマセク――。
つい1週間ほど前まで帝政への抗議運動に揺れていた自由都市は、現在は『国軍』の軍政下にありすっかり静まり返っている。
街の中心機能を担う宙港中心部と象徴でもある大桟橋――物語の冒頭に航宙軍艦〈カシハラ〉が投錨していた――も、既にもう進駐した連合により接収されていた。
その連合の進駐により接収された宙港中心部――。
現在、唯一その機能を開放している1番連絡橋シャトル搭乗口の前は、星系辺縁部に出現した跳躍反応を受けて俄かに動きを見せている。
進駐軍の指令として帝政連合政府総領事館を訪れていたカール=ヨーアン・イェールオース帝国宇宙軍大佐は、通された領事執務室で帝政連合政府からの通達に目を通していた時に未確認航宙艦の出現の知らせを聞き、自らの指揮艦である帝国軍艦〈ベーオゥ〉が接岸する大桟橋へと戻ることにしたのだった。
この時点において未確認艦の動向など、この際どうでもよいことであった。留守を預けた次席指揮官のガブリエル・キールストラ大佐が上手くやるのは疑うまでもない。むしろ問題は帝国政府の『第一人者』フォルカー卿からの〝通達〟の方である。
イェールオースは未確認艦の件でその場を辞すると、上陸中の乗組員と共に大桟橋の伸びる宙港中心部へと昇るため連絡橋へと急いだ。
1番連絡橋シャトル搭乗口の三重扉が開き、帝国軍艦〈トリスタ〉艦長ガブリエル・キールストラ大佐は、堵列する士官と警備の宙兵と共に上官であり友人でもあるイェールオース代将大佐を迎えた。
イェールオースが答礼を終えるや、キールストラはその横に歩調を合わせて訊いた。
「聞いたか?」 その声音は硬い。
「――聞いた」 イェールオースは短く答える。
「〝五世の孫〟だと……」 キールストラは不愉快さを隠そうとせずに傍らの友の顔を窺った。「――正気なのか? 『第一人者殿』は」
「いや―― もはや正気ではないのだろうな」 同じく不愉快そうな表情でイェールオースは応える。「――そんな得体の知れない血筋を持ち出してくる辺り、相当に余裕がないのだろう」
――彼らがいま語っていること…――テルマセクでのエリン・エストリスセンの行動を知った『第一人者』フォルカー卿が次に目論んだことは、ベイアトリスの皇位継承権を五世まで遡り『四従甥』のトシュテン・エイナル・ストリンドバリを担ぎ出す、ということであった。
トシュテン・エイナルは、〈ミュローン連合〉中興の祖、彼のアトレイ・フレトリクス直系の三家――〈エストリスセン〉〈アムレアン〉〈リリェバリ〉――の一つ、リリェバリ家のさらに傍流の家に生まれた男子である。
今年十六歳でエリン皇女とは四従姉弟に当たるが、ストリンドバリ家は既に帝室を離れて久しく〝皇子〟〝皇女〟の身位を保持する家ではない。
そんな出自の、しかも自らは何らの〝実績〟を示していない少年を〝皇子〟として担ぎ剰え『立太子』するなど、ミュローン貴族にとっては〝あり得ない〟こと…――当に〝暴挙〟と言わざるをえないことであった。
エストリスセン家に近しく、ベイアトリスの一門衆の筆頭格であるイェールオース家の次期当主の身にとって、勿論そんなことは論外であり、またそれを通り越して最早〝無意味なこと〟である。
二人の帝国軍大佐はそれぞれの幕僚を引き連れ、宙港中心部内の結節点で大桟橋を縦貫する移動手段に乗り継いだ。
「――我が艦隊の将兵の方はどうだ?」
移動体の搭乗口で出迎える宙兵の堵列に答礼するや、イェールオースはキールストラに確認した。
「動揺はない――」 キールストラは言下に応える。「ミュローン筆頭星系ベイアトリスの〝筆頭家門〟たる〈イェールオース〉が率いる艦隊だ ――星域の半ばが敵に回ろうと動ずることはない」 気負いのない断言だった。
さすがにそれは言い過ぎだ――と内心で苦笑しつつも、イェールオースは腹心の友の横顔を見て自らの顔を引き締める。
移動体のシートに着席すると車両はすぐに加速を開始し、大桟橋の内部を滑っていく。
自分の個人情報端末を副官から受け取ったイェールオースは、画面に目を通しながらキールストラに訊いた。
「星系辺縁に現れた航宙艦は?」
「友軍だった。帝国軍艦〈アスグラム〉――」 キールストラは静かに応じた。「自力で航行しているが片舷の推進力を失っている……大破判定だ」
――ほう、とイェールオースはわずかに目を見開いた。
装甲艦〈アスグラム〉の指揮はアーディ・アルセ大佐が執っていたはずだ。よもや航宙軍の練習巡航艦相手に後れを取ることになろうとは。そんなことは露とも思わなかったが、どうやら件の艦の〝候補生〟らは相当に優秀らしい。
キールストラは続けた。
「既に〈ヴァリェン〉と〈デルフィネン〉を曳航に向かわせた」
麾下の4隻の大型フリゲートのうちの2隻を救援に差し向けた旨を告げる。イェールオースは一つ頷いて追認した。そして確認する――。
「――気になることは?」
「二つ」 キールストラは簡潔に応じる。
イェールオースが目線で促がすと、キールストラは続けた。
「一つは、その〈アスグラム〉から……」 声を潜めるような声音になる。「――アルセ大佐が秘匿回線での通話を望んできてる」
「秘匿回線でか……?」
イェールオースは怪訝な表情で僚友を見返す。
「卿と俺とを〝御指名〟だ」
そう言ったキールストラに、イェールオースは肯いて返した。何にせよ、艦に戻り次第〈アスグラム〉と回線を繋ぐことにしよう。――あのアーディ・アルセが通常の『報告』ではなく、内密での通話を望んでいると言うのだ。
「二つ目だが……」 今度のキールストラは目を伏せるようにして言った。「――スノデル伯のことだ」
これにはイェールオースも舌打ちで応じるしかなかった。
スノデル伯クリストフェルはエリン・エストリスセンの実父である。元は大学で教鞭を執っていた知識人であり、宥和主義者として帝国の連邦的改変に肯定的な人物ではあったが、温厚篤実な人柄でも知られていた。
エリン皇女の人格形成には、やはりこの学者肌の父親の影響が大きい。
今回の政変とそれに続くエリン殿下の行動にも伯は一切関知していないだろう。自身の信条を過剰に主張するようなことのない人物である。彼にとっての行動とは、あくまで他者との〝対話〟なのであり、良くも悪くも〝それ以上でもそれ以下でもない〟ということを実践することのできる、そういう人物であった。
そのスノデル伯が、フォルカー卿の命でその身柄を当局に拘束されたらしい。
情報本部付きのエアハルト・モンドリアン大尉からの情報である。二日前のことであった。
先の〝五世の孫〟――トシュテン・エイナルの立太子絡みの件と併せると、もはやフォルカー卿はエリン皇女の排除で腹を括ったとみてよい。
ベイアトリスの一門衆にとって帝国政府の『第一人者』のやり様は――例え当の一門がスノデル伯とエリン殿下を冷遇していた事実があったとしても――不快であり、看過することはできないであろう……。
「一門の長老衆は何と言うだろうな?」
「トシュテン・エイナルの擁立には反対するしかないな」 イェールオースの問い掛けに、キールストラは肩を竦めて言う。「――やはり〝慎重〟にではあるだろうが……」
「〝ミュローン二十一家〟は割れるな……」
イェールオースはそう独り言ち、ふと湧いた思いを口にした。
「伯は助からんか」
「おそらく……」
イェールオースの慎重な物言いにキールストラは肯いて言った。「――我らにとって伯の存在そのものに〝益〟がない ――伯個人にとっては不運と言う他ないが、公人としての伯の方でも、それは半ば以上覚悟しているだろう」
ミュローンの二人にとって、スノデル伯が〝死ななければならない〟という現実については単にエストリスセンの家の置かれた状況を示す〝符牒〟の一つでしかない。
ミュローンとして生きるということは〝そういう〟ことだと理解した上で、イェールオースは記憶の中の少女――エリン・エストリスセンに同情してみせてもいる。それもまたミュローンとしてごく自然な心の動きであった。
――度し難い〝傲慢さ〟だな……
そう自らを嗤ったイェールオースが、次に顔を上げたタイミングで移動体は減速を始めた。
〝ギガンティシュ〟の愛称で星域の内外に畏怖と敬意とをもって親しまれる自らの指揮艦、帝国軍艦〈ベーオゥ〉が錨泊するA-2係留先に、移動体が到着したのだ。
イェールオースは〝我が艦〟へと移るため、移動体のシートから立ち上がって言った。
「ミュローンが割れるにしても、ベイアトリスが割れることはない…… それぞれがそれぞれの役を演じるだけだ」
その時にはもう、イェールオースはミュローンの貌に戻っていた。




