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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
38/75

36:宙賊航路の最後の夜

 〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は、アマハ・シホらの計画の通りにアステロイド資源運搬船〈サードラコーセット〉号と『宙賊航路』で接近(ランデブー)し、アステロイド運搬船の巨大な船腹に抱え込まれ曳航された鉱床小惑星(アステロイド)の影で密かに反応剤・推進剤他、武器弾薬等の物資の補給を受けることができた。


 これにより〈カシハラ〉は、先の装甲艦(アスグラム)との戦闘で消費された反応剤・推進剤・冷却剤を再び満載することができ、武器弾薬についても補充――『練習航宙』でなく()()における最大見積での積載――を完了した。


 また戦闘によって損壊した探知機器類等の再艤装にも着手している。

 〈カシハラ〉の戦闘艦艇としての能力は、〝宙賊〟の手を借りつつ着々と再整備されつつあった。



 (カシハラ)への物資の搬入と補給作業については〝扯旗山(ちぇきさん)〟の支援を受けることができたので、艦長のツナミはこの作業中の2日間を()()()()()()『半舷上陸』としている。これにはちょっとした経緯(いきさつ)があった――。


 艦内最大の女子派閥である船務科および航宙科からなる第2分隊の諸姉(しょし)が、〝事実上〟の『船務長』と誰からも目されているシンジョウ・コトミ宙尉を押し立てて強力な〝意見具申〟に及んだからだった。


 ――『艦長はコトミに頭が上がらない』という艦内女子の共通認識のもとに矢面(やおもて)に立たされることになった当のコトミは、最初〝気乗りが薄い〟様子だった……。が、ツナミがにべも無くあしらおうとすると俄然反発に転じたのだ。書類をまとめ数字を示し激しく口論、さらには艦医(ドクター)のラシッド・シラやオダ・ユキオ機関長ら年長者を引っ張り出してきて援護に廻ってもらうなど硬軟織り交ぜての説得の末、ついにこれを了承させたのである。



「ま、こういうことは()()()()には勝てないもんだな」――と()()()()のハヤミ・イツキ航宙長は「そーいう言い方、マジやめて」とニコリともしないコトミに黙らされ、ツナミからも険呑な目で睨まれる、と自業自得ながらたいへんに居心地の悪い思いを経験している。


 それでも対象が女子に限られたのは、全乗組員の半数を下艦させてしまっては現実問題として作業人員が足りないからで、当然上がった男子乗組員(クルー)の不満は『レディファーストだ』のただ一言であっさり退けたのは、ツナミらしいといえばツナミらしい。



 そんな〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉を、再び〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ビダル・ララ=ゴドィが訪れたのは、補給と応急修理の作業の最中、というタイミングである。


 皇女殿下の見送りの挨拶に再び姿を表したララ=ゴドィは、()()()()()『正装』の――やはり時代掛かった――ギジェルモ・デル・オルモと共に、今度こそは宙兵による舷門堵列員と士官の敬礼による舷門での送迎を受けた。


 皇女(エリン)との謁見を恙無(つつがな)く終え、型通りに退出しようというときに、()()は起こった。




6月23日 1430時 【H.M.S.カシハラ/特別公室】


「――ビダル! この薄情者っ」

 その鋭い声に、当のララ=ゴドィだけでなく室内の全ての人間の目線が、入口に立った少女の蒼白な顔を向いた。


「わたしをこのままこの(ふね)に残すと聞いた! ――ほんとなの⁉」


 ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードは、そのセリフの勢いのままララ=ゴドィに近付くと、その身長差に大きく面を上げてララ=ゴドィの目を睨んだ。男の目に否定の色がないことを()って、女性(オンナ)として未だ成熟していないがゆえに中性的なその整った貌の頬が、怒りに朱く染まる。次の瞬間、手近の卓の大花瓶に目を遣ると、大股でそこまで近付いていき、そこに挿された切り花に手を伸ばした――。


 その瞬間、次に起こることを予想した主計長アマハ・シホ宙尉の目線が宙を泳ぐ。――ああ、それは造花なんかじゃなくて〝良い品(本物)〟なんだけどな……。


 ベッテはまったく構わずに切り花を引き抜くと、あらためてララ=ゴドィに向き直った。(そば)のギジェルモがやれやれというふうにこめかみを掻く。



「それは厄介払いということか? 〝人質〟の役が終わればもうわたしに用はないと」 切り花の束を掴んだ手を大きく後ろ手に引いた。


「――しっかり応えろっ」

 そしてベッテはララ=ゴドィの横っ面に力任せに打ち付けた。ララ=ゴドィは真面(マトモ)にそれを受けた。――花の束の中に薔薇があれば、数条の掻き傷が付いてもおかしくない、そんな打ち付け方だった。

「…………」 ベッテは激昂した目で、ララ=ゴドィのまず端正な顔を見る。


「――気が済んだか?」


 そのララ=ゴドィの素気無い言い様に、ベッテはいよいよ声を詰まらせ、それでも何とか振り絞るようにして叫んだ。

「――〝こども〟と思って侮るのか⁉」


 その細い肩を震わせ悔し涙を堪えるミュローンの少女に、皆の同情の視線の集まる中――、〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ララ=ゴドィは膝をついて目線を少女に合わせると、静かに語り出した。


「……聞け、聞くんだベッテ―― 聞いてくれ、ウルリーカ……」 頑なな少女に宙賊の男は辛抱強く語り掛ける。「――俺はお前を侮ってなんかいない。俺はお前に大事な役目を託すんだ」


 少女は、その真剣な眼差しに見上げられることになり、少しだけ表情を和らげた。

 ララ=ゴドィは続ける。


「俺たちは早晩、皇女殿下の側に付くことになる。そこでは俺たちは新参者だ。古参の貴族どもからは侮られる…… 何せ根が〝宙賊〟だからな」


 〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟と畏れられる宙賊は、少女の小さな手を取った。

「――だがお前は貴族の娘(ミュローン)だ…… そういうお前がいることで、俺たちも資格を手に入れられる ――名を成し、顔を上げて生きていける資格だ。誰に笑われることもなくなる」


「…………」

「エリン殿下の元へ行け……行ってくれ。それでお前は誰からも侮られることのない、本物の『貴婦人(レディ)』になる ――つまりこれは修行だ」

「……修行?」 ララ=ゴドィの言を見極めようとする、ベッテの瞳が揺れる。


 そんなベッテの手を引き寄せたララ=ゴドィは、膝をついたその姿勢のまま、その手にそっと口を寄せてみせた。(うやうや)しくその手を(かえ)すときに言う。


「そして修行を終えたら俺の許へ返ってこい」


 周囲の()女子()()()らが漏らす溜息……。


 その周囲で()男子()()()らの視線が宙を泳ぐ……。


 それで生気の戻ったベッテの目元が潤み、整った容貌の頬が赤らんだ。


 一つ息を吐くとそれでもうすっかり落ち着いたベッテは、起き上がったララ=ゴドィの脇から皇女殿下の前に進み出た。



「――非礼をお詫び申し上げます。皇 女 (Your)殿 下(Highness.)」 非の打ちどころのない言いようで(おもて)を伏す。「……見苦しい振舞いをいたしました」


 脇に侍すララ=ゴドィの長身も、わずかに低頭して謝意を表した。エリンはそんな二人を笑うことなく小さく頷くことで赦した。


「ベッテ・ウルリーカ嬢は大切な友人としてお預かりします――〝船長(キャプテン)〟」

 そう言って、恐縮する二人に微笑みかける。

「ああ……それから――」 それからふと気づいたふうに付け加えて言った。「先の言葉ですが、決して(たが)えることの無きように」


 皇女のその言葉に、ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィは胸に手を当てると、小さくもう一度低頭してみせた。




6月23日 2110時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 第3配備の艦橋には、当直として詰めているミシマ副長の他に、直明けでまだ残っているハヤミ・イツキ航宙長、それに艦長のツナミの姿があった。

 ツナミは艦長であり決まった当直を持たない立場だったが、暇を持て余すとやはり艦橋(ココ)かCICの方に足が向くのだった。


 〝半舷上陸〟の右舷の女子乗組員(クルー)がまだ扯旗山(ちぇきさん)から戻らないこともあり、〈カシハラ〉の艦内には男子候補生(ヤローども)の姿ばかりが目立っている。停泊中の艦橋(ブリッジ)にもいまは女性の姿(おんなっけ)がなく、つい先日までそうだったように男子学生が寮の一室で(たむろ)しているような、そんな平和な1コマを三人はひさしぶりに満喫している。


「いや、ま―― いきなり痴話喧嘩が始まったときには、いったいどうなるかと思ったね」

 イツキはそう言って〝思い出し笑い〟ににやけた顔を二人に向けた。向けられたうちツナミの方はあからさまにコメントを差し控える、といった感じに手元の個人情報端末(パーコム)に視線を落とし、ミシマの方は丁重な無視を決め込んでいる。が、ここで黙りはしないのがイツキだった。


「あの大時代な(なり)のゴドィの旦那が、年端もいかない娘に、あんなに真剣なんだもんな」

「…………」「…………」 しかし二人は乗ってこない……。


 それでもイツキは続けるのだった。

「でも、ま、たいした()()だったよな、ゴドィの旦那……」


「――芝居?」 さすがに無視し続けるのが難しくなったツナミが、個人情報端末(パーコム)から視線を上げる。彼には『芝居』の意味が解らない。

「おぅ」 イツキは待ってましたとばかりに応じ、ミシマの方を見遣る。「――〝芝居〟だろ、アレは?」


「まぁね」 ミシマは息を吐いて応じた。

 まだ解らん、という面持ちのツナミに、イツキはちょっとだけ優越感に浸った表情を向けて言う。


「わっかんねぇの?」 イツキは大袈裟に肩を竦めて見せる。「――だーからオマエは…… 〝ぼく、にんじん(朴念仁)〟……なんだよ」


 いよいよ顔が曇ったツナミに、ミシマは助け舟を寄越す。

「あれでベッテ・ウルリーカの体面は保たれた」


 ――ああ…… それでようやく得心がいった、という表情(かお)になった。


 確かにあのララ=ゴドィの対応でミュローンの少女の振る舞いは、ただの子供っぽい癇癪ではないものとして、居合わせた者の心に残ったように思う……。


「そーいうこと。まー()()()()()()()()とはえらい違いだ、な?」

「――悪かったな……」 半舷上陸の件でコトミとやり合ったことを揶揄されたことに気付き、仏頂面になるツナミ。恨みがましい目でミシマを見た。「……しかし、な――」


「なんだい? ……僕の責任だって?」

 その目線を受け流しつつ、ミシマは笑って応えた。


「――でも、ま…… 『第2分隊』を預かる身としては不徳の至り――」 言って、あの日の〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟よろしく Bow and scrape をしてみせる。「――申し訳ない……」


 そういう芝居じみた所作を、照れもせずに行うことのできるミシマを、ツナミは羨望の目で見、そんなツナミとミシマを背にイツキは笑い声を漏らして言った。


「まーともかく……」 イツキは三人の中で一番少年らしい顔に笑顔を浮かべる。「――アレはアレでカッコいいじゃんか…… ン」


 それには他の二人も異論はなかった。口に出して言うには恥ずかしいが、そういう〝存在〟に憧れたかつての自分たちを三人ともが知っていたし、いまでもどこかにまだいるらしいと思っている。


「――じつは子供の頃は〝宇宙海賊〟になりたかったんだ」

 (おもむろ)に銀時計を取り出して、その螺子を巻き始めたミシマが言った。


「ホントか? それ」 もう一度イツキが振り返る。

「本当さ」 ミシマは大真面目に応じた。その目が笑っている。

「俺もだよ……」 今度はツナミも素直に乗ってきた。

「…なんだよ――みんな一緒か……」


 イツキが白い歯を見せ、それで三人は子供の頃の憧れの存在(ヒーロー)を一人ずつ開陳してしていった。――好きな作品の主人公やら敵役(ライバル)やら……、それからヒロインの好みなんか……。

 『宙賊航路』での最後の夜は、そんな感じで過ぎていったのだった――。



 * * *



 その少し後――。〝扯旗山(ちぇきさん)〟での折衝に当たっていたフレデリック・クレークは、最後の便で〈カシハラ〉に戻った。

 彼はこの日にミシマ本家の次兄――ミシマ・キョウと直接会っていたことを、誰にも言っていない。



 * * *



 同日――。

 シング=ポラス星系第一軌道宇宙港(テルマセク)に辿り着いた帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉は、先に此の地を進発してから入れ違う形で入港していたカール=ヨーアン・イェールオース代将麾下のベイアトリス王国小艦隊と合流している。


 これに先立って小艦隊は、片舷の推力を失った装甲艦(アスグラム)を曳航するため2隻のフリゲートを派遣したのだが、〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐から緊急に〝詳細な報告〟を受けたイェールオース代将大佐は、その2隻をそのまま〈カシハラ〉探索の任に充てることとし、さらに腹心のガブリエル・キールストラ大佐指揮する新鋭巡航戦艦トリスタを分派してそれを追わせ、それらの指揮を任せた。――それが6日前のことである。


 巡航戦艦1、大型フリゲート2からなるキールストラ分艦隊は、エリン第四皇女殿下の座乗する巡航艦〈カシハラ〉の姿を求め、自由回廊に繰り出している――。






                …第3部『艦を取巻く人々、その思惑』へ ――

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