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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
34/75

32:『宙賊航路』にて

 勝手知ったる『宙賊航路』を行く接舷航宙艇――〈ウィキッド・ウェンチ(あばずれ娘)〉号――の操舵室で、〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ことビダル・クストディオ・ララ=ゴドィは、先行する帝国軍(ミュローン)の接舷航宙機動艇の艇尾――正確には航宙灯の瞬き――を見つめていた。


 そのさらに先の空間に航宙巡航艦――〈カシハラ〉が、トロヤ群に属する小惑星の一つに力点(ポイント)を置いた重力懸垂によって安定軌道を漂っているはずだ。



 航宙軍艦(カシハラ)への来訪は承諾され、ララ=ゴドィは側近の一人を連れて自ら出張って来て、自分たちの庭先を彼らに案内させていた。


 ララ=ゴドィとしては相手の手の内を探っておきたかったわけだが、何にせよ自分の耳目(じもく)で確かめたいという性分である。〝ミシマ家の三男坊〟や〝元『ミシマ商会』外事課の女〟、それに〝航宙軍士官学校のエリート殿〟を惹き込んだという皇女。興味があった。


 誰か人を遣るよりは自分で乗り込んでいって、この目で見た方が早い――、そう考えるのがララ=ゴドィという男である。



 そんなララ=ゴドィの傍らには、アマハ・シホとガブリロ・ブラムの姿が在る。――つまりアマハに関しては〝人質〟ということであるが、もう一人、ガブリロについては、そんな彼女を案じて自分から残ったのだった。


 白い顔をさらに白くしつつもアマハの傍らに立ったガブリロに、〝ミシマ家の三男坊〟、ミシマ・ユウは小さく微笑むと心中で呟いたものだ。


 ――やはり悪い人間じゃないな……。


 だからミシマは、頷いて彼女を託すことにしたのだ。



 フレデリック・クレークは、この後の本交渉のための事前交渉と根回しのため〝扯旗山(ちぇきさん)〟に残った。この男は警戒すべきと思っていたガブリロは、あっさりそれをミシマが了承することに不思議だったが、それ以上想いを巡らす余裕がなかった。



 *



 狭い操舵室で、ガブリロが顔を顰めて背後を見た。


 視線の先に、痩身蓬髪の外套(ローブ)姿――ガブリロのような正装のものではなく、まるで〝魔法使い〟のようなそれ――がフラフラと定まらぬ足どりで近づいて来る。彼の鼻を顰めさせているのは、その外套(ローブ)が周囲に放つアルコールの匂いであった。


 ――航宙艦の中で酒⁉ そんな驚愕の表情(かお)のガブリロの眼前を、外套(ローブ)の男は通り過ぎた。


 正確には〝宙賊〟は軍ではないので航宙艦艇ではないし、そもそも接舷航宙艇は『艦』ですらない。またミュローンのように節度ある飲酒を認めている組織も多い――ちなみに航宙軍は一切のアルコールを禁止しているが…――。だがこの男の周囲に立ち込める酒気は、もはや言い訳のできる状態とは言い難かった。



「ギジェルモ……」 ララ=ゴドィはふらふらと隣に立った男を、うんざりしたように見下ろして言う。「――また酒を()()()のか」


 言われた男――ギジェルモ・デル・オルモは、悪びれるふうもなく返す。

「別に問題はないだろう―― 俺の仕事は〝策士〟兼〝相談役〟だ……」

 思いの(ほか)しっかりとした口調である。「――頂いた報酬分の仕事はしてきたし、この後だって()()()()やるよ ……でも、いまは何もすることがない」


「この後に皇女と会う…… 貴様は連れて行けん」 ララ=ゴドィは厳しい表情で言った。

「ご自由に……」 ギジェルモがめんどくさそうに言った。「――べつに興味もない……」


 ガブリロは内心でほっと胸を撫で下ろし、アマハに到っては、このような輩は〝絶対〟に、皇女殿下(エリン)に会わせられない、と思っている。



 その時――


「先導艇より発光信号 ――光通信です」

 航宙艇の操舵室で〝軍艦(ふな)乗り崩れ〟と()れる通信士が声を上げた。


「おぅ、繋げ!」 ララ=ゴドィは殊更に大きな声で命じた。


 程なく操舵室正面の複合スクリーンにミシマ・ユウが現れた。

 芝居がかったララ=ゴドィに対し、完璧に抑制した微笑でミシマは言った。


『先に接舷してください ――(カシハラ)から誘導させます』

 そして付け加える。『ああ、そうだ ――舷門での送迎はご容赦願いたい。以上です』


「…………」

 ララ=ゴドィは鼻を鳴らし、片方の口の端を吊り上げて応えた。


 ――まぁ、べつにいい……。 そんなものは期待していないし、そもそも宙賊が歓迎されるようなら世も末だろう――。




6月17日 1810時 【H.M.S.カシハラ/左舷格納庫】


 二隻の艇の接舷収容を終え、1気圧への気圧調整を終えた左舷格納庫。艇の昇降口の(ハッチ)気密扉が開くと、ララ=ゴドィは帝国(ミュローン)宙兵隊の戦闘防護服(バトルドレス)に迎えられた。彼らが礼として姿勢を正す中、宙賊なので答礼はしない。


 そうして『宙兵戦力は皆無』というそんな〝分析〟が間違っていたのを確認しつつ、ララ=ゴドィは堵列(とれつ)に出迎えた士官の一人の先導で特別公室へと案内されていく。1名だけ許された随員には、ずいぶんと小柄な――ララ=ゴドィの長身と比べれば一際に小さい――〝従卒(サーバント)〟を連れていた。まだ『子供』と言っていい年頃だ。


 この従卒の衣装も主人に劣らず時代がかっていて、短い上着と帆布製のズボンという出で立ちは、立体(ホロ)ビデオの中から飛び出してきた地球中世の〝海賊船〟の乗員そのものである。


 そしてその端正で中性的な顔立ちは、見る人が見れば女であること一目瞭然だった。




6月17日 1830時 【H.M.S.カシハラ/特別公室】


 ビダル・ララ=ゴドィは従卒共々通された特別公室で、艦長のツナミ・タカユキ宙佐と航宙艇から戻った宙兵隊少佐のカルノーを従えたベイアトリス王国第4王女にして帝政連合(ミュローン)皇女エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンに出迎えられた。



 エリン皇女は、ララ=ゴドィと従卒の少女の出で立ちに目を見張ると、少女らしく破顔して彼らを迎えた。


「素敵なお召し物ですね。ようこそおいでくださいました、ララ=ゴドィさん――」

「〝船長(キャプテン)〟……」 宙賊の首領は皇女の言葉を()()()()遮って訂正した。「――〝船長(キャプテン)〟ビダル・ララ=ゴドィ……です」


 帝国軍人(ミュローン)であるカルノー少佐の表情がそれと判るほど硬くなる。ミュローンではないツナミも――カルノーほどの反応とはならなかったが――眉を(ひそ)めたなか、ララ=ゴドィは悠然と歩みを進めた。


 この時のララ=ゴドィの装いは、基本的に『宙賊館』で着ていたものと大差はなかったが、流石にシャツの胸元を開けておらず、しっかりとチョッキのボタンを留めた〝三つ揃い〟であった。さらに洒落た飾り縁の三角帽(トリコーヌ)を被っている。


 航宙軍の特徴的な高襟のデザインの〝キャプテンコート〟を着たツナミの前を横切り、皇女殿下の前まで進み出る。

 そして芝居がかった所作で Bow and scrape ――右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出してみせた。


 その後ろで従卒の少女も――こちらの方は至って典雅な身の熟しで――背筋は伸ばしたままで片足を引き、もう片方の膝を軽く曲げてあいさつ(カーテシー)をする。


 エリンはそんな二人にいよいよ目を丸めると、魅力的(チャーミング)な微笑みを浮かべて手を差し出して言う。

「では〝船長(キャプテン)〟 ――〝ベイアトリスの(ふね)〟にようこそ」


 ララ=ゴドィはその手を取って、甲に軽く接吻してみせた。

「以後、お見知り置きを…… 皇 女(Your) 殿 下(Highness.)


 エリンはそっと肯き、それから従卒の少女にも同じように微笑んで見せた。


 そのタイミングで扉が開き、アマハ・シホが入室してきた。〝扯旗山(ちぇきさん)〟での私服(ラフな)姿から航宙軍の尉官礼装に着替えた彼女は、静かに皇女の末席に着く。



 これで〝表〟の舞台に登場人物が揃ったわけである。




6月17日 1830時 【格納庫内 ウィキッド・ウェンチ(あばずれ娘)号/乗員船室(クルーキャビン)


 特別公室でララ=ゴドィが皇女に拝謁を賜っていた頃――。


 〈カシハラ〉の格納庫内に接舷中の宙賊の航宙艇(フネ)の中では、〝策士〟兼〝相談役〟が電脳端末の前で頃合いを見計らっていた。


「――そろそろだな…… よし、始めるとするか……」

 ギジェルモ・デル・オルモは一つ頷くと作業に入った。



 格納庫の可動式プラットフォームから延びるフックアームで〈ウェンチ〉号は固定されているのだが、そのアームの規格端子で結ばれた情報回線を介し、接舷艇の端末から巡航艦のシステムへと侵入を図る。


 こんなことは通常の規約(プロトコル)では不可能な事のはずなのだが…――実際には『ミシマ重工業』から流出したモガミ型の艦内基本システムの〝裏口〟回線の存在と、その〝裏口〟回線へのパスコードマップによって可能となっていた。


 ミシマの研究所(ラボ)システムエンジニア(SE)に法外な金を掴ませて入手しておいたが、こんなことでもなければ陽の目を見ることはない、そういう性格の投資だった――。


 今回は〝その甲斐〟があったというわけだ……。


 ギジェルモは指を組んだ手のひらを伸ばすと、楽しそうに微笑んだ。

「――さて、どの程度楽しませてくれるかね」


 こちらは〝裏舞台〟の幕開けである。




6月17日 1832時 【H.M.S.カシハラ/情報支援室】


「ミシマさん、来ました――」


 手の平の中で銀時計の蓋を開け閉めして待っていたミシマは、ここ『情報支援室』の主、マシバ・ユウイチ宙尉のその声に視線を上げた。


 マシバの両の手は、忙しなくキーボードの上を走り、その隣でキンバリー(キム)・コーウェルが立体(ホロ)ディスプレイ上のシステムマップを睨んで、そこに映るアイコンを爪弾く(フリック)している。


 宙賊の一味が大人しくエリン殿下に謁見に来ただけならよいのだが、何か〝よからぬこと〟を仕掛けてくるとすれば、会見の始まる現在(いま)の頃だろうと踏んで技術科の要員を待機させていたのだ。――果たして首尾よく宙賊の動きに先んじることができた。


 艦内基本システムの〝裏口〟の存在について、その技術的な可能性をかねがね懸念していたこともあって、マシバには侵入の大まかな手法に関してはある程度の想定があった。


 もっとも具体的な利用規約(プロトコル)の特定にはキム・コーウェルの優れた〝空間的な〟解析能力が必要であったし、さらに言えば『侵入からの防御』と『侵入経路の追跡/予測』とに初動で同時に対処できたのは、彼女が居ればこそであった。




6月17日 1840時 【格納庫内 ウィキッド・ウェンチ(あばずれ娘)号/乗員船室(クルーキャビン)


 ギジェルモは艦の中枢ではなく周辺のインタフェイスに開けられた裏口から、サブシステムの一つに常時展開されている〝防壁〟に検知されることなく侵入した。


 そうして侵入はしたのだが、侵入を果たしてすぐにギジェルモは〝違和感〟を感じ、それ以上の命令(コマンド)の実行を躊躇っていた。


 ――理由は特段にはない。

 ただ、()()が正解だったことは、その直後からの展開で推して知るべしだった。


 直後、裏口の侵入経路に対して一斉に複数の〝防壁〟が展開、と同時に疑似エントリが放たれた。一応想定内ではあるとはいえ、疑似エントリの最初の一つを回避した(躱した)時点で、ギジェルモは一切の〝攻め手〟を放棄して〝逃げ〟に徹している。


 ――こいつは尋常じゃないぞ……


 色気は見せず、ひたすら逃げの一手に徹した。

 だがそれでも追いつかない。視線追尾(アイポイント)マウスの右眼も、キーボードの両の手も、凄まじい速さで動かしている。


 ――何なんだよ、いったい…… 航宙軍の学校にゃ〝オレ並みの数寄者(スキモノ)〟が居るってぇのか? ええっ⁉


 逆探索の追及を躱しつつ侵入の形跡を消す。その余裕を作れなければ〝壊して〟逃げる。

 行く先々で防壁が展開される……。


 ――あ… ヤベ……


 ギジェルモの脳裏を、一瞬、詫びの言葉が()ぎった。


 ――〝船長(キャプテン)〟…… こりゃダメかも知れん……

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