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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
37/75

35:主計長の過去

 〈カシハラ〉への補給と整備は〝扯旗山(ちぇきさん)〟に登記のある船舶会社が所有する〝アステロイド資源運搬船〟を隠れ蓑に使い、『宙賊航路』内の支線の一つで入渠(ランデブー)して行う方向でまとまりつつあった。アステロイド運搬船の広大な船腹に巡航艦を抱え込んで隠す、という訳である。



 『宙賊館』との根回しと折衝に当たっては扯旗山(ちぇきさん)に留まったフレデリック・クレークが()く立ち回り、法的な問題についてはガブリロ・ブラムが当たった。そして実務上の手続きと細部の打ち合わせはアマハ・シホが統括し、ガブリロとアマハは(カシハラ)扯旗山(ちぇきさん)とを何度も往復している。


 そうして『宙賊館』の主人、〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ビダル・ララ=ゴドィとの交渉が始まって5日目――巡航艦(カシハラ)の艦体を隠すアステロイド運搬船の手配がようやく付いたその日――、最後の打ち合わせを終えたアマハ主計長は、迎えの接舷艇で(カシハラ)へと戻る前に、この街の思い出に導かれるように渉外区画(ダウンタウン)を望む張出し層(テラスエリア)を訪れた…――。



 そこは〝外事課〟勤務時代によく来ていた場所だった。


 あの頃は〝背伸びする〟のも仕事の内だった――。

 睡眠時間を削って資料を揃える日々。大事な折衝では相手の気魄に呑まれて話を切り出すタイミングを逸してしまい室長のお小言に小一時間……。凹んだなあ。次長(ミシマ・キョウ)に初めて合格点をもらった日も、ここで諸手を上げて感情を爆発させたっけ――。


 空のない〝扯旗山(ちぇきさん)〟では、見上げればそこはいつだって〝黄昏刻(たそがれどき)〟のようで、常に曇り空のような暖色(オレンジ)がかかった灰色に淀んでいる。そんな〝扯旗山(ちぇきさん)〟の黄昏の景色の中で、ここからの眺めはなぜか彼女の琴線に触れた。

 眼下の街並みの、光熱を再生利用するパネルの反射するオレンジ色の輝き……。そんなものになぜか優しいものを感じとり、そこに人の温もりを想う。


 『嘘』の中の『(まこと)』――それをわかっていたから――、そんな〝儚さ〟と〝美しさ〟を感じてたのかもしれない……。



「アマハさん――」

 その〝声〟に振り向いた時、視界の中で彼女を見ている顔が、当たり前のことながら過去の記憶の中から抜け出てきたものではなかったことを失望する自分に気付いた。


「――主計長 ……迎えに来ました」

 そう彼女に呼び掛けたのはミシマ・ユウで――、ミシマ・キョウではなった……。


 敬礼しかけたアマハは、上げかけた右の手で癖のない黒髪を梳くようにしてミシマを見返した。


「副長自らお出迎え?」

「今回の殊勲者ですからね」


 ミシマはそう言うと、近くに停めていたレンタカーを指し、アマハはミシマのエスコートで車の助手席に納まった。


「…………」 何か言いたげにアマハの顔を見たミシマが、結局は何も言わずに車を出す。



 自動運転(オートクルーズ)モードに入ると、しばらくしてアマハが口を開いた。

「――訊きたいことがあるんじゃない?」


 アマハがそう水を向けてやると、ミシマは心を落ち着かせるように息を吐いてから訊いてきた。

次兄(あに)とは――キョウとは〝どういう関係〟だったんです?」


「やっぱり気になる……?」 アマハは横目でミシマの目を探って、素っ気のない言いように聞こえるように応えた。「――昔ね……〝愛人〟になれと言われた」


「…………」

 ミシマは黙って前を向いて、彼女が言葉を続けるのを待った。



 その時にはもう、アマハは心の中であの日に扯旗山(ここ)に置去りにしてきた自分(シホ)と対面していた。


「――あの頃わたしは秘書課の副社長室付きで、扯旗山(ここ)では〝ミシマ商会〟の女代理人(エージェント)……」 ここでふっと笑いが漏れる。「〝盛ってた〟なぁ…… まだほんと小娘だったけれど、お兄さまと室長からは〝目を掛けて〟もらってたの」


 過去の自分と向き合うと、自然と物憂い顔になった。

 そんな彼女のらしくない言い様に、ミシマはちょっと苛ついた声で呟くように言う。


「――それは貴女が優秀だったからだ……でしょう?」



 あたしもそう思ってたわ…… ――自分の仕事が認められて、〝先輩〟に褒めてもらえて…… ただ自分が誇らしかったの……


 でも、声にした応えは、外部(そと)から見えていた事実の方――。


「ミシマ・キョウが副社長に昇進して、アワクニの財閥本社に栄転になったとき、彼に言われたの――『一緒に連れて帰るから〝愛人〟になってもらう』って」


 ミシマ・ユウは、兄が傷付けた女性に何を言うべきかを考えた末、結局、事実を確かめるだけの言葉を口にした。


貴女(あなた)はそれを蹴って士官学校に来た……」



 (キョウ)と同じく器用なミシマが選択した不器用な真摯さに、アマハは少し気持ちが楽になったように思えた。だからお道化たふうに言えた。


「そ…… 自棄(やけ)を起こしたのよ、わたし」

「自棄……? ですか……」

「うん ……冷静に考えれば〝そういうこと〟にでもしなければ、有力な縁故のない二十一、二歳の小娘がミシマ本家の御曹司の(そば)でなんて働けない―― 解かってたわよ、そんな〝道理〟……」


「――でも、周囲(まわり)から〝そういうふうに〟見られるのは嫌だった……?」

 そのミシマの合いの手に、あらためて彼の若さと真摯さに当てられてしまう。アマハは曖昧に笑ってみせた。


「……自分の力だけで認められたくなったの」

 あの日の自分(シホ)が、両のこぶしを握り締めて大きく頷いてくるようだ。


 それからふと付け加える。

「お兄さま、あたしの身体(からだ)には指一本触れなかったしね……」 途端に〝あの日〟の自分(シホ)は、雲散霧消した……。



 何も応えないミシマに、アマハは揶揄い半分、自嘲半分に呟いて聞かせる。

「――あたし、そんなに魅力ないかな?」


 さすがに車内の空気がおかしくなる前に、ミシマは応えた。

「兄も男性(オトコ)ですからね…… たいへんな努力を要したと思いますよ」


 アマハが、くくっと喉を鳴らすように笑う。

「でた!〝優等生〟」


 そんなアマハに、ミシマは心の中で言い訳をしている。


 ――もっと早くに逢えていたなら、か……。



「エリン殿下は好き?」

 出し抜けに振られたその問いに、ミシマは彼女の横顔を向いた。


 少しだけ間を於いたミシマは、自分自身に肯くように頭を動かし、気負いなく応えてみせた。

「――はい」


「決して報われない想いだとしても?」

 重ねられたその問いには、わずかに心が痛まないでもなかった。それでも彼は答えた。

「……ええ」


「――〝男の子〟って、そうなんだ……」

 アマハは窓の外の暖色(オレンジ)の曇り空を見上げて、後は黙ってしまう。


 その沈黙に身を委ねてもよかったが、ミシマは口を開いていた。

「もし―― 次兄(キョウ)との出逢いがもう少し早かったなら、きっと貴女は僕の〝自慢の義姉(あね)〟になっていたと、そう思います……」


「…………」 彼女は、ゆっくりと向いた瞳を中心に何とも言えない表情を造った。

 そして溜息とともに言った。「――あたし、〝ミシマ〟の家の男の〝そういうところ〟が嫌いなの……!」


 言われた方のミシマは、礼儀正しい距離感の表情をとくに変えずに頷いて返す。

 アマハはふいと窓外に向き直ってしまった。


「でも……」 それから、背中越しに彼女は小さく言った。「ありがと」

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