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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
30/75

28:戦闘後…

6月13日 1205時 【H.M.S.カシハラ/士官食堂】


 追尾する帝国宇宙軍(ミュローン)の装甲艦を退けることに成功した〈カシハラ〉――。


 その食堂はいま、戦闘後の昂揚感に包まれていた。そもそも総員配置が続いて皆まともな食事にありついていなかったこともあって、仲間――誰も欠けることなく――と共に安心して食卓に着けるというこの〝平穏無事〟な状況を久しぶりに皆が満喫している。


 メイリー・ジェンキンスやキンバリー(キム)・コーウェルといった民間人の姿もそこには在った。


「――あの(デコイ)の制御系はボクが手掛けたの。だから今回の成功の何分の一かは、ボクの〝お手柄〟なんだよ」


 副菜のカウンターへと並んだ列の中で、そう言って纏わりつくキム・コーウェルの得意顔にメイリー・ジェンキンスは適当な笑顔を作って返した。そうすると偶々(たまたま)視界の中で士官の一人と目が合ってしまい軽く手を振ってきた。


 メイリーも小さく手を振り返すと〝彼〟は口元を緩ませて列をすれ違っていった。するとすぐその後には、また別の士官――やはり男性だ――から声を掛けられる。


「――あ、メイリーさん、午後一に血圧見てもらいに行きます……いいですか?」

「はい、だいじょうぶです。お待ちしてます」

 そんな〝男の子〟に笑顔で応えるメイリーに、キムはここぞとばかりにニヤついた表情(かお)になって言う。


「なーんかメイリー、モテモテだねー……?」

 そんな〝年少(としした)の親友〟の表情(かお)と言葉をメイリーは完璧に無視した。


 現在(いま)は上司のラシッド・シラ艦医の奨めもあって、看護助手としての彼女がつい先日までの候補生らに〝愛想よく〟接しているのは事実で、乗組員――彼女目当ての男子候補生ら――が医務室へと足を運ぶようになり、体調管理のためのデータの収集が円滑に回っているのは確かだった。


 そんなふうな愛想の振り撒き方には疑問――というか抵抗を、最初は彼女も感じていた。

 でも、長時間の総員配置でキリキリしていた候補生たちが、手をそっと握ってあげただけで不思議と落ち着きを取り戻すのを見てしまうと、それが女性を貶めている、と目を吊り上げるほどのことだろうか、そんなふうに考えるようにもなっていた。


 そんなメイリーは、副菜のメニューを選ぶキムの頭越しにエリン・エストリスセンの姿を、ふと目に留めた。



「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

 そのメイリーの言葉に、士官食堂の片隅のテーブルにぽつりと座って食事をしていたエリンは手の動きを止めた。

 仕切り皿(プレート)の料理はまだほとんど手付かずのままだった。エリンはナプキンで口許を拭うと、面を上げてメイリーの顔を見た。


「はい」 エリンはそう応え、(おもむろ)に空いている席を勧めた。「どうぞ」



 皇女(エリン)を初めて前にしてメイリーが自己紹介をしたとき、『父』(ジェンキンス)の名を警戒されるのではないかと考えていた彼女は、エリンが自分の名前を別の事柄で記憶に留めていたことに驚かされることになった。


 去年の秋、メイリーは大学の『星系自治論』で提出したレポートの評価に納得することができず担当講師の部屋を訪ねたことがあった。

 殿下はそのときに偶然その場に居合わせていたという。言われてメイリーは、皇女殿下がシング=ポラス自治大学《UASP》の同窓であることに改めて思い至った。

「――お恥ずかしい限りです」


 さすがに赤面して顔を伏せたメイリーに、同席するキムが驚いたように声を上げる。

「メイリーがわざわざ抗議しに行ったなんて、よっぽど採点がおかしかったんだ」


 相手が貴族でも皇族でも、人を見て立ち振る舞いを変える様なことのないのが、キムという娘のいい所だ。そうメイリーは思っているが、この時はそんなキムの言葉にいよいよ恥ずかし気な顔を俯ける。

「…………」


「そうではないのです」

 そんなメイリーに代わってエリンが説明をしてくれたのには――そしてちょっと可笑しそうにしたことに――、キムだけでなくメイリーも驚いた。


「――メイリーさんは、自分のレポートが不当に高く評価されたのではないかと、そうフンボルト先生に抗議に来られたのです」


「へ――⁉ あ、あぁ……」

 それでキムはメイリーがいつもの〝お父さま〟コンプレックスから異議を唱えに行ったことを理解した。――何であれ、高い評価を受けると過剰に反応してしまうのがメイリーの〝良くない〟ところだ、とキムは思っている。


 メイリーの方は、大学構内(キャンパス)のカフェで学友(クラスメート)に揶揄われているような感覚になって、自身の行いを擁護し始めた。

「――クラスでただ一人〝A(プラス)〟の評価を受けたのが政治家の娘の私というのは、いかにも〝そういう力学〟が働いたように思えるじゃありませんか」


 そう言ってむくれた彼女に、ナプキンを置いたエリンは小さく小首を傾げてみせる。

「そうなのですか? わたしは、そのように思いはしなかったのですが――」


 それから事も無げに言った。

「そもそも謹厳実直なフンボルト先生です。先生はそのように個人におもねる様なことはしないでしょう」


「――そうです」

 メイリーの声がちょっとささくれた。「……立派な先生がするべきことではなかったんです」


 一歩も退かない様子のメイリーに、エリンは〝ここだけ〟の話です、とばかりに囁いてみせた。

「わたしは先生のこの春の講義で〝B〟を返されました」

 そして控え目に、無邪気な微笑みを浮かべてみせる。

「――権勢におもねる人とは思えないのですが」


 メイリーはその一言に恐縮し、それから言い訳がましいことを何やら口にしかけたものの、結局、背筋をしゃんとして皇女殿下に向き直ってみせた。――その表情(かお)が〝降参〟することにしたときの彼女のものであることは、キムだけでなくエリンにも感じ取ることができた。


 そんなメイリーにエリンは続けた。


「メイリーさんは常に自分に厳しいのですね。それは〝美徳〟ですが、そこまで思いつめることはないと思います ――ミュローンの言葉にもあるよう〝獅子のこどもが獅子であるからといって、その爪の鋭さを気に病む必要(こと)はない〟のではないでしょうか?」


 言って、メイリーの複雑な表情に慌てて付け加える。「――ああ、ミュローンの言葉です。言い回しがキツイものだったでしょうか?」


「私は自分が獅子なのかどうかわかりません」


 そう言って返したメイリーだったが、(かたわ)らのキムはその彼女に視線を遣って閉口してしまっている。


 ――獅子だよね……どこから見ても立派なライオンちゃん。ガオーッ! ってやつ。


「…………」

「――なに……?」 ちょっとバツの悪そうな表情(かお)でキムを見遣る。


 キムはふるふると顔を横に振って返す。



 そんな二人に破顔したエリンは、あらたまって言った。

「あの(おり)わたしは、そんな貴女の真っ直ぐな(さま)をとても羨ましいと感じていました。――どうか友人になってくださいませんか?」


 メイリーは表情をあらためキムと目線で頷き合うと、その皇女の申し出を受けて返した。


「……ではメイリーと、そう呼んでください、殿下――」




6月13日 1410時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】


 深手を負った帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉がシング=ポラス星系へと自力で跳躍(ワープ)していくのを見送った後、〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の艦長公室には幹部士官らが集まっていた――。


 主計長として艦の搭載装備品の消耗に目を光らせる立場のアマハ・シホは、艦長公室に集められた幹部らに厳しい見解を述べていた。


 装甲艦〈アスグラム〉との先の戦闘において、〈カシハラ〉は搭載する軌道爆雷の40%を撃ち尽くしていた。近接防御火器(CIWS)の76ミリ電磁投射砲(レールガン)に到っては、各砲座50%~60%超の砲弾を消費しており、単純計算で後1、2回の対空戦闘をすれば、それでもう残弾(たま)が尽きるという状況である。


 弾薬以外でも、反応剤、推進剤、冷却剤の消費量が予想をはるかに超えており、オダ・ユキオ機関長による詳細報告を待たずとも、あと1、2回の戦闘を行うのが精一杯(やっと)であることをこの場の幹部士官はすでに理解していた。


 1回の戦い……ただ1回の戦闘で〈カシハラ〉はその能力の限界――練習艦にすぎないという事実(こと)――を直視せざる得ない状況に追い込まれた。


 そして、それにも増して、補給を望めないという不利は(ハンデ)は如何ともしがたい…――。



「――つまるところ巡航艦という艦種()は、()()()()に『補給』が必要なんだな……」


 航宙長のハヤミ・イツキの言葉に、艦長公室の長机の上座でツナミ・タカユキは渋い表情(かお)の下半分を右手で覆った。


 それは知識としては理解していたことで、今更口にしてみたところでどうなるというものではない。――しかしまぁ、目論見の甘さは今に始まったことではないが、何と能天気な算盤(そろばん)の弾き方だったのだろう……〝物見遊山〟に出かけてきたのじゃあるまいし。



 誰も何も応えないので、最年少、技術長のマシバ・ユウイチが仕方なく口を開く。

「でも僕たちに補給の当てはないんですよ…… 艦の物(あるもの)で何とかするしかないでしょう?」


「いっそのこと〝宙賊〟でもやっちまおうか? ――ミュローンだって最初(はじめ)は〝私掠船団〟の共同持株会社だったわけだし」


 イツキのその軽口に、堅物のツナミはさすがに黙ってられなかった――が、実際に声を上げたのは副長のミシマ・ユウである。


「バカなこと言うな」


 それは然程の語気ではなかったが、イツキは片手を挙げて反省の意を示して返した。ミシマは憮然として続けた。

「――どのみち民間船を襲ったところで、武器弾薬や軍用反応剤は手に入らない……」


 副長の〝身も蓋もない〟言葉が、現在(いま)の〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の現状だった。

 その副長の思案気な表情を向いて、目の奥を探るようにしていたアマハ・シホは、意を決したように静かに口を開いた。


「……では、〝宙賊の()()〟を戴くとしますか」


 その不穏当な発言に、場の皆の視線が集まる。アマハはその中のミシマの視線に向いて、静かに頷いてみせた。


 ミシマは硬い表情でアマハを見返していたが、やがて探るように声を潜めて言った。

「――マレア星系……〝マレイズ(しょう)〟のコトを言ってますか?」


 アマハは黙って肯いて返した。

 ミシマの言葉には、応急長のクゼ・ダイゴが反応していた。


「マレア星系、〝マレイズ(しょう)〟…… って、それって――『()()()()』……っ⁉」


 クゼの裏返った声にアマハの(かお)が無表情なのが、いっそ怖かった……。

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